第4話 カインの行き先

「……」


俺は地を蹴って、突進してきたカルロスをかわした。


「アリアナとセイラは見逃してやる。だが、お前はそうはいかねぇぞカイン。俺が勝ったら俺の部下になれやっ!」


「……」


嫌だな……


「いいな?」


「……」


『闇夜の鉄拳団』とか、絶対に嫌だな。


「なんとか言えよ! この無口野郎!」


再び突進して来たカルロスをかわし、その足を後ろから払った。


「ぐっ……」


膝をついたカルロスの後頭部を掴み、そのまま地面へと叩きつける。


「がっ……、この無口野郎っ!!」


「……」


身体をひねりながら放たれたカルロスの裏拳を、首を傾けてかわす。


「まだまだだぁっ!」


「……」


面倒なので『神速』のスキルを使って瞬時に距離を取った。


「逃げんじゃねぇぇっ!」


「……」


突進してきたカルロスの背後に移動して、再び殴りつける。


「ぐっ! まだまだぁっ!」


普通なら気絶するような一撃を何度もたたき込んでいるのに、カルロスは一向に壊滅的なダメージを負う様子がない。

やはり、相当に頑丈だ。


ナイフを使うか?

……それでも、たぶん俺の攻撃じゃまともなダメージは入らないだろうな。


何度かそんなことを繰り返し……

いつしかカルロスが大の字になって地面に転がっていた。


「はぁはぁ、ちくしょう……。88戦32敗か。相変わらずの化け物野郎がよぉ……」


頭の血を拭い、荒い息を吐きながらカルロスが起き上がった。

ちなみに、残りの56戦はボスかマチルダに止められて、引き分け扱いだ。

数えていたわけじゃないけど、一度も負けた覚えがないからたぶんそうだろう。


「わかった。お前の勝ちだ! お前が、この団のボスだ!」


「断る」


「なぬっ!」


「俺はもう、盗賊は辞める」


「はぁ、どいつもこいつも……。はいはいわかったわかった。もう勝手にしろや」


盛大にため息をつきながら、カルロスはアリアナ達とは別の方角へと歩きだした。


「もう行くぜ。行き先の決まってねぇ奴らは俺について来な。……カインに負けっぱなしの俺がボスで、名前がダサい盗賊団でよけりゃな」


とぼとぼと歩いていくカルロスの後を、ガルシア盗賊団の元メンバーたちがぞろぞろとついていく。

現時点で行き先の決まっていない連中は、大部分がそのままカルロスについていくようだ。


なんだかんだ言って、カルロスには人望がある。

俺なんかより、遥かにボスに向いているだろう。


そうして一人、また一人とこの場を離れて行った。


俺が知る限り『ガルシア盗賊団』は少なくとも二十年以上は続いている団だ。

各地で名前を聞くようになった盗賊団が、数日後には騎士団に壊滅されたという話が聞こえてくるようこの業界にあって、これほどまで長く続く団は稀有だ。

だが、そんなガルシア盗賊団でさえも、最後はやはりあっけないものだった。


「……」


カルロスの誘いを断ったのは、そもそも盗賊が嫌いだったからということもあるが……

実は、他にやってみたいことがあったからだった。


俺は、できることならば『普通の暮らし』というものをしてみたい。


ボスからこの解散の話を聞いてから半年。

それは一応、俺なりに色々と考えた末の結論だった。


ボスに言われ、この半年で俺は度々ボスに拾われる前の自分の暮らしを思い出そうと試みていた。


それで、まず頭に浮かんだのはなんでもない夕飯時の風景だった。

モーモー農家だった父が自慢げに肉料理を振る舞い、母が庭で採れたての野菜を蒸し料理にする。。

肉の焼ける良い匂いと、野菜の蒸される甘い匂いが漂う中、俺と姉はなにやらカードを用いた遊びに興じていた。


そして父と母に呼ばれて食卓につき、皆で笑いながら食事をする。

笑顔で肉にかぶりつき、野菜を頬張った。

そんな、かつて確かに存在していた一家団欒の風景。

俺の記憶。

何も知らなかった頃の、ただただ両親や姉から注がれる愛と幸せを享受していた頃の風景。



何度も何度も繰り返し繰り返し思い浮かべているいるうちに、その光景は俺の中でどんどんくっきりとした形になっていった。


「……」


俺は、徐々に自分がその風景に心惹かれていくのを感じていた。


それが、俺の中での『普通の暮らし』の見本になっていった。

俺はもう一度、あの景色の中に戻ってみたい。


盗賊をやめ、あんな風な『普通の暮らし』をしてみたい。

それが、今の俺の望みだった。


そんな思いを胸に。

俺は、新しい人生の一歩を踏み出した。

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