第8話 きっと妬まれてるだけ
『今日も会えないの……?』
いつものファミレスで俊樹と健と昼食を食べに来たところ、メッセージが奏さんから届いた。最近は、クリスマスに向けてすず姉のところでバイトを始めたりで、思うように奏さんに会うことができていない。
俺としても、奏さんに会えなくて寂しい気持ちもあるが、全てはクリスマスのため。
ここは、辛抱時。
俺は、そう自分に言い聞かせ、スマホを握りしめる。
『ごめんね。今日も、予定があるんだ』
『そっか』
俺がメッセージを送った瞬間、既読がつき、返信が返ってきた。
前から思ってはいたが、奏さんの返信速度は早い。多分、俺が今まで出会ってきた人の中で一番早い。
今まで、浮かれ気味で気づかずにいたが、知り合ったときからずっとメッセージを送れば、時を待たずして返信が来る。そして、それは、今も変わっていない。
マメな子なんだなあ……。いや、俺にだけ返信が早いのかもしれない。
そう思うと、頬が緩んでしまう。
「うわあ……。また、ニヤニヤしてやがる」
俊樹が恨みがましい目で俺のことを見てきた。
「仕方がないだろ! 奏さんが可愛いんだから!」
「まあ、彼女が可愛いくて仕方がない気持ちもわかる――。でも、今は、それどころじゃないだろ」
俊樹が割と真面目な顔に切り替え、言った。
「そうだぞー、海里さんよ、二月のライブでやるオリジナル曲のトラックをいい加減作りたいんだけど」
俊樹に続いて、健も俺の方へと、切実な目を向けてくる。
「あー……。えっと、その……」
最近、彼女ができたり、バイトを始めたり、すず姉の趣味に付き合ったりで、ギターの練習や、作曲をするための時間を思うように取れていない。というのが正直なところで。
やばい、マジでなんて言おう。
言葉につまり、間を持たせようと、氷とメロンソーダの入ったグラスをカラカラ、と音を立て鳴らす。
「「はあ……」」
俊樹と健が、何も言うことができない俺を見かねて、深くため息をついた。
「あのな、海里。彼女ができて浮かれるのもわかるが、やるべきことはしっかりやってくれ。正直、あんまり余裕がないから、できるだけ早く練習したいんだ。作曲なんて俺には全然わからないことだらけだが、頑張って協力するからさ、俺らのこと、ちゃんと頼ってくれよ」
俊樹が、俺の肩を叩いて言う。
健も「ギターリフを一番最初に考えなきゃいけないってわけじゃないし、他の方法を試すのもいいと思うぞ」とアドバイスをしてくれた。
「本当にごめん……」
色々と思うところがあるだろうに言葉を飲みこんで、励ましの言葉をくれた二人にこれ以上迷惑をかけられないな、と俺は思った。
「彼女のことも大切だけど、バンドもちゃんと大切にするよ」
俺は、二人に軽く頭を下げ、言った。
「わかってくれれば、いいんだ」
俊樹が、表情を綻ばせながら言った。
「ありがとう……」
俺がそう言って、少しが経ち、ドリンクバーで淹れたメロンソーダがグラスから消えたころ。健が何かを思い出したかのように俺の方を見てきた。
「あ、そういえばなんだけど……。これ言おうか迷ってたんだけどさ……」
あー、いや、でもなあ、と健が目を左右に揺らしながら、言い淀んだ。
「健……? どうした……?」
様子のおかしい健を不思議に思い、俺は声をかける。
声をかけた後も、健は、しばらく迷ったような様子を見せる。
そして、一息つくと「まあ、念のため言っておくか」と口を開いた。
「別に奏さんのことを悪く言うつもりはないんだけどさ。この前、海里と奏さんが一緒に歩いているところを見た俺の友達が、『あの女はマジでやばいから北野くんに早く別れた方がいいって言っておいて』って言ってきたんだよ」
「は?」
俺は、思いもよらなかった言葉にポカン、と口を開けてしまった。
奏さんがやばい女……?
俺の脳裏に笑顔がとても似合う奏さんの顔がよぎる。
「いやいや、奏さんがやばい女って……。そんなわけないよ」
俺は、ないない、と手を横に振る。
「まあ、俺もそう思うけどさ……」
健が申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「あ、あれだろ、奏さんのことを狙ってたけど海里に取られて、テキトーなこと言って別れさせようって魂胆だろ!」
俊樹が重苦しくなった空気を和ませようとしたのか、フォローを入れてきた。
「そ、それだ! 絶対それだよ。奏さん可愛いし」
俺は、そうとしか思えなくなって。否、そう思いたくて、俊樹に同調することにした。
「そうだな……。俺もそんな気がしてきた。変なこと言ってごめんな。忘れてくれ」
健が申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「ま、カップルは、妬み僻みの対象になりやすいし、それが早速来ただけだ。気にせず行こうぜ」
俊樹がガシガシ、と僕の隣に移動してきて、肩を組んできた。ここファミレスなので、勘弁を。
というか、その妬み僻みをいつも二人に向けられてる気がするのですが。
それはさておき。
健の発言から少なからず、俺と奏さんのことをよく思っていない人もいることがわかった。
俺のことを貶めるのは、ともかく、奏さんのことを悪く言われるのは、あまりいい気分がしない。
「うん……。友達にも、あまり奏さんのことを悪く言わないでほしいって会ったら言っておいて」
「お、おう。わかった」
まだどこか釈然としない表情を浮かべる健を見て、俺も心のどこかに引っかかりを覚えつつも、ちょうど、運ばれてきたポテトに手をつけることにした。
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