第7話 クリスマスに向けて


 俺に彼女ができた。


 そう人生初の彼女ができたのだ。


 それもアイドルか何かですか!? というくらい可愛いのである。


「ねえねえ、海里くん、クリスマスの日って空いてる……?」


 そんなアイドルみたいに可愛い俺の彼女――奏さんが上目遣いで言った。


「もちろん……! 空いてるに決まってるよ!」


 俺は、奏さんに上目遣いで見つめられ、胸を高鳴らせながら二つ返事で言った。


「よかった……! じゃあ、詳しいことはまた今度決めようね!」


 奏さんは隣で鼻歌を歌い始めた。


 ――鼻歌歌ってる……。可愛い……。


 俺は、そんな奏さんを見て、幸せを嚙みしめていた。


 しかし――、


「は? え? クリスマス!?」


 俺は、今、二つ返事で承諾してしまったが、問題があることを思い出した――。


 ――やばいやばいやばい……。最近、今度のライブのためにギターのエフェクター買ったから金がないんだった……!


 俺は、血の気が引いていくのを感じた。


 お金がなければ、クリスマスプレゼントも買えなければ、クリスマスデートもできない……。


「海里くん……? どうかした……?」


 絶望的な状況を思い出し、動揺している俺に奏さんが心配そうな様子で声をかけてきた。


「あ、いや! 何でもないよ!」


 慌ててしどろもどろになりながら俺は言った。


「そっか……? なら、よかった! 海里くんとクリスマスデート楽しみだな……!」


「そ、そうだね……! 俺も楽しみにしてる……!」


 上機嫌な様子の奏さんと対照的に俺は、焦燥感に駆られていた。


 ――マジでなんとかしないと……!


***


 あれこれと打開策を探すこと数時間――。


「お助けください!」


 俺は、情けない話だが彼女とクリスマスデートの約束をしたものの、お金がなくて困っていることを正直に打ち明け、ある人に頭を下げに来ていた。


「全く……。海里くんはいつまで経っても、お姉ちゃん離れできないんだから……」


 頭を下げる俺を見てぼやくのは、俺の近所に住む2歳上のお姉さん――上野美鈴うえのみすずだ。俺と同じ高校に通っており、3年生で受験生だが、もう既に推薦で有名私立大学への進学が決まっているらしい。勉強だけでなく、運動も得意であり、その上容姿端麗で告白されることも多いのだとか……。全く、非の打ちどころがない。


 そんな彼女は近所のよしみなのか何なのかはわからないが、なぜか何かと俺のことを気にかけてくれる。俺は、そんな彼女のことをすず姉と呼んでいる。


「すず姉しか頼れないんだよ……! 何でもしますので……!」


 俊樹や健に頼るという手もあるが、「何で俺たちがお前のデートをサポートしなきゃいけないんだ!」みたいなことを言われるのが目に見えている上、仮に助けてもらえたとしてもあの2人に借りを作るのは癪だったため、こうしていつものようにすず姉を頼ることにしたのだ。


「ふーん……。何でもか……! ただで、お金を貸すのもアレだし、こうしよう!」


 すず姉は何かを閃いた様子で言った。


「えっと……。何ですか……?」


 頼んでいる立場でこういうことを言うのも何だが、こういうときのすず姉は、だいたいろくなことを言わない。そのため、俺は、緊張気味な面持ちですず姉の言葉を待つ。


「海里くんには、しばらく、家のカフェのお手伝いと、私のに付き合ってもらおうかな……! カフェの方はちゃんと給料も出すし!」


 すず姉は、悪戯な笑みを浮かべた。


「ひいっ……!」


 俺は、思わず、後ずさった。


「いいのかな……? お金手に入らないよ?」


 怯える俺を脅すようにすず姉が言った。


「謹んでお受けします!」


 あまりの圧に俺は即答していた。


「よろしい! じゃあ、早速、の方から付き合ってもらおうかな……?」


「はい……」


 俺は、こうなってしまった以上腹をくくるしかないと覚悟を決めた。


***


「うん! やっぱり海里くんはの服がすごく似合うね!」


 満足気な様子でパシャパシャとすず姉がスマホで写真を撮っている。


「……」


 俺は、黙ってすず姉の言われるがままにポージングをしていた。


「そうそう! その角度! いいね……!」


 ――はあ……。やっぱり、こうなるよね……。


 すず姉が俺に手を貸す条件にしたというのは、俺に女装させることだ。


 昔からよくすず姉に女装させられていたのだが、俺が中学生に上がった頃からその熱はエスカレートし、ウィッグの数はもちろん増え、俺専用の化粧品なども用意されるようになったのだ。そんなすず姉から狂気を感じた俺は、今までずっと女装を拒否し続けていたが、遂に逃げられなくなってしまった。


 ――可愛い彼女のためだ! 耐えろ俺!


 全ては奏さんとデートをするため……。そう思えば、きっと耐えられると思っていたが、やはり嫌なものは嫌だった――。


 ――早く、終わんないかな……。


 俺がそんなことを考えていると――、


「海里くん……? まさかだけど嫌だなとか思ってる……? 可愛い海里くんがそんなこと思うわけないよね……?」


 すず姉がスマホを構えたまま真顔で言った。


「そんなわけないよ……!」


 すかさず俺は言った。


「そうだよね……! 変なこと言ってごめんね!」


 すず姉に笑顔が戻った。


「ふう……。あぶねえ……」


 ――にしても、これを毎日か……。


 クリスマスごろまで続くであろう日々を想像して憂鬱な気持ちになったが、なんやかんや今回もだけど、すず姉にはいつもお世話になっているし、これくらいは我慢しようと思った。


 ――しばらく奏さんと放課後デートはお金もないし、カフェのお手伝いもあるし、お預けだな……。少し寂しいけど全てはクリスマスデートのため! 頑張ろう!


 俺は、奏さんの笑った顔を思い浮かべ、一層気合を入れた。


 






 


 






 


 




 


 

 

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