第16話 殺人現場

 いよいよ、洞窟探検当日。夏も近いため、朝から日差しが強く、暑くなりそうな天候である。

 優吾たちは、蒼未家の裏の敷地にある洞窟入口前にポールを立て、オープンタープを張った。ここが本部となる。


 ミステリー研究部の部員はそれぞれ、撮影に使うビデオカメラやスマートフォンのチェックに余念がない。洞窟に入るメンバーには、前面にLED ライトを装着したヘルメットを用意した。

 オープンタープを張り、折り畳み椅子を設置した本部に巫女装束を着けた麗奈が入ってきた。洞窟には入れない妹の彩が本部での麗奈の担当だ。兄である優吾には見せたことのない笑顔で麗奈と挨拶を交わしている。

「はじめまして、飛後優吾の妹の彩です。麗奈先輩には前から憧れていたので、お会いできて感激です」

「あら、ありがとう。優吾の妹さんね、お会いできて嬉しいわ」

 家とは別人の妹の姿に珍しいものが見れたと喜ぶ優吾であった。

 

 麗奈の着ている蒼未家の巫女装束であるが、白と藍色で統一されている。白衣に藍色のはかま、その上に千早を羽織っている。千早はベースは白として、そこに藍色の幾何学的模様が施されている。

 麗奈の長く綺麗な黒髪は腰の辺りで、丈長たけながと言われる白い和紙で束ねられている。頭には藍色のはちまきが巻かれ、そこには白色で幾何学模様が染め抜かれているようだ。

 その姿には妹の彩ではないが、凛々しさを通り越して神々しさを感じてしまう程である。


「さて、みんな準備は大丈夫かな?」

 部長である優吾が問いかけると、皆が頷いた。そのまま視線を麗奈に向けると、彩が差し出した手を取ってイスから立ち上がる。とても中学生とは思えない高貴な雰囲気が醸し出されている。

 ミステリー研究部の部員が各々、撮影を開始する。優吾は麗奈の前に立ち先導する役目だが、フレームインしないように少し距離を置く。

 洞窟前まで移動すると、麗奈が深く一礼してから洞窟内へと歩みを進める。洞窟とはいっても、その広さはかなりなものである。

 洞窟内はひんやりとしているが、湿気は少なく地盤も平坦なので足下が滑るということはなさそうだ。LED のヘッドランプに照らされる洞窟の壁は、人の手によってこの洞窟が形作られたことを如実に表している。

 洞窟を80メートルほど進んだ辺りで、壁が立ち塞がり行き止まりになってしまった。祠のほの字も見当たらなかった。ビデオカメラや携帯を使って撮影をしていた、ミステリー研究部員間に微妙な空気が流れる。

「パイセン…終点でありますか?」

 みことがおそるおそる聞いてくる。

「まっさか~」

 先頭にいた優吾が、表情をこわばらせながら後ろを振り向いて答える。

 ペタペタと行き止まりの壁を触ってみるが、探検ミステリー映画に出て来る様な出っ張った石を押し込むと、壁が回転して開くような都合のいい仕掛けは見当たらない。

 時間とともに洞窟内に残念な雰囲気が蓄積していくようだ。

 麗奈にいたっては、優吾が何とかしてくれると無条件の信頼を寄せているので、洞窟に入る前と変わらない落ち着き払った佇まいである。これが一番のプレッシャーかも知れない。


 優吾は顎に手をあて、しばらく考えこんでいたが考えがまとまったのか、後ろを振り返ると、

「麗奈は巫女としての能力について、お母さんやおばあさんから何か聞いてる?」

「もちろん小さい頃から、各種行事の舞いや祝詞のりと、呪文、御札おふだの使い方なんかは習って来たわ。役に立つかどうかはわからなかったけど…」

「そのなかに結界を解除する呪文ってない?」

「あるけど…この壁が結界なのかしら?」

「史料には洞窟の長さは約100メートルってあったんだよね。歩数で測ってみたけど、ここまでで約80メートルだからあと20メートルほど足りないんだよ」

「わかったわ、でもそのくらいならお母様もおばあ様も試したと思うんだけど…」

「大丈夫、ダメだったら俺に考えがあるから」

「優吾がそう言うなら問題ないわね」

 そう言うと麗奈は、壁の前で手印を結ぶと優吾達にはさっぱり理解できない呪文を唱え始めた。洞窟の中で麗奈の呪文が反響する。

 しかし、目の前に立ちはだかる壁に何も変化は現れて来ない。

 しばらくして呪文の区切りだろうか、麗奈が一呼吸入れて、呪文を再開させようというタイミングで真後ろに立った優吾が、

「結婚してくれない」

と、麗奈の右耳につぶやいた。

「ボジスヴァーハァアアア~~~~???」

 突然の優吾からの告白に、麗奈からすっとんきょうな気合いと共に全身から生じた凄まじい波動が壁に伝わって行く。

 強力な結界によって作り出された壁が、その奥の存在を覆い隠していたのであろう。画像が乱れる様に壁が掠れると消滅して行った。


 結界となっていた壁が消滅すると、その20メートルほど奥に同じような壁があった。そしてその前には消失したとされる祠が確かに存在していた。

 だが、問題はその祠の前にうつ伏せに倒れている人物がいることである。しかもその背中にはナイフが刺さっているのが見える。

「みんな、今いる場所から動かないで」

 優吾はそう言うと祠の前に行き、倒れている人物の首筋に手を当て、死亡している事を確認すると顔をのぞきこんだ。

 女性で着ている物は、麗奈が着ている装束と全く同じものであった。結界の効果としか思えないが、その死体は腐敗もせず死んだときのままの状態だった。

 優吾はみんなの元まで引き返すと、

「ここから先は警察に任せましょう。本部に戻って連絡を入れます」


 洞窟を出て、父親である大吾に連絡を入れると覆面パトカー数台と鑑識車両がサイレンを鳴らさず、蒼未家の敷地に入って来た。優吾が大事にならないよう大吾に頼んだ結果である。

 大吾は現場を確認すると、鑑識が作業を開始したタイミングで、優吾達遺体発見者と麗奈の祖母那智と母親樹里を蒼未家のリビングに集めた。


「さてと、現状を確認した限りだと殺人事件の可能性が高いんだが、一番事情がわかっていそうなのは優吾、お前でいいのかな?」

と、大吾が事情聴取を始める。

「はい、父さん。蒼未家の史料を1週間調べてあったので、今日のこの事態は想定内でした」

「洞窟の中に死体があるかも知れないと思っていたのか?」

「まぁ、それは最悪の部類の想定でしたけど…」

「あの死体は誰なのか知っているのか?」

「麗奈…蒼未麗奈さんのひいひいひいおばあちゃんである蒼未忍そうみしのぶさんですね。1908年生まれだから御年おんとし115歳ですね」

 麗奈の祖母の那智が驚愕の表情を浮かべる。


「いやいや、あのホトケさんはとてもじゃないが、そんなご高齢には見えないぞ」

「あれには俺もビックリしました。おそらくですが、結界の効果によるものと考えられます」

 大吾は持っていた警察手帖をテーブルに置き、ソファーの背もたれに背中をあずけてフ~とため息をつくと、

「と、言うことは優吾は蒼未忍さんがいつ頃殺害されたと思っている?」

「地元新聞に掲載された、失踪したとされる1940年頃だと推察してる」

「まさか、犯人に心当たりがあったりはしないよな?」

「殺害犯人は、夫である蒼未堅太郎氏だと思うよ。おそらく凶器のナイフに指紋が付着しているでしょう。当時の堅太郎氏の指紋が特定出来ればですが」

「てことは、被疑者死亡ってことか!」

 麗奈の祖母の那智がうなずいて、

「高祖父の堅太郎はすでに他界しております。女系の蒼未家において唯一男系の当主でした」

 優吾は心の中で、あ~やっぱり堅太郎じいちゃんが蒼未家を潰しそうになったダメンズなのかと思った。


「なぁなぁ優吾、動機なんかにも心当たりあったりしない?」

 あ!父さん、全乗っかりする気だと優吾は感づいた。

「史料によると、その頃の蒼未家の巫女能力は日本のかなり上層部にまで認められていたそうです。日本政府のかじ取りにまで、影響を及ぼす占いの力があったと記載されていました」

 蒼未家3世代の女性陣が、フンフンと自慢げに頷いている。

「蒼未忍さんが失踪したとされる1940年と言えば、日本がアメリカとの開戦に踏み切るかどうか検討されていた時期にあたります。史料には大いなる災いを呼び寄せる旨のお告げがあったため、戦いは避けるべきと蒼未家として具申したとありました」

 優吾の意見を聞いた大吾は少し考え込むと、

「ふむ、開戦に否定的な具申を良しとしない軍部あたりが、夫である堅太郎氏に圧力をかけるくらいはありそうな話だなぁ」

「実際、失踪事件の後に忍さんの娘が巫女職を引き継ぐと、お告げは大いなる栄華をもたらすと変化しています。忍さんの決死の結界によって祠が秘匿されていたにも関わらずですし、失踪に関しても堅太郎氏の証言のみでろくに捜査はされていません」

「忍おばあ様が不憫すぎますわ」

 麗奈の母の樹里が怒りをあらわにする。

「さて、これを報告書にどうやってまとめれば良いのやら。優吾…お前の事を初めて恨むぞ」

 そう言って、事情聴取を終えた大吾はリビングから出ていった。


 警察の事情聴取など初めてだったミステリー研究部のメンバーは、肩の力が抜けたのか一斉にため息をついた。

 そんななか、みことが優吾に尋ねる。

「パイセンは今回の件、どこまで推察していたんですか?」

「忍さんの失踪と同時期に祠が紛失したって事が、どうしても偶然とは思えなかったしね。洞窟の距離を実際に確認して、なんらかの事象が関わっているのは確信できたよ。まぁ殺人事件の現場に遭遇するとは思っていなかったけど…」

 優吾がみことに答えている側で、蒼未那智・樹里・麗奈の3世代が、顔を寄せあって話し込んでいる。時々「あらあらまぁまぁそれでそれで」と井戸端会議的な声が聞こえて来る。


 優吾はコホンと咳をすると、

「総理事長と理事長にお伝えしたい事があります」

 祖母の那智と母親の樹里が姿勢を正すと、

「あなたは飛後優吾さんでしたわね。お伝えしたい事とはなんでしょう?」

 那智が総理事長らしく威厳を持って応えたが、先程の井戸端会議を見てしまった後では、残念感しかない。

「見つかった祠ですが、適切な場所に移設される事をお薦め致します」

「…!…なぜかしら?」

 想定していた内容とまったく異なっていたため、那智が困惑がちに問う。

「洞窟のある小高い丘ですが、古墳である可能性がとても高いです。史料にもそれらしき記載がありましたし…ただ、蒼未家にとって神聖な祠があるため秘められていたようですが」

「そうね、それらしい事を聞いた覚えがあるわ」

「今回のような悲劇を生まないためにも、秘密というのは極力ないほうが良いと思います。巫女職としての蒼未家は何世代にも渡って断絶していた訳ですから、この機会に公にしてしまっても問題ないと思います」

「わかりました、善処致しましょう」

「え?あ、そんな簡単に…ハァよろしくお願いします」

「そんなことより、他にもっと伝えたい事があるんでしょ?もったいないぶらずに早く言いなさいな」

「そんなことって…そんな軽い内容だったかな?他に伝えたい事ですか…いえ特にありませんね」


「「「なんだと、ゴラァ!!!」」」

 蒼未家の那智・樹里・麗奈の3世代にものスッゴい顔と声で怒られました。怖い…怖いですこれ、この人たち昔ヤンキーだったんでしょうか?麗奈なんてはちまき巻いてるし、羽織ってる千早の背中に夜露死苦とかヤンキー漢字の刺繍入ってないよね…

 優吾の頭の中でパラリラパラリラと昭和っぽい爆音が鳴り響いている。ちなみに優吾は平成生まれ。

「いや、え~とお伝えしたい事ですよね。もちろんあります…ありますとも」

 優吾は生まれたての小鹿のようにプルプル震えながら、みことを見るとブンブン首を横に振っている。やっぱこいつ使えね~と思いつつ矢部と若杉に助けを求めると呆れられた顔で、

「先輩、洞窟の中で麗奈先輩にプロポーズしてましたよね。まさか忘れてませんよね?」

「あ!あれね~、あれは麗奈の秘められたポテンシャルを引き出すための嘘も方便ってやつ」

 場が凍りつくとはこういう状況なんだなと、矢部は思いつつ優吾先輩の冥福をお祈りするのであった。


「方便だと…ほぉ~」

 あれ?なんだろう、麗奈が机に突っ伏して泣いている両隣に仁王像が見える…向かって右側が阿形像あぎょうぞうで左側が吽形像うんぎょうぞうだったかな…有名なのは奈良の東大寺南大門にあるんだっけ…優吾は全力で現実逃避に勤しむ。だが、そんな甘い考えが通用するはずもなく、

「蒼未家に対して結婚詐欺を企むなど不届き千万!発掘する古墳に人柱として埋めちゃいましょうか?お母様」

と、麗奈の母親樹里が冷淡に言う。

「いやいやいや、そんな大それた考えはありませんって!麗奈の力に少しでもなれればと、内に秘めていた想いを思わず口にした所存でございますです」

 変な日本語で答えた優吾の生存本能が、ここは『本気だ』と主張せよと吠えたてている。

「なるほど、内に秘めたる想いから麗奈にプロポーズをしたと言われるのですね。少し、早いような気もするけれど…麗奈の気持ちはどうなの?」

「お母様、優吾さんのお気持ちお受けしたいと思います」

「そう…では婚約成立ということで、ここにいらっしゃる皆さまも証人として、よろしくお願いいたしますね」

 殺人事件の事情聴取の後に、めでたく優吾と麗奈の婚約が成立した瞬間であった。

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る