第7話 鷹峯凛子

 優吾と蔵之介が凛子先生のマンションの部屋を確認しに行った翌日、2人は凛子先生の来訪をミステリー研究部の部室で待っていた。


 生徒会長の麗奈も同席すると意気込んでいたが、同性である麗奈がいない方が良いと優吾が判断し、説得した。

 凛子先生の名誉を守るためにも、事の詳細を知る人数は限りなく少数にして欲しいと、これは蔵之介がリクエストした。

 2人に諭されしぶしぶではあったが、麗奈は生徒会室で結果を待つことになった。

 コンコンとノックがあり、紺色のスーツを綺麗に着こなした鷹峯凛子が部室に入って来た。

「2-Aの鳥海蔵之介さんと2-Bの飛後優吾さんね。わざわざ部室に呼び出して何の話かしら?」

「まあまあ凛子先生、まずは座って下さい。何か飲みますか?」

 優吾が尋ねると、

「No,thanks 」

 凛子先生は海外生活が長かったため、気分が昂ったりすると、わりと自然に英語で話してしまうところがある。そこらへんもCoolだと、生徒には人気があった。

「では単刀直入に行きますね。実は昨日、出藍グループのある方からの依頼で、先生の部屋を合鍵で開けさせてもらいました」

「Really?Screw you!It's a crime.」

 凛子先生が顔を真っ赤にしてまくし立てた。

「ごめん、蔵之介。先生今、何て言った?」

「マジか?てめえらふざけてんじゃねえぞ!犯罪だぞそれ。だって」

「え、ホントにそのニュアンスでいいの?なんか凛子先生がダウンタウンのギャングみたいに聞こえるんだけど」

「かなりお怒りですからね。スラングも入っているけど間違いはないと思うよ」

 凛子先生に憧れてるのに、こういった事ではドン引きしないんだと、優吾は蔵之介を見直した。

「OK , take a deep breath and calm down.」

 蔵之介が英語でそう言うと、

「今ちょっと深呼吸して落ち着く様、先生にお願いしといた」

「ありがとう、助かる。ついでに英会話のレッスンも終わってくれるともっと助かる」

 蔵之介に言われた通り、深く息を吸って吐くと凛子先生が切り出した。

「いいでしょう、それであなた達は私の部屋で何を見たのかしら?」

「ゴミ屋敷」

「優吾君、相手は仮にも先生なんだから、もう少しオブラートにくるんだ方がいいと思う」

 蔵之介が慌てて取りなす。

「スラングのお返しだよ」

 優吾は全く悪びれていない。

「そうか~アレを見られちゃったか。まぁ、崩壊寸前だったからしょうがないか」

「ええ、臭いも周囲に漂い始めてましたから。鍵開けて、すぐ閉めました」

「あら、女性の部屋を勝手に開けたのに、随分失礼ね」

 凛子先生は隠すべきものがなくなって、本来のさばさばした性格が出て来たようだ。

「それで、私は学院を辞職すればいいのかしら?」

「そうしたいですか?」

 蔵之介が心配そうに聞くと、

「辞めたい訳ないじゃない。学院も生徒も大好きだもの。でも、ゴミ部屋に住んでる教師だなんて知れ渡ったらクビでしょ!」

 凛子先生の意思を確認すると優吾は笑みを浮かべて、

「それを聞いて安心しました。では、問題解決のための今後のスケジュールをお話していいですか」

「え、解決なんて出来るの?」

 凛子先生が不思議そうに聞く。

「おそらく、凛子先生が部屋を片付けられなくなった原因はゴミの分別でしょう。ゴミ出しの経験のない人が独り暮らしを始めると、はまりやすい落とし穴ですね」

「まるで、見ていたかのようね」

「洞察力と観察力の鋭さが唯一の取り柄ですから」

 優吾は優雅に一礼すると、

「まず、その解決策として今日からこの分別の蔵ちゃんが、先生の弟と称してマンションにお邪魔致します。とりあえず、先生のお母さんが来られる1週間後を目処にゴミ部屋を整理整頓します」

「分別の蔵ちゃん?」

 凛子先生が不思議そうに繰り返すと、蔵之介が自信満々に胸を叩いて言う、

「まずは、分別して捨てられる物はすべて廃棄します。整理に時間のかかる書類関係は一旦、段ボールにまとめて収納します。これだけでかなり見栄えはよくなるでしょう」

「蔵之介さん、大丈夫?生徒会副会長の仕事もあるんでしょう」

 凛子先生に頼られて、蔵之介のボルテージは限界突破寸前だ。

「生徒会の方は会長の許可をもらってるんで大丈夫です。僕の潔癖症をなめないで下さい。昨日からどうやって、ゴミ部屋を片付けてやろうか思案してるんですから!」

「あ~仲良くなるのは結構なんだが、2人には2つほど守ってもらう事がある」

「僕も?」

「僕もだ、蔵ちゃん」


 凛子先生が、自分のゴミ部屋が原因なのを忘れたかの様な、優しそうな笑みを浮かべて2人の会話を聞いている。

「まず、凛子先生にはお酒を断つか、量を減らしてもらいます」

「あ、それなら部屋が片付いてストレスがなくなれば行けると思うわ」

「もう1つ、蔵之介が成人するまでは一切の肌の接触を禁止します。要はプラトニックに徹してもらいます」

「当然ね、教師が教え子に手を出すなんてゴミ部屋以上の裏切りだわ」

「さすが、それでこそ凛々しい凛子先生です」

 蔵之介は単純に感動しているが、優吾はゴミ部屋先生に言われても、何の説得力もないなと思っていた。

「それじゃあ、凛子先生はスペアキーを蔵之介に渡して下さい。他の生徒に誤解されない様にそれぞれ別行動でお願いしますね。俺はこの合鍵を生徒会長に返却しがてら、報告に行って来ます」


 これでとりあえず凛子先生の問題に対して、解決の目処が着いたとホッとした優吾は生徒会室で待つ、麗奈の元へと向かって行った。

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