第14話 待ち合わせ


 俺は、いつもよりも、人が多く行き交う駅の広場で奏さんのことを待っていた。


 周囲には、俺と同じように待っている人が男女問わず大勢いる。


 みんなどこか、浮足だっていたり、緊張したり、様々だった。


 俺は――というと。


 緊張していた。それは、もう、昨晩は一睡もできないくらいには緊張していた。


 何せ人生初のクリスマスデートだ。


 まあ、人生初のクリスマスデートよりも先に迎えてしまったビッグイベントが先日あったのだけれども――。


 それは、さておき。


 それとこれは、話が別で。


 今日は、俺が奏さんをスマートにエスコートできるか、どうか。


 それが試されるのだ。


 緊張しないわけがない。


 こんな調子で、昨日は、バンド練習をしていたため、健と俊樹には――、


『前よりは、バンドの方にも身が入っているけど、クリスマスが終わったら、いよいよ練習を本格化させるから頼むぞ』


 と、圧をかけられている。


 二人からの圧は、俺をさらに緊張させた。


 練習が本格化したら、奏さんと会う機会が減る。


 三学期になれば、ライブの本番も近づくし、切羽詰まるのは目に見えている。


 正直、奏さんに今ほど構っている余裕がなくなる。


 要するに。


 今日のクリスマスデートで、奏さんのことを満足させることは、今後の展望に大きく関わる。


 メンヘラだと分かって、すぐに恋人と別れる人がいる。


 そんなことを耳にしたことがある。


 しかし、俺はそれをしたくない。


 なぜなら、人間だれしもメンヘラな一面を持っている。


 そう俺は、思うからだ。


 実際、人間は、一人で生きていくなんて無理だと思う。


 メンヘラと呼ばれている人たちは、そんな一人でいたくないという意識が人よりも少しだけ強いだけだと思う。


 だから、俺の頭には、奏さんと別れるなんて選択肢は今のところ一瞬たりとも浮かんでいない。


 恋人と仕事の両立みたいなものだ。


 今は、まだ俺には、奏さんとバンド活動の両立はできていない。


 けれども。


 それをできるようにしたい。


 俺は、心の底からそう思っている。


 今日は、その第一歩。


 必ず成功させるぞ!


 心の中で喝を入れると――。


「海里くん……! お待たせ!」


 奏さんが、やってきた。


 奏さんは、白色の可愛らしい、もこもこしたファーのついたコートを着ていた。両手にはめられている手袋も真っ白だった。


 制服姿の奏さんしか見たことのなかった俺は、私服姿の奏さんに思わず赤面してしまった。俺は、反射的に顔を逸らす。


「う、ううん! 全然、待ってない!」


 俺は、目をあちこちに泳がせながら応答する。


 そんな俺を近くで見ていた、おそらくデートの待ち合わせをしているであろう大学生くらいのお姉さんが少しくすり、と笑った。


 恥ずかしいからやめてくれ……。


 そんなことを考えながら、俺は、顔を元の位置に戻す。


 すると。


 奏さんも、ニコニコ、としながら俺のことを見ていた。


『海里くん、ずーっと、待ってくれてたんだよね?』


 そう彼女の表情が物語っていた。


「き、今日は、俺がエスコートするから!」


 こほん、とわざとらしく咳払いをして、俺は再び横を向き言った。


「エスコート……ってなんか、大人っぽい響きでいいね」


 奏さんが少し恥ずかしそうにしながら言った。


「そう……かな……?」


 俺は、大人っぽいとか言われて、この前、家であったことを思い出してしまった。


 いかんいかん。


 煩悩退散。


 数回ほど心の中で唱えた。


「うん! 私は、大人っぽいって思った! 楽しみにしてるね!」


 そう言うと、奏さんが、腕に抱きついてきた。


 いきなり、フルスロットルだ。


 心拍数が上がって、今後が思いやられたが、この程度でしどろもどろしていては、いけない。


「じゃ、じゃあ行こうか?」


「うん!」


 俺は、奏さんが抱き着きやすいように着ていたコートのポケットの中に手を入れて、腕に角度をつけた。


 奏さんも、俺の意図に気がついたみたいで、さらにぎゅっ、と抱き着いてくる。


 そして、俺たちは、歩を進め始めた。


 一歩一歩。


 ――クリスマスの熱に浮かされている町へと。

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