第6話 ゴミの分別

「と言う訳だから、これが凛子先生のマンションの鍵ね。302号室、住所はこっちのメモに書いてあるから、なるはやでヨロシク」


 突然、麗奈がミステリー研究部の部室に入って来たかと思ったら、入部したばかりの後輩2人を言葉優しく部室から追い出した。

 訳がわからない顔をしている優吾に、学院の総理事長であり麗奈の祖母である那智との話を説明すると、麗奈は先ほどのセリフを優吾に投げかけた。

「それは凛子先生の留守中に、この合鍵を使って部屋の中を確認して来いって事か?」

「そうよ、せっかく母親が久しぶりに会いに来るんだから、娘がどんな部屋で暮らしているのか気になるのは当然でしょ」

「でも、それを凛子先生は断ったんでしょ。ならこの話は終わ…」

 優吾に最後まで言わせず、

「娘の心配をしてる母親の気持ちをわかってあげられないの、あなた。そんなに冷たい人だったのかしら?」

「え~、それとこれとは話違わなくない」

「違わない!部屋を確認して、変な男と一緒に住んでる様な痕跡があるかないか確認するだけなんだから、ミステリー研究家なら簡単でしょ」

「なんか、ツッコミどころがたくさんありすぎるけど。そもそもこれ、ミステリーでも何でもないよね?それに俺、ミステリー研究家になった覚えないし…」


 麗奈にも自分が無茶を言ってる自覚があるのだろう、堪忍袋がいつもより早く切れた。

「男のくせにごちゃごちゃうるさい!やってくれるの、くれないの?」

 優吾としては、いつも冷静沈着な麗奈が取り乱してるのを見れただけで満足なのだが、この際だからもう少しからかっておこうかと考えた。

「男のくせにってのは、性差別。なんらか強要したらセクハラになるよ、注意してね生徒会長」

「あなた以外には絶対使わないから大丈夫よ。それで返事は?」

「わかったわかった、今日にでも確認しに行くよ。ただ、凛子先生の部屋を確認して、交際関係以外の問題があった場合、どうするんだ?」


 突然、思いもよらなかった指摘をされて、ヒートアップしていた麗奈が冷めた。

「え、そんな可能性があるのかしら?」

「そっちの可能性の方が、ずっと高いと俺は思うね」

「娘が母親を部屋に上げたくない理由…男以外…女!凛子先生が女性と!」

 麗奈の顔が一瞬で、ゆでダコみたいに真っ赤になった。

「それも考慮して、交際関係って言ったのに自分から地雷踏んだな」

 優吾は、腹を抱えて笑いたいのを必死に堪えている。


「交際関係以外の理由なんて、部屋が散らかっている位でしょ。それは凛子先生自身が、母親に説明してるわよ」

「そうだね、でもそれが散らかってるなんてレベルじゃなかったら、どうする?」

 麗奈は、先生の授業中の凛とした雰囲気を思い浮かべて、想像出来ないとかぶりを振った。

「あんなにきちんとした先生があり得ない。だって職員室の机だって、他の先生方と比べてもずっと綺麗よ」

 優吾は麗奈が話の核心に触れたと思い、

「俺が以前から気になっていたのは、そこだね。あれは綺麗なんてもんじゃない。ゴミ箱にすら何も入ってないんだよ」

「……?」

「片付けが出来ないから、不要な物はすべて部屋に持ち帰っているんだろう。凛子先生の鞄の中を見た事があるが、ごちゃごちゃだったよ」

「凛子先生の鞄って、確か有名なブランド物だったよね。持っているところ以外見た事ないわ」

「学院に着いたら、すぐロッカーにしまっちゃうからね。まぁ、今のところ俺の推察に過ぎないが、凛子先生はディオゲネス症候群だね。わかりやすく言うと、ゴミ屋敷症候群」


 麗奈が、その綺麗な瞳をまんまるにして、

「ウソでしょ…」

 一言呟いた。

「さて、そこで俺からお願いがあります。今日、凛子先生のマンションの確認に行くのに、1人同行させたい人がいるんだよね」

 優吾が愉しそうに言うと、

「また、何か企んでいるのね。誰なのかしら?」

「生徒会副会長の鳥海蔵之介ちょうかいくらのすけ君」

「へぁ!」

 驚きで麗奈が、らしからぬ声を発した。

「ウルトラマンか!」

 優吾は、猫キングのあだ名のお返しがまだなのを思い出して、

「ウルトラマンレイナ…なんつて」

「コロス…」

 麗奈の綺麗なアーモンドアイが殺気を帯びて細まった。そのまま両手の親指を優吾の口に差し込むと、左右に大きく開く。

 耐性のない状況に、普段では考えられない行動を取る麗奈だが、端から見たら恋人がじゃれあっている様にしか見えない。

「いひゃいよ、麗奈」

「あれ~?なんで恋人でもない、あなたがわたくしの事を呼び捨てに出来るのかしら」

「ツンデレ」

「意味わかんないし」

「まぁ、それはいいとして蔵之介君に話しといてね。詳しい事は俺が説明するから、今日の同行の許可だけもらってくれればいいから」

「わかったわよ」

 麗奈はまだ納得いっていないようだったが、優吾とこれ以上じゃれあって、変な雰囲気にでもなったら堪らないと打ち切る事に同意したようだった。


 その日の放課後、優吾と蔵之介は2人で凛子先生のマンションに向かっていた。

「なぁ、他ならぬ生徒会長からの頼みだから、君との同行を了承したが、一体これは何事なんだい?」

 長身で細身の蔵之介は、神経質そうな細目を更に細めながら優吾に尋ねた。

「凛子先生の今後の教師生活に関わる問題を解決しに行くのさ」

 さらりと優吾が答える。

「なにバカな事を言ってる!よりによって完璧過ぎるほど完璧な凛子先生に、そんな問題があるはずないだろう」

「だから、それを確かめるために今、凛子先生のマンションに向かっているんじゃないか」

「いや、そんな話とは聞いていないぞ。それにこの時間じゃ、凛子先生はまだ学院にいるんじゃないか?」

「今話したし…それに凛子先生が部屋にいたら、絶対開けてもらえないからね」

 蔵之介は、自分がとんでもない事に巻き込まれている事に気付くと、

「それ、不法侵入じゃないのか?」

「かもね、でもマンションの部屋の管理をしてる出藍グループから合鍵渡されてるからグレーゾーンかな?」

 優吾が小首を傾げる。

「いや、本人の許可がなければ駄目だろ」

「もし、その本人がのっぴきならない状況に陥ってるとしたどうだ?」

 そう言うと、優吾は端正な蔵之介の顔を覗き込んだ。

「のっぴきならない状況?」

「ほら~、やっぱり心配になるだろう。特に蔵之介君は、中学1年の時から凛子先生の事大好きだもんね~」

「な、なに言ってる…そんなこと誰にも言ってないし、憧れはしてるけど、好きとかそう言うのとは違うと思うし…」

「ハイハイ、見てればまるわかりだよ」

「そうなのか?」

 蔵之介は、自分でも自覚のなかった恋心をアッサリと見抜かれて驚いていた。

「もうちょっとで凛子先生のマンションだな」

 優吾は小さめの公園に入るとベンチに腰かけた。


 途中で購入しておいた缶コーヒーを蔵之介に渡すと、自分の缶のステイオンタブを開ける。

「さて、部屋の中を確認する前に話しておきたい事がある」

 蔵之介もベンチに腰かけると、缶コーヒーを喉に流し込む。

「蔵之介君は、ゴミの分別は得意?」

 いきなりな斜め上からの質問に、蔵之介は口に含んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。

「なんで、このタイミングでその質問をする?」

「結構、重要だから」

「そうなんだ、僕の憧れを見抜いたくらいだから、当然気がついていると思うけど潔癖症なんだ僕」

「うん、知ってる」

「家族には分別の蔵ちゃんて呼ばれているくらいだ」

「ぶ…ぶんべつのくらちゃん……?」

 斜め上の質問したつもりの優吾であったが、その更に上を行く蔵之介の回答に顔面が崩壊寸前であった。必死に笑いをこらえると、

「そうか、それは心強い」

「ゴミの分別と凛子先生がどう絡むんだ?」

「まぁ、それを今から確認するんだが、俺の推察だと凛子先生はゴミ屋敷症候群だと思う。それとアルコール依存性も多少あると思う」

「ウソだろ!あの凛子先生に限って…」

 あまりのショックに蔵之介は、最後まで言葉にすることが出来なかった。

「そういう事情なんで、これから経験する事は凛子先生に憧れる蔵之介君には酷かも知れない。それでも敢えて今日の同行をお願いしたのは、凛子先生が立ち直るのに、蔵之介君の助力が必要不可欠だと考えたからなんだ」 

 それを聞いた蔵之介は意を決した様に、

「事情は理解した。それじゃあ、本当に僕の助力が必要かどうか確認しに行こうじゃないか」

 そう言うと、優吾を置いて行く勢いで公園を飛び出して行った。

「お~い、蔵ちゃん!合鍵持ってるのは俺だぞ~」

 置いてきぼりにされた優吾の叫びが、公園に響いていた。

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