第5話 ルナ・バトルモード


 ゴウッ! と体を雷のような衝撃が駆け抜けた。叩きつぶされたような衝撃と、無傷の体。俺は、大きく目を見開くとこぶしを真上に振り上げた。

 紫色の体が吹き飛ぶのが見える。


「はぁ、はぁ、い、いきてるよな?」

『二度目ともなると多少はできるわね。この調子で頑張って頂戴。アンタがピンチになると私もやばいんだから』

「は? それってどういうことだよ!」


 俺は反射的に声のする真横に視線をやった。当然そこには、誰もいないわけだがショーウィンドウのガラスに、くっきりと映った今の自分の姿を視認できた。

 金色の鎧にドラゴンを思わせる兜。とげとげしくも洗礼された鎧は何とも少年心をくすぐってくる。


「よく見るとこの格好って滅茶苦茶いかしてるよな!」

『ちょっと! 今そんなこと言ってる場合!?』

「よそ見を! するなっ!!」


 怒りに満ちた怒号と、叩き潰すような、横からやって来る圧力に、俺の体はあっさり吹っ飛ばされた。


「ぐぎゃっ!!!」


 情けない悲鳴を上げ、床を転がりながら、俺は何とか両足を床について体制を建て直す。


『あの状況でよそ見とか、どれだけ荒事慣れしてないのよ!?』

「普通に生きてたらそんな荒事なんておこらないだろ!?」

「死になさいッ!」


 気が付けば、グラウトは目の前に立ちふさがっていた、振り上げられたこぶしを真正面から受け止めるべく、俺は右腕を突き出した。

 鎧に包まれた金色の俺の腕と、巨大な紫色の剛腕がぶつかり、丁度二人のど真ん中で、互いの力は拮抗する。


「キフフ。少しはやるみたいです……ねぇッ!!」

「うをっ!」


 グラウトは突如として力を籠める方を変えた。それに流されるまますっころびそうになる俺だったが、何とかそれについていき鍔迫り合いを維持する状態に持ち込む。


『このままじゃ体格差がある分じり貧よ! 一度引きなさい!』

「え!? あぁ! 分かった!」


 指示に従い一度飛びのいた俺はグラウトの爪が床を深くえぐるのを見た。なんと恐ろしい破壊力か。


『左腰のトゲに触って!』

「あぁ、ここか!」

『キャッ! 最低! どこ触ってんのよ! もう一個上の奴よ!』

「なに!? なんだそのリアクション!? 俺今どこに触ったんだよ!」

「いくらなんでもそれはだめだと思う」

『ほんっとに最低! この変態! 変態童貞!』

「後でちゃんと謝るべき」

「なんなんだよ!」


 浴びせられる罵声と、遠くからジト目でこちらを見つめるシエルの視線。それら二つを同時に浴びながら、俺は泣きたいのをこらえて先程のトゲのもう一つ上にあるとげに触れた。

 金色の光がほとばしり、その手のひらに何かが握られる。

 いかがわしいらしい何かの上にあったトゲであろうことが直感で分かった。


「ッ! これは……」

『アンタも男なら、こういうの好きでしょう? レーザーブレード!』


 金色の握り手の先端から伸びる、光でできた不定形の剣。確かに、こういうのが嫌いな男の子はいない。俺が断言しよう。


『単純な力ならじり貧よ。でもね、こっちにはこういうのいっぱいあるんだから! さぁ! あんな奴ブッた斬っちゃいなさい』

「おう! 行くぜ!」


 心のそこからテンションが上がってくる。気分はまさにヒーローショーの主人公。俺は初めて握る長物を構えながらグラウトのほうに向かって駆け出した。


「何を! 所詮は付け焼き刃! 真正面から捻り潰して差し上げますよ!」

「はぁぁぁぁぁぁッ!」


 光の刃を大きく振り払った。それ自体が凶器のような、グラウトの爪と刃が激突する。

 バジッ! と火花が飛び散った。パワーバランスは。


「押してる……」


 こちらがわずかに有利。武器の性能であちらの腕力をわずかに上回った。行ける! この調子なら!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッッッッ!!!」


 かつて、出したことがないほどの叫び声、刃は上へ上へと進んでいく。あと少し、あと少しでその刃が敵の首元を引き裂く。

 このまま__


「く!」


 その刹那。グラウトは背中に生えた巨大な翼を大きく振動させた。


「!」


 巨大な力から繰り出される圧迫とはまた違う圧力、風圧に俺はとっさに体を覆った。


『次は逃がさない! 今度は肩に触れなさい!』

「あっと。こうか!」

『さいッッッッてい! どこ触ってんのよ! 逆の方よ!』

「どこ触ってんだよ俺はよ!?」

「謝るべき」


 そんな言葉を浴びせられながら、俺はもう逆の肩に触れた。その瞬間、背中に何かがのしかかる感覚が生まれた。


「!? こ、これって……?」

「翼! まさか、そちらも空を!?」

「飛行はドラゴンの基本」

『ちょっと! 私のセリフを取らないで!』


 後ろに視線をやれば、黄金の翼が生えていた。物語に登場するドラゴンを連想させる黄金の翼は、自分のすべてを任せられると思えるほどに堂々としていて……。


「てかこれ……。どうやって飛ぶんだ?」

『……。気合で何とかなさい!』

「めちゃくちゃだ!」

 俺が叫んだ瞬間、大きく開いた天井から、グラウトが飛び立っていくのが見えた。


「くそ! 逃がしはしないぞ!」


 それだけはさせない。俺は背中から新たに生えた腕を大きく動かすイメージをして床を蹴り上げた。

 その瞬間、目の前には茜色になり始めた空が広がった。


「ななななな!!!」

『気合い入れすぎ! バカなんじゃないの!』

「しょうがないだろ! 初めてなんだから!」


 空中で両手をじたばた動かして、何とか翼を使って空中のその場所に制止する。しかしそれがやっとだ。


「ふ! 空中ならば私の方が有利ですねぇ! 選択を誤りましたね!」


 そう叫ぶとグラウトは真下から巨大な爪を突き上げるように飛翔した。

 まるで打ち上げロケットの様な素早さで迫ってくるそれに当然回避は間に合わない。


「グハッ!」


 巨大な爪が突き刺さる……事こそなかったものの凄まじいスピードで突き上げられたソレは、俺に大きなダメージをもたらした。

 空気の塊を吐き出しながら、なされるがままに空中に持ち上げられる。あまりの激痛に視界がかすむ。


『いまよ……!』


 俺は、グラウトの爪を片手でつかむと……。

 手にした光の刃をその顔面に向けてたたきつけた。


「ギグゥゥゥゥゥゥッ!!!???」

「くたばり……。さらせぇぇぇぇぇええええッッッッ!!!!」


 回避のしようのない至近距離、光の刃がグラウトの体を真っ二つに引き裂く。


「ぐぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!! ばがなぁぁぁぁっ!!!!!!!」


 体を突き上げる腕から力が抜けた、俺はそのまま体をひねってひび割れた床に着地した。


「っーーーーーーーー!!」


 グラウトが、最後にないかを叫んだ気がした。しかしそれは、空中で巻き起こった大爆発によってかき消された。


「……。ネオは、その機密を守るため、機能停止とともに爆発する……」

「つまり?」

『私の……いや、私たちの完全勝利ってこと』


 シエルの代わりに、ルナがそう答えた。

 ルナの表情はうかがえなかったが、俺には、笑っているように、思えたのであった。

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