第13話 絶望
「……あ」
窓の外を見たとき、俺は思わず声を漏らした。一滴、また一滴……と、空から水が降り注ぐ。雨が、降り始めていた。
「やっべぇ……傘持ってきてねぇ……」
「どうするの?」
「あぁ……しばらく雨宿りだな……どうせすぐやむだろ……」
運動場に目をやれば、先程まで練習に精を出していた運動部の連中が慌てて屋根の下に入っていくのが見えた。
明るかった教室が暗くなり、にぎやかだった校庭が、一気に静かになる。
「ん?」
俺はその時、ふと校庭に、誰かがいることに気が付いた。まるで、突如そこに現れたように視界に飛び込んできた誰かは、真っ白だった。
白い髪の毛に白いコート。そんな特徴的な格好は遠くからでもよく目立つ。
生徒? にしては年齢が高く見える、教師……? にしては若い。いや、そもそもあんなに目立つ人間が校内にいたならば、忘れるはずがない。そうなれば何かの部活のOB? いや、ならば、あんなところに突っ立たせておく意味が分からない。
「!!!」
そこまで考えた、その次の瞬間、俺は、心臓が止まる程の衝撃に襲われた。まるで絶対的な捕食者に出会ってしまったような感覚。
「どうしたの……?」
シエルが無表情のまま、されど心配そうにこちらをのぞき込んでくる。俺は、それに答える為に何とか言葉を絞り出した。
「目が……あった……」
「目が……? 誰と……」
「やめろッ!!!」
シエルが立ち上がり窓に近寄ろうとするのを、俺は叫んで制止いていた。
自分でも驚くほどの大声を正面から浴びせられたシエルは呆けたまま固まっていた。
「ぁ。わ、わるい……つい」
「……そんなに?」
「……アイツ、絶対に只者じゃない」
「ネオ?」
「で、ある可能性が高いと思う……」
はっきりと示せる証拠はなかった。しかし、確信めいた謎の自信が自分の心を満たしていく。あいつは、きっと、とてつもなく強い……。
「……。どうする?」
シエルの瞳が一瞬揺れた、気がした。それを見た瞬間に、逃げる。という選択肢は吹き飛んだ。
「行くぞ、最短距離で降りる!」
いつの間にか俺は、自分でも驚くほどに素早く、教室を飛び出していた。
校舎を飛び出して、俺達は屋根のついた場所から校庭を見た。
白髪の少年がそこに立っている。白いコートに白い肌、おとなしそうな表情に対して、ひとみだけは猛禽類のように鋭くて……。
「やぁ、遅かったね。これ以上遅いと学校ごと吹き飛ばすところだったよ」
両手を小さく広げ、わざとらしく首を振る。そんな芝居がかった動作にふさわしい軽い声だったが、その何でもない様子が逆に、それが本当であると確信させる。
「お前は……」
「ネオ。それも有象無象のカスと同じじゃない。ミスト・ナインっていうんだ。よろしく」
「ミスト……」
「なるほどな、お前が噂のミスト様ってわけか……?」
「ハハハ。把握してくれていたようで何よりさ」
口元に手を当てて笑うミストは雨の中で両手を広げた。雨が激しさを増していく。
「こいつを倒せば終わり……?」
「だろうな! シオン!」
「私の胸に触れて!」
シオンに後ろから抱き着くように、胸に触れる、僅かな柔らかさの直後、鎧をまとった俺は校庭に向かって駆け出す。
「先手必勝だッ!!」
両腕の先に剣を顕現させて、ミストに切りかかる。未だに棒立ちのままのミストは軽く片腕を掲げた。
ガギンッッッッーーーーー!!!! という金属のような音が響いた。
「なっ!?」
『これは……』
「それだけ?」
ミストが笑う。掲げた腕に、剣があっさり受け止められた。
「じゃあ次はこっちから行くね?」
「ッ!」
体を気持ちの悪い浮遊感が包む。ミストが腕を払いのけた結果の事象であった。そしてその直後、俺は気が付いた時には地面にたたきつけられていた。
「!?」
『紅葉! しっかり!』
「はは、脳震盪で痛みを感じる暇もなかったろ?」
ミストの掌を揺らすような動作を見て自分が殴られたことを自覚した。うまく力がこもらない体に鞭を打って立ち上がる。
『いける?』
「行ける……! 攻め方を変えるッ!」
地面を蹴り飛ばし、跳躍する。後ろに回り込んで左足を振り上げる。素早さに特化した一発は、信じられない程にあっさり受け止められる……。が、ここは一応想定の範囲内だ。
右足をぐっと踏み込み飛び上がって、今度は頭に向かって蹴りこむ。通じない。当然だ。
「だが!」
シエルの最大の力は素早さ、ならば一撃一撃よりも連続攻撃に集中すべきだ。
俺は四方八方からミストにありとあらゆる攻撃を叩き込んでいく。十、百、千、それを優に超える攻撃を、数十秒間の間に叩き込む。
「グゥ!」
『全部防がれてる……』
「つまんないね」
「がはっ!?」
腹部に隕石が落下してきたような衝撃と共に、体が地面にめり込んだ。全身に電撃のような痺れが走った。口いっぱいに鉄の味を感じながら俺は真っ直ぐにミストを見据える。
考えろ、何か、何か何か……ッ!
「はぁぁぁぁあああああああッ!!!」
「あぁ。そういうの良いからさ」
「ガハッ!?」
その直後、俺は見えない何かに殴られた。その衝撃で体が空に舞い上がり、今度はその何かに地面にたたきつけられる。
かと思えば再び上に、左に、右に、四方八方から不可視の攻撃が飛んでくる。なにが、何が起きている……!
「はい」
ミストがあきれたような声で指を鳴らした、ひときわ強力な、突き飛ばすような一撃が腹部に走り、俺は高く舞い上がって、顔から地面に落下した、鼻が痛い、口に砂利が入り込んだ。
「……!」
そこに来て初めて、俺は武装が解除されたことに気が付いた。
「ま、まて……」
目の前でシエルが倒れている、服はズタボロで泥だらけ、気絶しているのかピクリとも動かないシエルを、ミストは抱きかかえた。
「ハハハ……雑魚が」
恐ろしく冷たい声が、俺の心を、体をえぐり取った。
「はぁ……。はぁ……ぅ、っ……。あ」
身体から、一気に力が抜けた。指が動かない。力が入らない。俺は視線だけで奴をにらみながら、口の中に入った砂利をかみ砕いた。
「弱さとは罪だねぇ……」
男は笑う。バケツをひっくり返した大雨の中、俺はそこに向かって手を伸ばす遮るものなんて何もないはずなのに、鉛のような身体は思うように動かなかった。
「はぁ……はぁ……ぅ、く……そ」
「じゃあね。負け犬君」
男は笑う。感情を吐き出すためだけの叫びは、雨音にかき消された。俺は、連れ去られるシエルを、見ていることしかできなかった。
ミストは、まるで、蜃気楼のように霧散した。残されたのは、這いつくばる紅葉ただ一人。その様子を、屋上から眺める影があった。
「さて、見せてもらおうか?」
男は、天道歩はその様子をただ静かに見守っていた。
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