おっぱい変身バトル~別にあんたのために胸もませるんじゃないんだからね~

彩川 彩菓

第1話 さらば日常


 時は七月の末。学期末のテストも終え、従業式も終了し、後は家に帰るだけで夏休み……。という、学生にとっては浮足立ってしまう特別なある日のこと。俺は棒状の袋に入ったアイスをダ勢でくわえながら腹が立つほどに青い空を眺めた。

 運動部の声がかすかに聞こえる校舎裏、その小蔭に腰かけつつ、俺はため息をついた。

 新庄 紅葉(しんじょう もみじ)中肉中世。得意教科なし、苦教科なし。特にこれと言って特徴のない、彼女いない歴イコール年齢のしがない男……。これが俺のすべてだ。

 こんな特徴のない俺が、悩む理由。ソレは……。


「あぁぁぁ……。彼女がほしいぃぃぃ……」


 高校に入って二年目の夏だというのに、俺の身の回りに余りにも色がないことだった。だっておかしいだろう。高校生活ってもっとこう、なんかキラキラしたものじゃなかったのかよ。非日常であふれるものじゃないのかよ。


「別にアニメみたいな高校生活を送りてぇわけじゃないんだけどな」


 誰に聞かせるわけでもなくぼやいた瞬間、ポケットに入れていたスマホが揺れた。画面に目をやればどうやらメッセージアプリの通知らしいことが分かった。


『悪い、クラスで今いい感じの子と一緒に帰ることになったから先行くわ』


 如何やら童貞仲間に裏切られたらしい。


『くたばれ』


 俺はそれだけを返すと再び息を吐きだした。気が付いた時にはアイスは空っぽになっていた。

 どうやら待ち時間は完全に無駄になったらしい。プラスチック製の小袋を握りつぶしてその辺に放り捨てる……のはまずいので、ビニール袋に入れると俺は刺すような陽光を浴びながら歩き始めた。

 首筋や頬が焼かれているように痛い。校門前で自転車を回収し、カゴに学校指定の手提げバッグを放り込むとそれに……またがるのを辞めて押して歩き出した。

 少し歩きたい気分だ。車輪が回る音と蝉の合唱が重なっている。汗をぬぐいながら俺は青空に目をやった。

 学校が終わり長期休暇に入る余韻も感じず、そのまま帰る気にもなれず……。

 そのまま歩いてふと、この近くの山にある神社の存在を思い出した。


「そう言えば円を結ぶ神か何かだったか……」


 友人があわや彼女ができるまで秒読み……。というタイミングで神頼みとは、いったいどんな思考回路をしているのか……流石にそんな情けないことができるわけもない。

 やめだ。今日はもう帰って寝よう。そっちのほうが幾らか有意義というものだ。だから……。




「うぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!!! 彼女ほしい! 彼女ほしい! 神様ッ! どうか! どうかッ!!!!」



 気が付いた時には、俺は神社で祈りをささげていた。火が出そうなほどに両手をこすり合わせて、目を限界まで閉じて祈った。そりゃあもう全力で……。。

 全力で。


「はぁ、なーにやってんだ俺は……」


 そして、自分がいかにばからしいことをしているのか気が付いた。こんな人気のない神社に遠回りしてまでやってきて神頼み?


「帰ろ。ばかばかしい……」


 我に返った俺は財布から五円玉を取り出すと機械的に賽銭箱に投げ込んだ。

 その刹那――。


 ドゴンーーーーーーーーッ! と、いう派手な爆音が響いてあたりを揺らした。


「!? な、なんだ!? 何が起こった!?」


 地震? いや、にしては奇妙だ。今の感じは揺れた。と言うよりも、揺らされた……というような……。

 息をのんで、音がした方に視線をやる。木々の向こうに白い煙が見える。


「あそこに、何か……」


 かかわるべきじゃないという理性と、何があるのかを見てみたいという本能の間で心が揺れる。


「や、やばそうなら直ぐに逃げられるだろ……」


 まるで自分に言い聞かせるようにそう言って、俺は手入れされていない木々の方へ足を向けた。

 植え込みをかき分けて道なき道を進む。前進しているのか、その場でもがいているのかさえも分からない。引き返そうか……。と、思い始めたその時であった。気が付くと俺は、開けた場所に出ていた。

 いや、と言うよりも、円形に無理やり開かれたかのような空間だった。

 その中心は、えぐれていて地面は大きくへこんでいる。そこからは白い煙が上がっ

ていた。


「な、なにが……」


 一歩一歩、細い板の上を歩くように、慎重に前に出ては煙の向こう側を覗き込む。

 何かがある……。いや、『誰かがいる』

 まるで、開けてはいけない箱を開けるように、俺は、その方向を覗き続けた。

そこにいたのは、髪の長い女性だった。

 金色の髪、白い肌、しゃがんでいてもわかる程に素晴らしいスタイルの女性はしばらくすると無言のままに立ち上がった。

 豊満な胸をした女性は、糸の一本すらまとってない全裸だった。


「……」

「うわっ!」


 その女性に正面から見つめられて俺は、慌てて視線をそらした。頭の中にごちゃごちゃとした単語や文字列が浮かんでは消えていく。訳が分からなかった。

 そして、俺がやっと絞りだした言葉は……。


「あぁ……。ケガとかないすか?」


 だった。視線を向けるかむけないか、と言った顔の向きで。歩き始めていた彼女が立ち止まったのを感じた。


「……」


 その瞬間、今度は神社の方で爆発のような轟音が響いた。


「こ、今度は何だ!?」

「っ、最悪……。アイツ、もう来たんだ……」

「キフフフフ……見つけましたよ……裏切り者……!」

 

 重たい地響きが響いた。木々をかき分けて、巨大な影が現れる。

 紫色の鱗、アリのようなキバ、クマを思わせる体躯に禍々しい爪……。コウモリを思わせる翼をもった怪物。真っ赤な瞳のソレは、無機質に、しかし鋭く俺を、いや、女性をにらみつけた。


「な、なんだよ! コイツ……!」

「最悪だわ……」

「さて……裏切者と目撃者に残虐な破滅を!」


 妙に芝居がかった口調で怪物は叫ぶ。特撮の撮影……なんかではないだろう。それが本物だということはいやでもわかる。


「……やむを得ないわね……アンタ!」

「ぇ!? 俺!?」

「っ……まさか」


 困惑冷めぬこの状況下、彼女は俺の手を引き、真剣そのものといえる顔でこう言った。








「アンタ、私の胸をもみなさい!」

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