第11話 心の準備


 すず姉に見つからないように、泣きわめく奏さんを連れて近所の公園まで、俺は、俺たちは、走った。


 こんなに速く走ったのは、初めてかもしれない。


 速さだけで言ったら、俊樹たちと体育祭のクラス対抗リレーで活躍し目立とうと画策し(かなりの速さで走ることができたが、結局、同じクラスのサッカー部のイケメン男子にいいところを全部持っていかれ失敗に終わった)、全力疾走したときよりも早かった。


 そんな気がする。

 

「ぜえぜえ……」


 俺は、肩で息をする。


「ご……めんね……ごめん……ね……」


 奏さんは、未だにボロボロと涙を流し、息も絶え絶えに謝っている。


 謝り続けている――。


 走っている間もこんな調子だった。


 この公園に、人がいなくてよかった。


 と、俺は、胸を撫でおろす。


「奏さん、とりあえず、もうわかったから一回休もう」


 俺は、奏さんにできるだけ優しい声音で声をかけた。


「う……うん……」


 と、ぐずぐず、としながら奏さん。


 そして、俺たちは、ベンチへと向かい、座る。


 ベンチに腰を掛けるなり、奏さんは、すぐに俯いてしまった。


「あ、いや、その、怒ってはいないんだ」


 俺は、俯いた奏さんを見て、本当に言い過ぎてしまった、と反省しながら言った。


「ほんとに……?」


 不安気に顔を奏さんが上げる。


「うん……。ただ、ビックリしたっていうか、色々と気になることがあってさ」


 健から聞いた奏さんの悪い噂のせいもあって、奏さんを疑ってかかっていた部分があることは、否めない。


 そのせいで、大切な彼女であるはずの奏さんにきつくあたってしまった。


 奏さんの言い分も聞かずにあれは、よくなかった。


「そうだよね……。ごめんね……」


 また謝られた。


 いたたまれない気持ちになるので、もうやめてほしいところだけど、奏さんからしたら謝り切っても謝り切れないのだろう。


「えっと、それで、奏さん、どうやってここまで来たの……? もう怒らないから、話してみて」


 俺が、そう言うと、奏さんは、瞳を左右に大きく揺らしながら、スカートの裾をきゅっ、と掴む。


 そして、ぽつりぽつり、と言葉を漏らし始めた。


「中学のときの友達に教えてもらったの」


「中学のときの友達?」


「うん……。同じ高校に通っていて……」


 うーん。


 でも、それじゃ、俺のことを知っている理由にならない。


「あ、その、一時期、海里くんと同じ小学校に通っていたらしくて……」


 顔に出てしまっていたみたいで、奏さんが慌てて弁明を始めた。


「ああ、なるほど……」


 中学のときの友達で、同じ高校に通っている……か。


 一瞬、奏さんを悪く言っていたという健の知り合いのことが頭をよぎった。


「私が海里くんと付き合い始めた、って話したら、『きっと喜んでくれるよ! ドッキリしてきな!』って言いながら、住所を教えてくれて……」


「へ、へえ……」


 傍迷惑なことをしてくれるな。


 と、奏さんの友達――一応、俺の知り合いでもある――を責めたくなった。


 自分がセキュリティを高く保っていても、こうして情報が漏れることがある。


 まあ、小学生のころとなると、数えきれない程、友達を家にあげていたため、仕方がないけれども。


 それに、まあ、こんなこと、早々あるわけではないし、今後は、より一層、意識を高く持とう。


 それはさておき――。


 とりあえず、事情が分かってしまえば、奏さんの行動が可愛く思えてきた。


「いくら友達が教えてくれたからって、実際に来るのはよくなかったよね……。本当にごめんなさい」


 奏さんが俺に頭を下げてきた。


「もう、いいよ! 事情が分かれば、めちゃくちゃ嬉しいし!」


 奏さんが感じている罪悪感を和らげようと、俺は、明るく努める。


「ほ、ほんとに……?」


「うん! ほんともほんと! なんならこれから家に来る?」


 と、言った瞬間、自分の言ったことの重大さに気がついた。


 気がついてしまった――。


 女子を家に上げる。


 女子を家に上げる。


 大切なことなので、二度言いました。


 はい。


 しかも、今、家には、誰もいません。


 ちなみに心の準備も何もできていません。


 しかし、時すでに遅し――。


「い、いいの……? 行きたいです……」


 目を腫らしたままの奏さんが少し頬を赤らめながら、言った。


 ――やっぱり、今のなし!


 なんて、そんなことが言えそうな雰囲気ではなかった。

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