第10話 サステナブルタウン

 場所は変わって、ミステリー研究部の部室。  

 優吾がみことと矢部に凛子先生がらみの秘匿事項を一通り説明し終わったところである。

「これが秘匿事項ですか。さすがに重いですね」

 優吾が解決した生徒会の秘匿事項を聞いて、みことが呟いた。

「だろ!俺の事もっと崇めても良いよ。それにこのおかげで総理事長から賜ったのが、この部室にある小型冷蔵庫なんだよ」

「すいません、なんか急に軽くなってしまった気がします」

「なに!そんなこと言うなら、ショウレイは使わせんぞ」

「ショウレイってなんです?○○○○○ファイターですか!」

「ショウレイとは、小型冷蔵庫→小冷→ショウレイに決まっているだろうが!」

「うわ、パイセンマジキモいです。なに、部室の備品に名前付けてるんですか。まさか他にも名前付けてる備品あるんですか?」

「当然だろう。ちなみにこの電気ケトルは、お湯を沸かす君→沸かす君→わかぎみだ!」

「わかぎみ…なんかいい感じで好きです。さすが先輩ネーミングセンス抜群ですね」

「マジか?あたしの知ってるヤベチーは、もう此処ここにはいないんですね」

 みことがジト目で矢部を見つめつつ言った。


「でも、凛子先生が普通に教壇に立たれているって事は、ゴミ部屋再生プログラムはうまく機能してるんですね」

 矢部が電気ケトルを愛しそうに撫でながら言う。

「ああ、我ながら絶妙な組み合わせだったからな。ゴミ部屋女と分別潔癖男、足して2で割ってちょうどいい塩梅あんばい。分別潔癖男の蔵之介だけど、教員を目指すと決めたらしいよ。学院にめおとティーチャー誕生かもな」

「悔しいですけど、なぜかゴミ部屋で始まった話が素敵な恋ばなになってます」

「うまくまとまったところで、今日は終わりにしようか。新1年生の勧誘よろしく頼むな」


 部室の鍵を閉めると、優吾達は送迎のスクールバスの発着所へ向かった。

 セレブな家庭の生徒も多いので、運転手付きの高級車の送迎もありだが、スクールバスの発着所とは別の車寄せを使う事になっている。

 もちろん優吾達は、スクールバス派だ。

 私立出藍学院中等部では、最寄りの駅までのスクールバスを登下校時に運行している。

 当然バカ高い入学金や授業料、そして寄附金にその維持費も暗に含まれているため、最高グレードで年式の新しい3台のマイクロバスを保有し、管理作業員5名のローテーションで運行している。

 免許制度の改正で、中型限定免許では乗車定員10人以下のマイクロバスしか運転出来ない。学院の保有する乗車定員29名までのマイクロバスは、限定を解除した中型免許が必要となる。

 普通はバス会社や人材派遣会社から運転手を派遣してもらうのだろうが、学院では管理作業員であっても保安上、厳格な身元調査を行って雇用している。


 優吾達はスクールバスに乗り込むと、後部座席に座った。最寄り駅と言っても、駅名が出藍学院駅なので間違えようがないのではあるが。

「駅から電車と言えばいいのか地下鉄と言えばいいのかいつも迷うけど、利用してる生徒ってどの位いるんだろうね?」

 優吾はまだスクールバスの出発時間まで時間があると思い、後輩2人に聞いてみた。

「出藍学院コミューンの開発がかなり進みましたから、都心部から通ってる人くらいですかね。」

と、真面目でちょっぴりGな矢部が答える。

 出藍学院はそもそも、1つの大きな教育及び研究のための共同体である。

 出藍学院駅を挟んで、東側に幼稚園から大学院及び研究施設であるリサーチセンターが配置され、西側にサステナブルタウンと呼ばれる商業施設と住宅地が広がっている。

 サステナブルとは持続可能という意味の造語で、環境に優しい持続可能なあり方として使われる。

 広がっているという表現は、正に駅を中心として扇状に道路が伸びているためである。

 道路幅は、日本の一般の住宅地に比べるとかなり余裕がある。

 道路幅に余裕があると迷惑駐車が横行するのが常であるが、サステナブルタウンにおいてはそれがない。なぜなら学院と住宅地に無関係な車両は、この地区に入って来れないからである。

 出藍グループが管理するこの地域は、周りをぐるりと円形にフェンスで囲まれている。

 出入り出来るのは、西南北3方向にあるゲートのみ、そしてそこにはセキュリティガードが常駐していて、来訪者のチェックを行っている。 

 居住者や学院関係者の車両は登録されているためAIで自動認識され、ゲートがあってもストレスなく通行出来る様に配慮されている。


 スクールバスの発車時間になったため、自動音声で外部に音声とメロディーが流れる。

 「そういえば、リサーチセンターではスクールバスのEV化や水素燃料化、それに自動運転化についても検討されてるらしいですね」

 矢部は親が学院の研究職員なので、この手の情報にとても詳しい。

「駅までほとんど一本道だし、制限速度も地区内はほぼ40㎞/hだから実現可能っぽいな」

「このマイクロバスのギアもマニュアルじゃなくて、オートマですもんね」

「みこと、よくそんなとこよく見てるな」

「てへ、結構クルマ好きなんで」

 3人がそんなとりとめのない話をしていると、スクールバスが出藍学院駅に到着した。

 開いたドアから降車すると、

「それじゃあ、いつもの事だけど俺だけ家の方向が違うから、ここでバイバイだな」

と、優吾が後輩2人に声をかけた。

「パイセン、独りがさみしいなら家まで送って行ってあげましょうか?」

 みことがいたわる様に答えると、

「真面目に答えんな!俺がまるでボッチイヤイヤ君みたいじゃねーか」

「違うの?」

「だからー、母性丸出しみたいな眼で見んなって」

「ちっ、今日も甘えて来ねーか」

 笑いながら、みことの毒舌に手を振ると、優吾は自宅の方向へ1人で歩き出した。


 駅とは言っても、電車そのものは地下を走っているので、駅本来の施設はすべて地下にある。

 電車に乗る人は、エスカレーターやエレベーターで地下に吸い込まれて行く。 

 駅前のロータリーには、円形の巨大なルーフガーデンが備えられていて、それらの施設が雨天の際に雨にさらされない様に守っている。

 住宅地を循環して走っているコミュニティバスもあるが、優吾の家は駅から2ブロックも歩けば着いてしまう距離なので、恥ずかしくて利用した事は1度もない。


 出藍グループの管理するこの地区には、目障りな電柱が1本も立っていない。電線はすべて地下ケーブルに納められているのだ。

 本来、地下鉄ではない電車がこの地区のみ地下を走っているのは、無粋な線路や踏切、高架によって地区の美観を損ねない様にとの配慮である。

 駅前にある、商業施設のエリアを抜けると緑豊かな住宅地が拡がっている。

 セレブ御用達な住宅地のため、敷地面積がとても広い。映画やドラマによく出て来る、アメリカの郊外にある家よりも広い。

 全面に広い庭、RC造りのコンクリート住宅には自動開閉で車が2台、余裕で入る車庫が併設されている。

 サステナブルタウンと呼ばれるだけあって、太陽光発電パネルとエコキュートは標準装備されている。


 地上2階建てだが地下階があるため、実質3階分のスペースがある。完全バリアフリーなので、階段はなく、2階と地下に行くのは、くの字型のスロープを使う。エレベーターの設置はオプションだ。

 地下階には、避難用シェルターが備え付けられている。地震や台風、竜巻などの災害に加え、核戦争でも生き残る気満々のセレブに大人気な構造物だ。

 蒼未龍樹が経営する建築会社が、付加価値を付けるために新たに設計したものである。ワインセラーもオプションで設置可能になっている。

 遮音性も厳しく規制されていて、多人数のパーティーを催しても窓を開け放つ様な不届き者がいなければ、セキュリティガードが飛んでくる心配もいらない。


 優吾は自分の家に着くと、玄関の前で指紋と瞳の虹彩を確認する生体認証を行う。AI が個体識別を完了すると

「お帰りなさい優吾さん」

と自動音声で言い、自動で玄関を開けてくれる。いつもの事ながら、まるで研究室に入るみたいだと思いつつ、優吾は家に入って行った。

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