第15話 奏さんと過ごすクリスマスイブ


 クリスマスデートは、思っていたよりも段取りよく進んだ。なんで、こんなにも人がいるのだろうか、と自分のことを棚に上げて、考えてしまったが、みんなクリスマスデートのためにここにいるのだ。


 長年連れ添ってきたようなカップル。


 まだ、付き合い立てに見えるカップル。


 そもそもまだ付き合ってすらいなさそうな人たち。


 色々だった。


 異様な熱気が、一桁台の気温を記録する街にこもっていて、自分も含めてみんな浮かされているように見える。


 熱に浮かされていなければ、こんなに人口密度の高い街になんていないだろう。


 予定していたちょっとお高めのレストランで早めの夕食を取って、無事、デートプランが終盤に差し掛かったときのことだ。


「人、多くなってきたね」


 奏さんが周囲をきょろきょろと見渡しながら言った。


「どこかで休めたらいいけど……」


 俺は、どこか入れそうなお店がないか、探す。


 が、どこもかしこも満席に見える。


 ――イルミネーションが灯るまで、後、一時間といったところだ。


 ここに来て、少し読みが甘かったな、と後悔した。


 このあたりは、田舎の方だし、と高を括っていたことは、否めない。が、ここまでだとは、思わなかった。


 土日の様子よりも明らかに人通りが多い。


 参ったな。


 俺が、どうにかしようと、頭を回転させていると――。


「ねえねえ」


 奏さんが、きらきらの笑顔を顔に貼って話しかけてきた。


「ん、どうしたの? 何か、いいことを思いついたみたいな顔しているけど」


 奏さんが、なんでしょう! と弾んだ声で問いかけてきた。


 俺は、少し上を向いて、考えてみる。


 周囲には、もう既にいっぱいになっているお店。


 人でごったがえしている路地しかない。


 一体、どうしようと言うのだろうか?


 ギブアップと言わんばかりに肩を落とす。


「ヒント! ヒントをください!」


 俺がそう乞うと。


 奏さんは、妙に艶っぽく口元を緩める。なぜだか、背筋がぞくり、とした。


「ヒントはねー。すっごく簡単だよ。この前、私、行きましたから!」


 もう、わかるよね?


 そう言わんばかりに奏さんが、首を軽く傾けて微笑んでいる。


 俺は、ごくり、と生唾を呑む。


「えっと……。うん。わかった。でも……」


 確かに名案だけど。


 確かに人混みを避けることができるけれども。


 ……いいのだろうか?


 そう迷っている俺に、奏さんが追い打ちをかけてくる。


「二人きりで静かに過ごすクリスマスもアリじゃない?」


 そう言う奏さんは、前のめりで、もう別の案が浮かんだとしても出せそうになかった。


「……そうだね」


「やった! ケーキとか、色々買っていこ!?」


 奏さんが『海里くんとクリスマスパーティー』なんて即興で歌って、俺の手を引きながら歩き始める。奏さんの足取りは、もうほとんどスキップしているに等しく、俺は、足をばたつかせることになった。


 それと同時に。


 あ、よかった。


 俺は、少し安心していた。


 この前、俺の家に奏さんが来たときのことがあるから、あまりよろしくない方向ばかりに物事を考えてしまっていた。


 奏さんは、心底楽しそうにしている。なのに、俺は、思春期男子の妄想じみた――というかそれでしかないことばかりを考えてしまっていた。そんな自分のことが少し嫌になった。


 煩悩退散。


 今は、奏さんとの初めてのクリスマスを楽しむことに集中しなければ。


 そのまま、手を引かれ続けていると、雑貨屋の前に辿り着いていた。


 俺と奏さんは、手分けして、買い出しをすることになり――俺は、奏さんに任せられたお菓子やケーキ、飲み物などを選んで買った。


 正直、クリスマスパーティーに必要なものって俺が任されたものくらいじゃないのだろうか。


 なんて思いつつも、買い出しを終えて、合流地点で奏さんを待つ。


 待つこと数分。


「お待たせしました!」


「俺も今戻ってきたとこ……! って……!?」


 俺は、奏さんが大き目の買い物袋を二つ持っていることに気がつき、目を見開いてしまった。


「えへへ。買いすぎちゃった!」


「そんなに何を買ったの?」


 俺がそう訊くと、奏さんは、楽し気にナイショ、と言ってきた。


「そんなことより、早く行こ!」


 奏さんが、駅の方へとスキップしていく。


 俺は、慌てて追いかけて袋、持とうか? と訊く。


 しかし、奏さんは自分で持つと頑なで、買い物袋を決して手放そうとしなかった。


 俺は、そんな奏さんに首を傾げるしかなかった。


 ――まあ、いいか。


 理由なんて答えてくれないのは、目に見えているし、俺は、諦めた。


 駅に辿り着いて、俺と奏さんは、電車に乗る。


 電車は、人々の熱に満ちた街から俺と奏さんを遠ざけるように、俺の家とは逆方向へと走り出した。

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