第10話 疑念
ミトとミリシアは、馬車の中で身を寄せ合うようにして眠りについた。
それを見届けた後。
俺は火の番をしながら何度か魔獣の気配を感じて森の中に入り、数体の魔獣を斬り伏せた。
何度かそれを繰り返していたら、魔獣達の気配は徐々に減っていった。
元々そこまで数が多くないのかもしれないが……
今、この付近には少し離れたところに抵抗されないたくさんの
今日の野営は、思ったよりも楽ができそうだ。
そういうわけで今、俺は馬車の外で火を見つめながら物思いにふけっていた。
かつての同僚達の顔と、昼間出会ったミトやミリシア、そして俺が殺した盗賊達の顔がふわふわと脳裏に浮かび上がる。
盗賊団が解散になったかと思えば、その数日後には豪商一族のご令嬢の護衛をしている。
不意を突くことさえできれば、俺の戦闘力はそれなりに高い部類に入るだろう。
だから『護衛』というのも、今後生きていくために俺が選択する仕事としてはありかもしれなかった。
ただ俺は、できればもっと『普通』の仕事がしたかった。
ナイフを投げたり、突き立てたりする荒事は、なんとなく盗賊稼業の延長であるような気がする。
だから、そんなことを続けていたらいつまで経っても自分が盗賊のままであるような気がしたのだ。
ガルシア盗賊団が解散となった以上、俺はもう二度と盗賊になる気はなかった。
あの日の団欒の光景は、もっと平和で平穏であるはずだった。
「カインさんは……、どこでその技を習ったんですか?」
不意に、馬車の中から声がした。
この声は、ミリシアの方だ。
「俺はぼ……。ある人物の元で専属の
一瞬『冒険者をしていた』と言いそうになって、やめた。
冒険者とは、モンスターハンターや護衛など、依頼を受けて主に街の外で活動する職業をしている者全般を指す言葉だ。
基本的にはギルドに所属し、紹介された仕事をこなしていく。
街の外での活動が主になるため、戦闘力が低い者はどんどん死んで減っていき、自然と淘汰されていくのだ。
だから長く続けている者ほど『普通』からはかけ離れていく。
下手な屋敷の護衛や盗賊よりも手強い者が多い印象だった。
だから戦闘力についての質問が飛んできたときには、『冒険者をしていた』と言ってやり過ごすのが一番楽なのだが……
冒険者ギルドの職員であるというミリシアに向かってそんな嘘をつけば、どこからその嘘が看過されるかわかったもんじゃない。
だからここは『個人的に雇われて、街の外に出る冒険者まがいのことをしていた』というこの方向で話をまとめることにした。
「それで、昔から街の外を一人で歩き回ることが多かった」
魔獣や野盗がうろつく場所を一人で歩き回りながら、この年まで生きているのだから……
後は察してくれるだろう。
「そうなんですね。ところで、その『ある人物』っていうのは、商人かしら?」
そこで、ミリシアはさらに突っ込んだ話を聞いてきた。
実年齢とは逆転するが、ミトと比べると少々思慮と配慮に欠ける性格をしているのかもしれない。
「さぁな、深くは知らん」
俺は言われた通りに手紙を運んでいただけ。
その人の元で俺と似たようなことをしている者は他にもいたし、俺は生活できるだけの金さえもらえれば手紙の中身なんかまでは気にしていない。
そういう方向だ。
「知らないんですか? 自分の雇い主だったのに?」
「ああ、知らん」
俺がそう言い切ると、ミリシアは少し黙り込んだ。
「じゃあ。もし、その手紙が何か悪いことに使われている手紙だとしたら? カインさんは、それでも『知らない』で済ませられる人なのかしら?」
しばらくの間を置いてから繰り出されたその質問は、俺にとってあまりにも的確な図星だった。
その質問に正直に答えるとすると、俺の答えは「否」だ。
たとえ金のためでも、俺はガルシア盗賊団以外の盗賊がする略奪行為になど、死んでも協力などしたくはなかった。
ただ、ミリシアのような世間一般の者達の認識からすると、『鉄の三ヶ条』を掲げるガルシア盗賊団も、平気で殺戮行為や陵辱行為を行うその他の盗賊団も、あまり大きな違いはないのかもしれない。
そしてそもそも『盗み』は『悪いこと』だ。
そういう意味では、俺はそれと知った上で『悪いこと』に加担し、自ら進んで
「それは、どういう意味だ?」
一瞬の思考の末、俺はとぼけることにした。
「……」
この場所には女性二人と俺しかいない。
俺に対してこれ以上突っ込んだ話をしていくのは、ミリシアにとっても自らの首を絞めることになるだろう。
とはいえ俺がゾールのように盗賊や野盗の類だった場合、それを暴かないままでいることもまた、彼女達の身を危険にさらし続ける行為に違いなかった。
とりあえず、この辺でミリシアは引き下がることにしたようだった。
小さくため息をついた後、そのまま再び眠りに就く態勢に入ったようだ。
ただやはり、ミリシアにはかなり警戒されしまっているようだった。
盗賊から助け出すためとはいえ、目の前で戦闘の技術を見せたのは間違いだったかもしれない。
ただ、あのゾールという男とその配下の盗賊団。
一人目と打ち合った瞬間に、かなりのやり手の集団であることがわかったため、手を抜かずにそのまま全力で潰すというのは致し方のない判断だったと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます