第12話 公園と昼食

 次の日の朝、優吾が起きて1階のリビングに降りて行くと、すでにホシの早朝散歩を済ませて元気一杯の父と、一段と肌の色ツヤの良い母が目を合わせると顔を赤らめているのを目撃した。

「おはよう」

と、優吾が朝の挨拶をすると、

「「おはよう」」

と、両親仲良く返事が返って来た。

 夫婦円満でなによりと思いつつ、優吾は食卓に着き、華が作ってくれた朝食をほおばった。

 妹の彩は基本寝起きが悪いので、いつも優吾が先に家を出る。下手に起こそうものなら、何をされるかわかったものではない。

「行って来まーす」

と、まだいちゃついている両親に声をかけ、優吾は学校へと向かった。


 今日もいい天気になりそうだと、優吾が朝の涼しい空気を楽しんでいると、駅に向かう道の途中にある小さな児童公園で妙な違和感を覚えた。

 朝のこんな時間に、子供を遊ばせてる人を今まで見たことはない。散歩の途中で休憩してるお年寄りかと思ったが、1人2人の人影ではないようだ。

 しかもよく見ると、出藍学院中等部の制服のようで、4人ほどいるようだ。朝からダンスの練習でもしてるのか、ご苦労なこったと思い優吾が児童公園を通りすぎようとすると、怒鳴り声が聞こえた。

「早いとこ、出すもん出せよ!」

「無理ですよ」

「あ!約束がちげーだろ。昨日までに持って来るはずだろーが!」

「そんなこと言われても無理なものは無理です」

 どうやら、男子生徒3名が女子生徒1名に対して怒鳴っているようだ。

「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ!」

 男子生徒の内1人が女子生徒の肩を押すと、バランスを崩した女子生徒が小さな悲鳴を上げて倒れた。


「おいおい、どうした?女の子1人に男3人ってのは感心出来ないな」

 気がつくと優吾は、児童公園の中の4人に声をかけていた。こんなはずじゃなかったと、ぼやきながらではあったが。

「あ!先輩には関係ねーですよ。引っ込んでろや!」

「いやいや、そーもいかんだろ。その子突き飛ばされて転んでるし、立派な傷害だろ」

「うるせーよ」

 女子生徒を突き飛ばした1人が、優吾の肩をどついて来た。しりもちをつく優吾。

「いったいな~、まぁこれで正当防衛成立かな」

と、尻についた砂をはたきながら優吾は立ち上がり、転んでいた女子生徒に手を貸して立たせた。

「ふざけた事言ってんじゃねーぞ」

 優吾は、つかみかかって来た男子生徒の腕の関節をつかむ。相手の勢いを利用してバランスを崩すと男子生徒は顔から倒れこんだ。

 他の2人の男子生徒が我に返って、優吾の方を見る。優吾はゆっくりと拳を握り、ファイティングポーズを取る。右手を開くと手の甲を相手に向け2回ほど指を自分側に倒し、相手を挑発した。

 分が悪いと思ったのか、2人の男子生徒は倒れこんだ仲間を助け起こすと児童公園から逃げ去って行く。「おぼえていろ!」というテンプレなセリフも忘れずに吐いていった。

 優吾は、相手が自分の実力を勘違いしてくれた事に安堵してため息を吐いた。

 父の大吾に護身術の基礎は教えてもらっていたが、さすがに3人がかりでつかみかかって来られたら対処できる自信は全くなかった。

「大丈夫、怪我してない?」

 優吾は女子生徒に声をかけた。

「助けていただいて、ありがとうございます」

 お礼を言う女子生徒は髪の毛をツインテールに結んでいる。少しつり目のキツネ顔だが、前髪が緩くカーブを描くように切り揃えられているため可愛らしい印象を与えている。

「あいつら、2年生だよね、なんで絡んで来たの?」

「いえ、さっぱりわからないんです」

「警察か学院に届け出る?なんなら同行するよ」

「いえ、そこまでは…」

「そうか、何か困った事があったら相談して。俺は3ーBの飛後優吾、君は?」

「1年C組の加藤千鶴かとうちづるです」

「加藤千鶴さんね。あいつらがまだ途中で待ち伏せしているかも知れないから、学院まで一緒に登校しよう」

「ありがとうございます。あの…よろしくお願いします」

 その後、少なからずショックを受けているであろう千鶴を気づかい、少しでも気持ちが楽になるような話題を選びつつ、優吾は周囲への警戒も忘れずに千鶴と一緒に登校したのであった。


 その日の2時限目の数学の授業が終わったタイミングで、麗奈から昼休みに生徒会室に来るようメッセージが入った。

 本人の意向もあったので、今朝の公園の件を麗奈に伝えるか迷っていた優吾は、さすがに生徒会の情報網を掻い潜るのは無理かと思った。

 楽しみにしていた昼食のスペシャルランチは諦めて、購買でパンを買って生徒会室で食べる予定に変更した。

 出藍学院中等部では、基本昼食は自由である。自宅から持ってきてもよく、学内のフードコートで食事したり、購買で購入しても良い。

 生徒IDにチャージ機能やクレジットカード決済機能が付与されているので、学院内ではキャッシュレスで生活出来るようになっている。

 当然、親の口座からの支払いではあるのだが。

 昼休みになり購買で惣菜パンを2個買った優吾は、生徒会室へと向かった。

 他の生徒会役員はおらず、麗奈1人が待っていた。


「さっそくで悪いんだけど今朝、あなたがツインテールの女の子と一緒に登校したと聞いたんだけど、これは事実かしら?」

「さすがは生徒会長、情報収集が早いね」

「まあ、これも仕事の内ですからね」

 全くの嘘である。優吾に関する情報は、麗奈専属の執事さんによるものである。

「それで、どこまで調べがついてるの?」

「おおよそ、ある程度は」

 これも嘘である。優吾は父親に尾行術も教わっているので、人通りの少ない住宅地においての任務遂行は困難を極めるため、控えざるを得ない状況になっている。

 なので、わかっているのは学院に女の子と一緒に登校したという結果のみであった。

 この程度で呼び出してしまったのは、思慮が浅かったかしらと麗奈は後悔し始めていた。

「そっか、本人が生徒会や警察に届ける気がないみたいだったから、どうしようか迷っていたんだけど、麗奈には隠し事は出来そうにないな」

 あれ?もしかして私、いい仕事したのかしらと麗奈は思わぬ話の展開に心の中でガッツポーズを取った。


「実は今朝、家から駅に向かう途中の児童公園で……」

と前置きをして、優吾は加藤千鶴と中2男子3名との出来事を麗奈に説明した。

 説明し終わると、自分の責務は果たしたとばかりに優吾は惣菜パンの袋を開けて、予定変更になってしまった昼食を食べ始めた。

 麗奈としてみれば、優吾が可愛い女の子と一緒に登校したという執事の報告に、激しく動揺してしまっただけだったのだが、思わぬ事態にどう繕うべきか思い悩んでいた。

 ふと麗奈が優吾を見ると、惣菜パン2個では物足りなかったのか、時計を見てまだ購買に走れば間に合うかどうかを考えているようだった。

「麗奈、悪いんだけど話が終わったなら……」

「よかったらこちらをどうぞ」

 差し出されたのは、バスケットに綺麗に納められたサンドイッチである。麗奈は昼食は家から持参する派だったらしい。

「いいの、麗奈のお昼じゃないの?」

「気になさらず、お好きなだけどうぞ」

「今朝、運動しちゃったから、さっきのパンだけだとちょっと足りなかったんだよね。ありがとう、いただきます」

と言うや否や、優吾はバスケットのサンドイッチに手を伸ばすと頬張っていた。

 麗奈は自分のポットに手を伸ばすと、中のヴィシソワーズをコップに入れて優吾の前に置く。

 優吾は母親を見上げる様に麗奈を見た。そして、

「このサンドイッチ美味しいね。トマトやレタス、卵サラダの味も最高!それとこの爽やかな塩気は…まさかキャビア?」

「そうね確か入っていたと思うわ。キャビアに合わせるソースはサワークリームの酸味をカットしたクレームエペスを使っているわ」

 優吾はコップに入ったヴィシソワーズを飲むと、

「うわ~この冷たいポタージュも優しい味だね。まさかこれ、麗奈が作ったの?」

「残念ですわね、ウチのシェフが作ったものでしてよ」

「そりゃ、そうか!麗奈の手作り弁当もらったなんて言ったら、ウチの妹に殺されちゃうよ」

「て、手作りお弁当ですか?わたくしが作ったものでも、優吾はそんなに美味しそうに食べてくれるのかしら」

「それはもちろん。麗奈の大ファンの妹にどんな拷問を受けることになっても、美味しくいただきますよ!」

 さっきから、母性への近接爆撃をかなり受けた麗奈はグロッキー寸前である。

 これはお家でシェフと特訓ね。やればできちゃう娘なんだからねわたくし、と麗奈は心の中で決意を固めたのであった。

「それでは、加藤千鶴さんと2年の男子生徒3名については、こちらでも密かに注意を払うようにしますね」

「ああ、そうしてくれると助かる。お昼ありがとう、こんなに美味しいものが食べれるなら麗奈に呼ばれるのも悪くないな。じゃあ教室戻るわ」

 優吾が生徒会室を出て扉が閉まると、麗奈が

「もう、なんなのあいつ…」

と言うと、イスに倒れ込む様にもたれかかった。


 

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