第13話 新入部員
その日の放課後、ミステリー研究部部室。
「そんな
単純に喜んでいる、みこと。
「先輩の見た印象からすると男子生徒3名はカードゲーム同好会の
と、冷静に分析して該当する人物を割り出す矢部。どちらが第1助手に相応しいかは明らかである。
「あれ、佐野怪我してた?全然気がつかなかった」
知らぬ間に、第2助手に格下げ確定のみことがのんきに言う。
「カードゲーム同好会?」
「ええ、その3名しか所属していないんで同好会扱いになってますね」
「同好会と部活動の扱いの違いって何?」
「部室があるかないか、それに部費の割り当てがあるかないかですね」
「うわ~、全然知らんかった」
と、部長格下げ候補の優吾が、尊敬の眼差しで矢部を見る。
矢部が爽やかな笑顔で返す。
その矢部を見て、優吾とみことは昨日に比べてこの余裕な態度はなんなんだと顔を見合わせた。昨日の矢部だったら、照れて顔を赤くしているはず。
矢部にいったい何が起きたのか、疑問な2人であった。
まあ、第1助手と部長の立場があっという間になくなれば当たり前のことかも知れない。
「カードゲームって言えば、最近レアなカードが高額で取り引きされて話題になってるやつか」
「ですね、元は200円~300円のカードが万は当たり前。有名なゲームで1枚しか発行されず、存在すら疑われていた超激レアカードが発見されて、億の値段がつく可能性もある様な世界ですから」
「もはや、投資対象だな」
「この3人はゲームの方で、真面目に頑張っていたみたいですよ。デッキを組んでゲームするだけならどこでも出来ますし、大会の参加費用等だったら、自分達のポケットマネーで充分でしょうから」
「だが、ゲームでも強くなるにはレアカードが必要なんじゃないか?」
「その購入費用のために、カツアゲをしてるって言うんですか?」
「その可能性は捨てきれないだろ」
「それはリスクが高過ぎるし、そんなに頭悪い連中じゃないと思うんですが…」
「あくまで可能性の話だ。生徒会でも注意していると思うが、ちょっと眼を光らせておいて欲しい」
「それはもちろん」
矢部とみことが頷く。
「それはそうと生徒会長とランチデートなんて、パイセンもなかなかやりますね」
「いや、たまたま呼び出された時間が昼休みだったからだよ。でも、あのキャビア入りのサンドイッチは絶品だったね」
優吾が至福の笑みを浮かべていると、
「ムカつく~!パイセンなんて、そのモジャモジャ頭にからめとられて死ね」
「ひどっ」
コンコンと部室のドアがノックされて、ひょこっとツインテールが覗く。
「あ、飛後先輩いた!良かった、やっぱりこの部室で合ってた」
入って来たのは、今朝公園で絡まれていた加藤千鶴だった。
「あれ、君は今朝の…加藤さん…だっけ?」
驚いた表情で優吾が聞くと、
「はい、加藤千鶴です。今朝は本当に助かりました」
ツインテールがピョコンと下がってお辞儀をした。
「お礼なんていいって!あ、こっちの2人紹介するね。ミステリー研究部の矢部樹と榊みことね。2人とも2年生だから」
「矢部先輩と榊先輩こんにちは、はじめまして1年生の加藤千鶴です」
「どうも矢部です。優吾先輩とみことにはヤベチーって呼ばれてるよ」
矢部が軽く手を上げて答える。
「みことだよ~。これはもしかして、鶴の恩返しならぬ千鶴の恩返しかな?」
「にゃ?」
みことの訳のわからないセリフに、優吾が驚いて噛んだ。
「ネ…猫キングだ~!生の猫キング聞いちゃった。」
みことが優吾を指差して大笑いする。
相変わらず奇襲に弱い優吾が、地団駄を踏んで悔しがっている。
「皆さん、仲いいんですね」
「いや、先輩をまったく
「ひど!なんで豆腐の絞りカスなのよ」
「みこと…それは
矢部が半ば呆れ気味に言う。
「知ってたもん!あえて、ボケたんだもん」
みことのあだ名候補に、ボケモン追加とメモった優吾であった。
「ごめんね、うるさくて。それで加藤さんの用事は何かな?」
「あ、私もみこと先輩と同じように千鶴で呼んで下さい」
「え、それはいいけど…?」
「ミステリー研究部で入部希望者を探してるって聞いたんで、入部しに来ました」
溌剌と千鶴が入部宣言をすると、
「マジで!大歓迎だよ。嬉しいな~、情けは人のためならずだね」
「あ、またパイセンが小ネタぶっこんで来やがった」
「小ネタ言うな!罰ゲームで全文言ってやる。施せし情けは人のためならず おのがこころの慰めと知れ 我れ人にかけし恵みは忘れても 人の恩をば長く忘るな だ!」
「ますます意味わかんね~んですけど」
「要は、情けは他人のためじゃなく自分のためにかけるもの。だから自分がした事は忘れてもいいが、他人から良くしてもらったら絶対に忘れちゃダメだよって事だね」
「私も今朝、飛後先輩にかけてもらった情けは一生忘れません」
千鶴が、胸の前で両手を組むと真剣な顔で言った。
「うむ、武士道に通じる教えだからね。良い主従関係を築こうじゃないか」
「だ~!パイセンじじい、まどろっこしい!」
頭がこんがらがってきたみことが遮って、
「まとめると、公園でいじめられていた千鶴ちゃんを助けたパイセンが竜宮キャバクラに入り浸って、帰って来た時にゃ、じじいになっていたってお話ですよね」
「ちげ~し!」
「鶴の恩返しじゃなくて、浦島太郎になってますね」
「千鶴ちゃん呼び、嬉しい!」
みことの暴走に優吾、矢部、千鶴がそれぞれ突っ込む。
「千鶴ちゃんの入部で、部員4名。あと1人で正式に部員5名だ~」
やっと幽霊部員の世話にならずに済む算段が立ち、ご機嫌な優吾が言うと矢部が、
「優吾先輩、あと1人に心当たりがあるんですが、今呼んでもいいですか?」
「ヤベチー、マジで?オッケーだよ、呼んで呼んで!」
矢部が携帯にメールを打ち込んでしばらくすると、コンコンと部室のドアがノックされ1人の男子生徒が入って来た。
部室にいた矢部を除く3名が、眼を見開いた。驚くほどの美少年が入って来たからである。
長く伸ばしたストレートの黒髪と優しそうな瞳、そして思わず頭身を数えたくなる小顔。きめの細かい綺麗な肌はまるで女の子である。
「こちらが入部希望の
矢部が紹介すると、
「1-Aの若杉です。よろしくお願いします」
美少年が頭を下げると、長髪が顔にかかり彼の頭に光の反射でリングが表れた。
優吾はそれを見て、キューティクルによる天使の輪だと思った。生まれつきのくせ毛で、モジャモジャ頭の優吾には縁のない輪っかであった。
「え、マジ!ヤバ!噂のわかぎみじゃない!」
ビックリマーク連発のみこと。
「みこと先輩もご存知でしたか?1年の女子の間で大人気なんですよ」
千鶴が補足すると、
「ご存知もご存知。美しいものは何でもハートのこやしになるよね」
と、みこと。
「みこと先輩…そこはハートのいやしの方が適切な表現だと思いますが…」
先輩を傷つけないように千鶴が言うと、
「そう?似たようなもんじゃない」
みことはまったくぶれない。
それを聞いた千鶴は、みこと先輩のハートのキズは耕すと治るのかもしれないと思った。
千鶴に自分のハートが畑みたいだと思われているとは露知らずに、みことはわかぎみってどっかで聞いた覚えがあると考えていた。
考えること数十秒、みことが電気ケトルを指差すと、同じ考えに至っていた優吾と目が合った。
あの時、矢部がやたら電気ケトルを愛しそうに撫でていたのは、そういう訳だったのか。
『もし、パイセンが電気ケトルをわかぎみって名付けたために、ヤベチーが運命感じちゃったんなら責任重大ですよ!』
『え!俺のせい?』
『そう、パイセンのせい』
優吾とみことは目を合わせたまま、無言で指差しつつ会話をしていた。
パントマイムの様な会話を終えると、優吾は矢部と若杉との関係には触れずにいるのが無難だと結論づけて、
「これで部員5名揃ったね。千鶴ちゃん、若杉君、これからよろしくね」
と、当たり障りのない挨拶で切り抜けた。
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