第5話 違和感


「おいしかった~!」


 満足気な表情を浮かべながら奏さんが言った。


「それならよかったよ!」


 奏さんがラーメン屋に行きたいと言ってくれたが、初対面の女の子をラーメン屋に連れていくのはいかがなものかと、やはり少し不安だったため、満足気な奏さんを見て、俺は心の底から安堵した。


「うん……! 学校の近くにこんなおいしいところがあるなんてビックリ……! 教えてくれてありがとうね……!」


 奏さんがニコッと笑顔を浮かべながら言った。


 こんな風に言ってもらえるなら連れて行った甲斐があると思えた。


「ううん……! ほんとに満足してもらえたなら何よりだよ……! 今度は、奏さんの好きな物食べに行こうね……!」


「……」


 会話の途中で奏さんが突然、黙ってしまった。


 何かまずいことを言ってしまったかと不安になり、自分の発言を必死に回想したが問題がありそうな点は一切見当たらない。


 何が問題だったか分からず、とりあえず謝ろうと考え、俺が口を開こうとした瞬間だった――、


 俺は、奏さんがどこか嬉し気な表情をしていることに気づいた。


 ――何で嬉しそうなんだ……?


 俺は、さらに分からなくなった。


「奏さん……?」


 俺が奏さんに声をかけると――、


「あっ……! ごめんね……! また、ご飯一緒にしてくれるつもりなんだ……。って思って……」


 奏さんが嬉し気な表情を浮かべたまま言った。


「あ……」


 俺は、自分が無意識に次のデートの誘いをしていたことに言われて初めて気づいた。


 身体を巡る血が一気に沸騰したように熱く感じられた。


「えっと、それは、その……何と言うか……」


 俺は、なんだか照れくさくて必死に弁明をしようとするも、言葉が出ずにあたふたとしてしまった。


 ――うう……。顔が熱い……。


 俺は、もうショート寸前だった。


 その後もあたふたと弁明しようとし続けていると――、


「私もまた海里くんとご飯食べたいなって思ってるよ……! 嬉しくて、つい意地悪なこと言っちゃった……! 困らせちゃってごめんね……?」


 奏さんは、俺に優しく微笑みかけながら言った。


 ――奏さん、可愛すぎるんだが……。


 俺はあまりの奏さんの可愛さに身もだえしそうだった。


「い、意地悪だなんて、全然……! と、とにかく、また一緒にご飯食べよう……!」


 かなり声が上ずって噛みながら話してしまったが、気にしても後の祭りであるため、気にしないようにした。


「うん……! それはそうと……この後どうしよっか……?」


 首を可愛らしくかしげながら奏さんが言った。


 ……一々、動きが可愛いんですが!!


 俺は、またしても奏さんの可愛さに身もだえしそうになったが、深呼吸をしてどうにか心を落ち着けようとした。


「海里くん……?」


 挙動不審な動きを繰り返す俺を不思議に思ったのか、きょとんとした顔で奏さんが言った。


 俺はその声にはっとして――、


「あっ……。うん……! どうするかだよね! ええっと……ちょっと遠いけど時間あるし、何駅か移動して最近できたショッピングモールに行かない……!?」


 慌てた声で言った。


 完全にその場の思いつきだがショッピングモールに行けば、買い物もできるし、ちょっとしたお茶もできるし、映画館だってあるため、悪い案ではないだろう。


「いいよ……! 私もまだ行ったことないし、行ってみたい!」


「じゃあ、早速行こうか!」


 俺たちは、こうしてショッピングモールへ向かった。


***


 ショッピングモールに着くと俺たちは、真っ先にに向かっていた。


「「おお……!」」


 俺と奏さんはその店に着くなり声を揃えていた。


 俺たちは、見渡す限りCDがずらっと並んでいる光景に感動していた。


 そう、俺たちが来ているのはCDショップだ。


 さすがに都内にある本店には劣るが、俺たちが住んでいる田舎と都会の中間地点にある都市のCDショップにしては大きいといえるだろう。


 やっぱり音楽好きが買い物に来たらまず、ここを探すよね……!


 俺がそんなことを考えながら店内を眺めていると――、


「あ、海里くんが好きなバンドの新譜出てるよ……!」


 奏さんは、そう言いながら俺の好きなバンドの特設コーナーの方へ歩いていった。


「あ、ほんとだ……! せっかくだから買ってこうかな……」


 俺が奏さんに追いつき、CDへ手を伸ばそうとしたときだった――。


 ――あれ……? 俺、奏さんにこのバンド好きだって言ったっけ……?


 俺は違和感を覚えた。


 SNSにギターの練習で載せたカバー動画の中にこのバンドの曲はないし、特にDMでこのバンドが好きだと話した覚えもない。


 ――今日、会話をしているときに何気なく言ったのか……? いや、言ったっけ……?


 俺がそんな風に思考を巡らせていると――、


「急にボーっとしてどうしたの……? 大丈夫……?」


 奏さんが心配そうな顔をしながら言った


 俺は、その声で我に返った。


「あ、うん。大丈夫……! 今、思い出したらネットで注文してた気がして……!」


 ……まあ、気のせいか。


 俺はどこかで自分が話していたが、緊張のせいで忘れてしまっているだけだと結論づけた。


「そっか……! 私も前にネットで頼んでたの忘れて同じの2枚買っちゃったことあるからすごくわかる……!」


「あ、わかってくれる!? やっぱり、あるあるだよね!」


 あれこれと音楽好きあるあるなど他愛のない会話をしながら好きなバンドのCDを見ている内に、かなり時間が経っていたため、お互いに布教し合ったバンドのCDを買い、俺たちは店を出た。


 店を出るころには、先ほどの違和感のことなどすっかり忘れていた。


 後にこの違和感を見逃さなければ……と、後悔することになることを俺は、まだ知る由もなかった。

 


 

 


 


 


 






 


 


 


 


 


 


 


 




 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る