第6話 後は勇気を出すだけ
奏さんと初めて顔を合わせてから早くも1週間が経ち、冬休みも近づいてきた放課後のこと――。
いつものように俺は、野郎どもとの集会所に来ていた。
学期末であり学校が早く終わるということもあり、昼間からの開催だ。いつもなら、俊樹と健と他人に聞かせることができないような卑しい話をするところなのだが、3人揃って借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。
というのも――、
「うーん……。やっぱりFコードは難しいね……」
奏さんが僕たちの集会所にやってきていたからだ。
この前のお出かけ――いわば放課後デートに行ったときに、バンドをしていることを話したところ、俺の友達である俊樹と健とも話してみたい、音楽をやっている3人にギターとか音楽のこととか色々教えてほしいと言うので集会所に連れてきたのだ。
自分以外の男子と話してみたいと言われ、少しショックを受けたが、器の小さい男だと思われたくなかったため、承諾したのは内緒だ。
そんなことを考えながら奏さんを見ると、始めたばかりだというアコースティックギターを持ちながら奏さんが真剣な顔をしている。
「う、うん……。俺も始めたばかりのときは苦戦したよ……」
そんな奏さんを見て、俺は、緊張した面持ちで言った。
「今やあんなにギターが上手い海里くんでも苦戦したんだ……。何かコツとかあったら教えてほしいな……?」
「えっとね……。親指をネックの上の方に持ってくとね……」
俺は、奏さんの後ろに回って、わかりやすいように指示を出した。
「ちょっ……!? 海里くん……!?」
そう驚いた声を出して振り返ってきた奏さんの顔は真っ赤になっていた。
「ん……? どうかした……?」
俺は、きょとんとしながら首をかしげた。
――奏さん急にどうしたんだ……?
奏さんが動揺している様子を見ながら不思議に思っていると――、
「あのー、もう俺ら帰っていいすっかね……? さっき、軽く挨拶もしたし……。そろそろ、糖分過多で死にそうなんで……」
「俺もさっきから、何も甘いもの食べてないはずなのになんかお腹いっぱいで死にそうだから……」
俊樹たちが気まずそうな顔をしながらよくわからないことを言いだした。
「2人とも何言ってるの……?」
俺は2人の言っていることがわからず、呆けた顔で言った。
すると――俊樹がふるふると震え始めた。
「てめえ、ちょっとこっちこいや……」
俊樹はにこやかな笑顔を浮かべて、ずるずると俺のことを引きずっていった。
俊樹は少し離れたところに俺を連れてくると――、
「おいおいおいおい……。めちゃくちゃうまくいってるじゃん……。でも、なぜ、連れてきた……? 俺たちへの当てつけか……!? なあ!?」
俊樹が興奮気味に詰め寄ってきた。
「俊樹、落ち着けって……。奏さんが音楽仲間が欲しいって言うから連れてきただけだ」
俺は、俊樹をなだめるように言った。
「すまん……。つい熱くなってしまった……。それにしても――この1週間くらいで何があった……? もう普通に付き合ってますとか言われてもおかしくない距離感だぞ……?」
俊樹の言う通り、この前のデートの後くらいから下校するときは必ず一緒だし、ボディタッチも多い気がする。そのため、俺は、これが普通なのか……? と錯覚していたが、やはり、他の人から見ても、おかしい距離感のようだ。
「だよな……? そこのところを見てもらいたくて連れてきたのもあるんだけど……」
俺がそう言うと、俊樹がため息をついた。
「お前自身も距離感がおかしいことに気づけ……。後、はよ付き合え……。あんな可愛い子、お前には勿体ないと思うが、戦友のよしみだ……。お膳立ては任せろ……」
俊樹が右手の親指を立ててを言った。
俊樹はそう言うと、ズザザザッ! と音がしそうな勢いで俺を引きずり、奏さんたちの元へと向かっていった。
「あ、お帰り……! 2人で何話してたの……?」
奏さんが戻ってきた俺たちに気づいて、ギターを抱えたまま可愛らしく首をかしげ言った。
「あ、ううん! 特に何も話してないよ!」
俺がそう言うと――、
「海里のやつが奏さんに言いたいことがあるみたいで相談を受けてました!」
俊樹が突然、大声で事実無根なことを言いだした。
「は……?」
俺は、思わず呆けた声を出してしまった。
そんな俺を他所に、俊樹は続けた。
「いやあ、俺と健がいると話しにくいことらしいので、俺たちは失礼します!」
俊樹は、そう言い、状況がわかっていない健を「いいから行くぞ!」と無理矢理引きずりその場を去っていった。
「「……」」
俊樹たちに置き去りにされた俺と奏さんの間に沈黙が流れた。
――お膳立てってこういうことかよ! 雑過ぎないか!? いや、無理だから!
それからも気まずい沈黙がしばらく流れ続けた。
――まずい……。何か言わないと……!
そう頭ではわかっているが言葉が出てこない。
俺が内心焦っていると――、
「ねえ、大野君が話したいことがあるって言ってたけど、何かな……?」
奏さんが沈黙を破った。
「ええっと……。それは……その……」
口をまごつかせる俺を奏さんが真っすぐ見つめていた。
――あれ、もしかして、避けられない状況か……?
奏さんの真っすぐな視線に俺は、誤魔化せないと悟った。
多分、お互いにもう既に気持ちなんてわかっている。
俺は、奏さんの様子を見て、なぜだかはわからないがそう思った。
それに、無理があるだろうと言わざるを得ないが俊樹なりにお膳立てもしてくれたんだ……。ここで勇気を出さなければ――。
「西野奏さん」
「はい……」
奏さんは、緊張気味に言った。心なしか奏さんの頬が赤らんでいる気がする。
そんな奏さんの様子を見て、俺は深呼吸をし――、
「あなたのことが好きです。付き合ってください……」
奏さんに想いを告げた。
まだ実際に会うようになってから1週間しか経っていないが、初めて会った日に俺は奏さんにすっかり心奪われてしまった。その上、確証はなかったが奏さんからも好意を感じられたため、これ以上、何を躊躇う必要があっただろうか……?
残されていたのは、俺が勇気を出すだけだった。
そして――俺は、今、勇気を出した。
後は、奏さんからの返事を待つのみ。
ただそれだけだ。
今まで感じたことのないほど時の流れが遅くなっている。
心臓が高鳴る音と身体中を血が巡る音が鳴りやまない。
永遠に感じられるほどの時を待っていると、遂に奏さんが口を開いた――。
「私も、海里くんのことが好きです……。こちらこそよろしくね……?」
奏さんは、そう言うと、俺に抱き着いてきた――。
「なっ……!?」
俺は、奏さんにOKをもらえてホッとする間もなく抱き着かれて、初めて感じる女の子の柔らかさにドギマギしてしまい、頭がぐちゃぐちゃになってしまった。
「すごくドキドキしてるね……? これから、こうやってドキドキすることも楽しいこともたくさんしていこうね……?」
そう言って、抱き着くのを止め、俺を見つめる奏さんはどこか虚ろな目をしていた。
もちろん、ドキドキしすぎてそんな奏さんの様子に俺が気づくことはなかった。
「ふふっ……。もう逃がさないからね……? 私以外の子見ちゃダメだよ……? 私の海里くん……♡」
奏さんの呟きは、未だに高鳴る心臓を落ち着けるのに必死な俺に届くことはなかった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます