第9話 蒼未龍樹

 蒼未龍樹はサステナブルタウンにある自宅の革張りのリクライニングチェアにもたれて、どうしてこうなったのかと考えていた。最近事あるごとに自問自答してしまうのである。

 蒼未の裕福な家に生まれ、なに不自由なく育てられた。そこに不満はないが、女尊男卑の家系なのが納得行かなかった。

 おとなしく母親の言うことを聞いていれば良かったのかもしれないが、残念なことにそこまで覇気のない性格には生まれつけなかったらしい。

 確かに学校経営という特殊な経営には、自分でも向いていないと思うふしがある。だからと言って経営手腕がないわけではない。


 その証拠にサステナブルタウンを中心とした不動産事業を基盤とする会社を、急成長させて来たではないか。

 確かに出藍学院のお膝元というブランドのおかげで、郊外の土地と建物が普通では考えられない価格で売れたのではあるのだが。

 そのブランドにふさわしい環境を整え、富裕層が納得する物件を提供出来たのは、自らの経営手腕によるものだと自負している。

 しかし、蒼未の家は1回でも外に出ると冷酷だ。姪の麗奈などは蒼未の家を嫌って外に出たのに、出藍学院関係の仕事ばかり請け負おうとするのは、どうなのかと考えているふしがある。


 出藍学院の仕事に関しては、利益よりも研究に関わる部分が重要なのである。民間企業では手に入れにくい設備や薬品も、研究目的であれば手に入れる事ができる。

 SDGs(エスディージーズ)持続可能な開発目標を掲げれば、多少の無理は押し通せる時代だ。

 太陽光、風力、水力、地熱による発電システムの効率化により、学院及び商業施設、サステナブルタウンの電力はほぼ再生可能エネルギーでまかなえる様になった。

 設備投資には膨大な費用がかかったが長い目でみれば充分回収可能であるし、何よりゼロカーボンシティの実現は富裕層にとても受けがいい。

 ここまで思考を進めると龍樹は、芳醇な薫りを放つスコッチウイスキーの入ったバカラのグラスを手に取り一口含んだ。

 なめらかな飲み口ながら深く濃い味わいを楽しむと、龍樹はゆっくりと目を閉じ己の思考へと戻った。

 学院内にあるリサイクル処理施設にも龍樹の会社が大きく関わっている。

 タウンの住宅には生ゴミ処理機や生分解により有機肥料を作れるコンポスト容器を標準装備してある。

 自分のところで出るゴミは自分のところで再利用してもらい、ゴミの減量化を促進させている。

 アルカリ加水分解の装置も購入して、導入に向けた研究を行っている最中だ。

 これらの取り組みにより、地域循環型のゼロカーボンタウンとして全国から注目が集まり、環境ガバナンスの優れた経営者としての龍樹の名声も広まっているのである。

 龍樹は閉じていた眼を開けると、

「それでも蒼未家にとってオレは、寄生虫…パラサイト扱いだがな。いつか立場を逆転させてやる」

 蒼未家に対する怒りをあらわにすると、グラスに残っていた琥珀色のスコッチウイスキーを一気に煽った。

 


 

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