第8話 二日目にて


 歓迎パーティーから一夜明け、俺は重たい瞼を持ち上げた。自室のベッドの上、正直なところ、記憶はあいまいだ……。


「頭いてぇ……」


 二人はどうしたんだったか。ダメだ。どうも意識がはっきりしない。


「ん?」


 何だろう、何か柔らかいものに腕が包まれている。もっちりとしたクッション? いや、そんな物この部屋になかったはず……。


「んー?」


 腕を、手のひらを動かしてそれが何かを確かめようと試みる。なんだろうか。これは……。最近、何処かで触れた気がする……が。思い出せない。

 寝起き直後でぼやける目では、それが何かを視認する事すらかなわない。

 それに、なんだか直接確認するのは負けのような気がしてならない。こうなればこれが何か何としてでも突き止めてやる。


「……。これは……んん」

「ひゃっ……」

「え?」


 甘い、そして高い声。指に吸い付くようなもっちりとしたもの……。これは……。

 さっきまで考えていたことも忘れて、目をこすってそちらに目を向ける。

 そこには白いシンプルなパジャマを身に着けたルナがいて……俺はそこに手を突っ込んでいた。俺が触っていたのは……。


「なに……触ってんのよッ!!!」


 絶叫のような悲鳴が、朝から俺の部屋にこだました。


「いや、確かにその件は反省してるけどよ、人のベッドにもぐりこんできてるお前の方にも責任の一端はあるだろう?」

「言い訳なんかして、最低!」


 真っ赤に晴れたほほをさすりつつ、俺は抗議の声を上げた。正座で目の前にいるルナを見上げる。

 腕を組み、椅子に腰かけて顔をそらすルナと、ベッドに座ったままあくびを嚙み殺すシエル。そんな状況がかれこれ五分は続いている。


「確かに、紅葉の言い分もわかる。でも私たちはただ惰眠をもさぼっていただけでなく紅葉の護衛のためにここに来たことは理解しておいてほしい」

「ん……そうだったのか……それは悪い……」


 色々と言いたいことがなくもないが、理由があるのならば一応は謝罪する。


「別にいいわ。勝手にこっちに来たのは事実だし」

「そう、ルナもおっぱいくらい許すべき。これからもっともませていくんだから」

「あれはあくまで戦うために仕方なくだからいいの!」

「紅葉。おっぱいを揉んで鎧になるのはルナが戦おうとしてる時だから。安心して」

「安心てなんだよ!」

「安心てなによ!」


 ルナと俺の絶叫が同時に響いた。賑やかな朝に、俺は思わず笑ってしまう。


「どうしたの?」

「あぁ、いや……なんか、平和だな……って思って」


 こんな日々が、ずっと続けばいいのに、でも長くは続かないのだろう。謎の脅威が

迫っている以上、いつまでもうかうかしてはいられない。


「……散歩がてら見回りにでも行くか!」

「仕方ないわね……。私も行くわ」

「準備、する」


 そう言って二人は俺の部屋から出て行った。俺もまた、準備のために動き出すのであった。


 朝早く、街は夏休み初日ということもありいつもよりも人通りが少なく感じた。世界は、一見何の変哲もなく、平穏にめぐっているように思えた。何事もなく、平穏無事に。


「何もねぇな」

「そんなに毎日何かあったら困るわ」

「ネオたちにも、ネオたちの事情があるって、ことだと思う」

「そうかぁ、ずっとこの調子で毎日が続けばいいんだけどなぁ」

「見つけたぜ! 裏切者ども!」

「!」


 目の前から聞こえてきた声、そちらに目をやれば背の高い青年が立っている。ぼろ布のような衣服を身にまとった、狐のような顔立ちの青年は口元を邪悪にゆがめた。


「ネオか!」

「全く! 早速ね!」

「ハァッ!」


 青年が両手を掲げるとその体が光に包まれた。そこに現れたのは細い体を丸めた狐のような怪物だ。鋭い牙を鳴らして笑う怪物は喉の奥を鳴らす。


「……私達が行くわ。シエルは下がってて」

「分かった」

「さぁ、全力を切り裂いてやるよ! 早くバトルモードに移行しろ!」

「いわれなくとも、よ……アンタ!」


 来るか。


「私の胸をもみなさい! 本当はすっごくいやだけど!」

「……分かった!」


 露出が多い、されど胸はしっかりと隠した服の上から胸をもむ、次の瞬間。俺は鎧を身にまとっていた。


「行くぜ……!」

『死なない範囲で頼むわよ!』

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