第9話 野営

「ごめんなさい。わたくしが至らなかったばかりに……、本当にごめんなさい」


林の中に打ち捨てられた数人分の亡骸なきがらを前にして、ミトが祈りを捧げる様に両の手を組んで涙を流していた。


それは、これまでミトに付き従ってきた使用人たちの亡骸なきがらなのだろう。

執事のゾールの裏切りによって山中に誘い込まれ、そして盗賊共の襲撃を受けて亡くなった。


「うっ……、うぅぅっ……。ひっく、ひっく……」


ミトの泣きじゃくる声が林の中にこだましている。

隣にいるミリシアもまた、堪えきれずにミトと一緒になって泣き始めていた。


ちなみにミリシアは、ミトの従者でもなければ、ホーランド家と特に深い所縁ゆかりのある者でもないらしい。


元々はここから東方の『クルトの街』で冒険者ギルドの受付嬢をしていたそうなのだが、その仕事ぶりが認められ、周辺の冒険者ギルドを束ねている『マルクハット冒険者ギルド本部』へと異動するようにという指令が下ったらしい。


その引越しの際、ギルドの受付嬢として親交のあったゾールから「行き先が同じなのだから」と言って同行を誘われたのだ。

ミトとも面識があったこともあり、ミリシアは渡りに船も思いその誘いに乗ったのだった。


それが、彼女にとっての今回の不運のはじまりだった。


ゾールは初めから、ホーランド一族と直接的な関係がないミリシアに、ミトの誘拐と身代金取引の中で何かしらの役割を持たせるつもりだったのだろう。


そこで亡骸になっているミトの付き人や護衛が男性ばかりであることから考えると。

ミリシアは、荒くれ者どもがミトに手を付けないようにするための生贄のような存在であり、また後にそれを証明させるための存在だったのかもしれない。


貴族や豪商の令嬢などは、荒くれ者どもに攫われたような過去があれば、それだけでもうまともな縁談が来なくなる。

ホーランドにとっても、盗賊達がミトを『どう扱っていたか』は、身代金の交渉に応じるかどうか、またいくらまでなら金を出せるかという判断をするうえで非常に大きなポイントになるはずだった。


まぁ、すでに俺が殺してしまったため、実際のところはゾールがどういうつもりだったのかなどは今更知る由もないことなのだが……


「ううっ……。本当に、ごめんなさい」


ミトは、今だけは年相応の少女の顔で泣きじゃくっていた。

そんなミトを、ミリシアが強く抱き寄せた。


すでに周囲はかなり薄暗くなり始めていた。

今夜はここで野営となるだろう。

早急に拠点を整備する必要があった。


ミトの許可を取り、俺は亡骸から手早く認識票などを回収しはじめた。



→→→→→



「今夜はここで野営するぞ」


亡骸なきがらが打ち捨てられていた林内の地点から、俺たちは再び荷馬車が放置されていた山道まで戻ってきていた。

周囲はすでに真っ暗で、俺の松明の明かりだけが頼りというような状態だった。


これまで、この山道を通る者はだれ一人としていない。

それもそのはず。俺がここを通りかけていた時点で、すでにどう考えても山中で日が落ちることは確定しているような時間帯だったのだ。


あんな時間にこの場所を通るのは、松明の明かりを頼りにして山道を夜通し歩き続けるつもりだった俺くらいのものだろう。

反対側から抜けてくる者がいなかったのは、まぁ、たまたまだ。

そもそもある程度整備された平坦な迂回路が出来て以来、この山道を抜ける旅人の数は極端に減っている。


盗賊が出るという噂も、よくに耳にした。


「よろしくお願いいたします」


ミトがそう言って頭を下げた。


魔獣などが出没する山道で野営をするにあたり、おそらく護衛には眠っているような暇はないと思ったのだろう。


「ああ、了解した」


……その通りだ。



→→→→→



山道のど真ん中で焚火を焚き、ミト達が持って来ていた食料を分けてもらった。

塩と香辛料をまぶして保存を利かせた肉を、焚火の火で串焼きにしたものだ。


「……美味いな」


あまり食べたことのない味だ。

モーモーに似ている気がして、なんとなく懐かしい味がしたが……

味わえば味わうほど、モーモーとは全然違うような気もする。


「遥か西の外国で飼育されている『シモフリメラモーモー』という家畜魔獣の肉です。何世代も交配を繰り返すことで、この周辺にいる『モーモー』とは似ても似つかない肉質になっているそうです」


「……なるほど」


つまりは金持ちの食べ物だな。

きっとこの肉の一切れの値段を聞いたら、俺の目玉が飛び出るのだろう。


「……美味いな」


つい、同じ言葉が漏れた。

値段のことを抜きにすれば、それが俺の率直な感想だった。


こういうのを作るのも『普通の仕事』なのだろう。


俺の実家は、モーモー農家というものだった。

白黒斑の模様のガタイのいい四足獣『モーモー』を放牧し、必要に応じて狩って肉として売るのだ。

収穫の際には、モーモーはかなり激しく抵抗してくるらしい。

農家というか……、半分狩人のようなものだと父は言っていた。


「食料はまだまだたくさんありますからね」


そう言ったミトの表情には、一抹の悲しみがよぎっていた。

元々は八人の商隊で消費していく予定だった食料も、分けるのが三人になれば当初の予定よりもずっとずっと長く持つだろう。

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