第19話 再起
古い記憶。
明るい空気に満ち満ちた遊園地と、沢山の笑顔。そして、吹き荒れる風。
暗い……暗く、そして真っ暗な海の中、俺は深く息を吸い込んだ。体内に、空気のような水のような何かが入り込んでくる。自分の存在が、自分の在り方が、内側から書き換わっていくような感覚。これは、これは、悪い夢だ。
自覚しているのに、うまく体が動かない。爪先、指、掌、足、体、首、腕、腰、何もかもがぐちゃぐちゃに絡まるように動かない。
俺は、俺は、俺は、俺は、オレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハおれは…………。
もがく。もがいて、あがいて……浮上していく。上がっていく。起き上がっていく、暗い闇の底から、かすかな光に向かって手を伸ばす。
俺は。
「ッ!!」
気が付くと俺は、灰色の空に向かって手を伸ばしていた。きしむ体は、さび付いてしまったように硬かったが何とか動いた。
ここはどこだ。自分は何だ? いや、はっきりと思い出せる。自分は新庄紅葉で、ココはかつての遊園地。そして自分は。自分は……。
敵と戦って。負けたんだった。気が付けば鎧は消え失せていた。ルナがいない。もちろんシエルも。俺は、一人になっていた。
「……」
頭が痛い。体を起こして、息を吸い込む。よどんだ空気が体を満たす。動ける、行
ける……。
「はぁ……はぁ……行くんだ……。アイツらと、帰る為に……」
先ほどまで限界だったはずの体は普通に動いた。最早先ほどのような激痛すら感じない。
「いま……。行くぞ……!」
俺は、自分に向かってそう言うとスタッフルームに向かって駆け出した。
「青空……そして、月。銀色のトラと黄金の龍。凄まじい力を持つ二つが今や僕の手中に……」
ミストは狭い部屋で両手を掲げると目の前に縛り上げたルナとシエルを見て笑った。
「この力があれば、奴に……シャドウにも復讐できる」
「シャドウ……?」
ミストの言葉に反応したのは、縛られ、傷だらけになりながらも意識を保っているルナだった。息を荒くして、おそらく人物名であろうその言葉を反芻する。
「フフフ。あぁ、そうか、君らは今記憶を失っているんだったね。覚えていない。いやはや、なんということだろうか。世界を何度も滅ぼせるだけの力を持った君たちが、今やアレの手を借りないと何もできない無力な少女気取りか……」
「どういうこと……? 私達を使うには着用者がいるはず」
「やれやれ、こればかりはシャドウに感謝しなくてはな。お陰で、他のシングルを超えた力が手に入る」
「さっきからブツブツ一人で盛り上がっているところ悪いのだけれど、私達、アンタに協力するつもりなんか無いから」
「死んでも。お断り」
ルナとシエルははっきり自分の思いを口にする。
「君たちの意見なんてどうでもいいんだよ。なぜならば」
ミストが腕を掲げると、ルナたちの体がさらに縛り上げられた。濃密な霧が二人の体に影響を及ぼす。
「力を抜き出す方法なんていくらでもあるからね」
「やめろッッッッッ!!」
静かなる絶望をたたき割る声が響いた。全員が声のした方に視線を向ける。扉を乱暴に押し開け、全身で息をして、それでも立ち上がる少年がそこにいた。
「紅葉……ッ!」
とらわれたままのシエルが叫ぶ。その叫びにこたえるように紅葉は顔を上げた。
「ヒュー。まるでヒーロー気取りだね……でも、気取ってるだけじゃ、僕には勝てないよ」
濃密な霧があたりを満たす。見えない一撃が紅葉のことを横から殴った、紅葉は止まらない、ゆっくりと、されど確実に前に出る。
「ふん」
ミストが指を鳴らした、白い霧がうねり、曲がり、紅葉の腹部に重たい衝撃を与えた。
「ぐぅ!!! あぁぁ……ッ!」
うめき声を上げながら、一度膝をつきながらも紅葉は前に進む。
「……」
霧が歪んだ、その刹那四方八方から鞭のような鋭い攻撃が飛んで、紅葉の体を四方八方からたたきつけた。
「……!」
それでも、紅葉は止まらない。
「バカな!? 常人なら立っていることもままならないはずだ! 死に急いでいるのか!?」
「ち、が……う!」
紅葉は、かすれた声を絞り出した。そして、ついに目の前に迫ったミストを見上げる。
「俺は……ッ!」
「や。やめろッ!」
「三人で!」
「来るんじゃない!」
攻撃することも忘れて、ミストは叫ぶ。そして、紅葉が腕を突き出す直前、ミストは見た。いや、見てしまったのだ。
その、凍てつくような、恐ろしい鬼の形相を。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッッッッ!!!!」
ミストの叫び声がこだました。
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