第10話 絶叫


「えへへ……。会いたくて来ちゃった……」


 はにかみながらそう言う奏さんに俺は、少し恐怖を覚えた。


 このままじゃ、まずい。


 そう思いながら、電柱の陰から、すず姉の様子を確認する。


 相変わらず、スマホをじーっと見ては、金切り声を今にも上げそうな程、頭を掻きむしっている。ついでに、俺のスマホも通知が届いていることを知らせ続ける。


「海里くん……? さっきからすごくスマホが鳴ってるけど、大丈夫……?」


 背後から、奏さんが俺に微笑みかけながら声をかけてくる。


 目の前には、奏さん。


 電柱を挟んで少し離れた先、後方には、すず姉。


 俺の生存本能がアラートを鳴らし続けている。正直、頭の中で流れるこのアラートの音の方が、先ほどからうるさくて仕方ないスマホの通知音よりも大きく聞こえる。


 こうなったら、目の前にいて、もう既に姿を確認されてしまっている奏さんを相手にするしかない。


 すず姉のことは後で。


「あ、うん。大丈夫、気にしないで。それで奏さんは、どうしてここに……?」


 正直、スマホの電源をいっそのこと切ってしまいたいが、中々そんなことができそうな雰囲気ではない。


 今は、奏さんとの会話に集中するしかない。


「もう、さっきも言ったよ……? 会いたくて来ちゃったって」


 違う。俺が訊きたいことは、そういうことじゃない。


 質問の仕方を変える前に、一応、情報整理をしよう。


 会いたくて来ちゃったなんて、一見すると、ただの可愛い彼女に見える。が、健が教えてくれた奏さんの噂を聞いた後であるせいか、どこか薄気味悪いものを覚えてしまう。


 そもそも、俺は、奏さんに最寄駅を教えはしたが、最寄駅からどの方角に歩くのかとか詳細なことは一切話していない。


 故に、奏さんが俺の家――あるいは、すず姉の家――の近くにまで来ていることは明らかにおかしい。


「そ、そっか……。でも、どうしてここがわかったの……?」


 俺は、震える声を抑えながら言った。


「えー! この前、教えてくれたじゃん。忘れちゃったの?」


 ニコニコと笑顔を張り付け、とぼける奏さん。そんな奏さんを見ていると、僕が本当に忘れてしまっているだけではないか。そう思えてしまう。


 ――いやいや、さすがにそこまで記憶力に自信がないわけではない。


 いくら彼女とはいえど、あくまで他人。当然、両親と暮らしているため、家の住所などの情報は俺だけのものではない――。そのため、そう易々と話すような真似はしない。


 そうなると――。


 奏さんが嘘をついている。


 問題は、どうやってここまで来たか――だ。


 ここで、彼女のことを問い詰めるようなことをするのは、少し心苦しい。でも、こういった疑惑はしっかり晴らさないと。今後の信頼関係に響く。


 俺は、すう、と息を吸う。


「奏さん、俺、家の住所とか教えてないよ。それなのに、俺の家の場所知っているなんておかしくない? 奏さんは、俺が前に教えたって言ってたけど、親に勝手に住所を教えるな、って口を酸っぱくして言われているんだ。だから、俺が住所を教えたって、そんなことはありえないんだけど」


 俺がそう言った瞬間だった――。


「ごめんなさい……。嘘をつきました……。ひぐっ……ううっ……」


 奏さんが涙を流し始めた。


 まずい、自分で思っていた以上に高圧的になってしまったかもしれない。


「ちょっ……!? 奏さん!?」


 俺は、慌てて奏さんに駆け寄る。


「ごめん……ごめんねぇぇぇっっっ……! おしえてないのにいえのばしょをしっているなんてきもちわるいよねぇぇぇっっっ!?!?!?」


 涙ながらに奏さんが絶叫する。


「奏さん! 落ち着いて……!」


 女の子のことを泣かせてしまい、俺は、焦ってしまった。


 さらに、このままでは、すず姉も騒ぎを聞きつけて見にきてしまうかもしれない。


 幸い、近所の人が、何事か? と見に来る様子は、いまのところない。


 すず姉のことは、気がかりだ。でも、今は、仕方ない。すず姉にずっとやってみたいんだけど、と要求され続け、俺が断り続けていたを今度会ったときにでも叶え、許してもらうしかない。


 自分の身を削るような行為ではあるが、この状況を切り抜けるには、これしかない。


 ええい! ままよ!


「奏さん! こっち来て!」


 俺は、奏さんの手を掴んで、走り出した。

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