賊と幻、宝石と暗雲。
宝石店から叫び声と同時に2人の泥棒らしき人影が飛び出した。
スカーフで頭と顔を覆って、いかにも泥棒ですという
その手には、おそらく宝石が詰まっているであろう袋を抱えている。
その泥棒は一般的な男性に比べて、とても背が低くて、とても丸かった。
ずんぐりむっくり、という言葉がぴったり当てはまる。
「ドワーフ?」
そう、ファンタジー物の創作でよく見かけた、
「降ろせ!マジロ!」
「マジロ君、そのへんに棒きれでもないかね!?」
初めて見る『亜人』に、つい見入ってしまっていた僕とは裏腹に、先生とマスターは捕まえる気マンマンだ。
マスターを降ろして周囲を見渡すものの、棒らしきものは…。
「ホウキくらいしか」
「むぅ、それでいい!こちらへ!」
僕が、穂先の小さめなホウキをパッと渡すと、先生はソレを、竹刀を持つようにビッと構える。
素人の僕の目にもわかるくらい、戦いに慣れているのがわかった。
(後で聞いたけど『本手の構え』と言って、刀の持ち方とはちょっと違うらしい。)
「マジロ!アタシの指示を待て! ヤマガミ!片方は任せた!」
先生は、マスターの指示に返答する。
「承知!ちなみにアレはドワーフというより『ドゥエルガル』かと。人間に害なすドワーフ族で、特徴は…」
ドゥエルガルの2人が手から
「幻を使って相手を惑わすことに長けています!ご注意を!」
--------------------------------
マスター(とマジロ君)は捕まえられるのだろうか。
できない事をやろうとする人には見えないが。
いや、今は自分の事に集中するべきだろう。
宝石店から私たちのいる位置までには横道が無いから、ドゥエルガルはこのまま、横切って逃げる算段なのだろう。
ドゥエルガルの群れの半分はまっすぐこちらへ向かっている。
『群れ』いや、そう見えているだけの『幻術』。
…幻術、とは催眠術の一種である。
幻覚が見えるように相手を催眠するのだ。
催眠の方法にも色々あるが、この場合は魔法によるものなのだろうか?
そのあたりはよくわからない。
私は魔法使いじゃないからネ、魔法を破る方法はわからないな。
だが、催眠を解除する方法は知っている。
それは、『催眠の上書き』『自己催眠』。
自分自身に『催眠が解除されたという催眠』をかける、これだ。
スッと目を閉じ、暗闇にともる小さな火、をイメージする。
この火は、私が今かかっている催眠そのもの。
それが今消える。
3,2,1…ゼロ!
脳内の火が、フッと吹き消される。
今、催眠が解けた!
目をかっと見開いて、もう一度ドゥエルガルを見ると、1人しかいない。
私はあえて視線をキョロキョロと泳がせつつ、
こちらが幻術を破ったとは思っていなさそうな顔だ。
両眼をたたくように、ホウキの柄で敵の顔を
失明がどうとか考えはしない、悪党に情けは無用。
不意の攻撃に、相手は戸惑いと痛みを抑えられない様子で身もだえしている。
その間に、相手の首に腕をまわし、ヘッドロックの体勢をとって、互いの両足を絡める。
「な…げ、幻術はキマったはずだ!なぜ!」
「なぜ?理由を簡単に吐くほど素人ではないよ」
とりあえずこれで足止めはできた。
私の体力が尽きる前に衛兵は来てくれればいいが。
--------------------------------
「マスター!
「慌てんな!どうせほとんどは幻術だ!」
「見分ける方法とかあるんですか!?」
「知らん!」
「ええーっ!?」
「だが、なんとかはできる!捕獲は頼んだぞ!」
マスターはそう言って懐から、粉薬と革の水筒を取り出す。
…?マスターのしようとしていることがイマイチ理解できない。
正直、むこうは筋肉がガッツリついてて、ちょっとぶつかったくらいでは止められそうもない。
そもそも幻術を破らずに足止めなんて、ドーピングしたって難しいのでは?
マスターは粉薬を一気にかっこんで、水をたっぷりと口に含む。
そしてそのまま飲み込む……かと思いきや。
グチュグチュと口の中で薬と水を混ぜ、ブーッと霧状にして吐き出し、それを手で仰いで拡散させる。
泥棒はその様子を気にしてなどいられないとばかりに、そのままマスターの横をスッと通り過ぎる。
マスターは止めようともしない。大丈夫なのか?!
そしてその後ろで待機していた僕の横も通り過ぎようとしている。
僕は、せめて泥棒にしがみつけるようにと、腰だめの姿勢で待ち構える。
泥棒たちは目の前で急にすっころんだ!
しかしすぐに立ち上がる、また転んだ。
その後も何度も立ち上がるが、そのたびに何度も転ぶ。
そうこうしているうちに幻は徐々に薄れていき、地面でもがく泥棒1人だけが残った。
泥棒は顔が青く、目もどこか虚ろになっている。
「マジロ!なにボケっとしてる!捕まえろ!」
「あ、は、はい!それにしてもこれはいったい……」
「耳の近くの、バランスをつかさどる器官……
そう言い切ったところでマスターもバタッと倒れる。
「おええ…き"も"ち"わ"る"い"……」
「使った本人まで薬の影響受けてどうするんですか!」
「口に含んだ時ちょっと飲んじゃった……だがこうなることを見越してマジロに援護させた自分の頭脳プレーが光るというもの」
「そもそも飲まないように気を付けてくださいよ!」
そんなこんなでなんとか泥棒は捕まえることができた。
先生も捕まえたようだし、これであとは宝石店の店主が呼んだ衛兵が来るのを待つだけだ。
「異世界に来て早々、面倒な目にあったな」
マスターはぐったりしながらこちらを見て言う。
「いや、面倒に会うのは2度目ですよ」
「3度目じゃないかネ?館の使用人になったこと含めて」
「どういう意味だそれは!」
「いやはや、捕まえて衛兵に引き渡してからも面倒が続くとはねえ」
「僕たちがまだ身元不明だったのを忘れてました……」
「ま、結果的にはついでで身元保証の申請もできたし、店主からはお礼に魔法石を貰えたし、めでたしめでたしじゃないか?」
「そりゃまあマスター的にはそうでしょうけども……」
「とはいえマスターが迷いなく泥棒捕まえようとしたのはちょっと意外だったネ、『あんなもの無視すればいい』とでも言いそうだったのに、自分の体調悪くしてでも止めようとするとは」
「今更なにを言ってるんだか、お前たちを雇ってあげたのだって、半分は優しさゆえの事なんだぞ?」
「もう半分は知識欲というか好奇心でしょ」
「まあな、それにしてもこの程度でこれだけドタバタしてる奴らが、本当に『世界の危機』をどうにかできるのか?」
「うぐ…」
そうだった、僕らには世界の危機を救うという使命があるのだった。
しかし今の僕たちでは、とてもじゃないがそんな大それた使命を果たせる自信がない。
全く無い。
さっきだって、幻術を破って泥棒を捕まえられたのは、先生とマスターの功績がほとんどだろう。
僕は弱い。
それを今、言われてみてひしひしと感じられた。
異世界の神から貰った力も、いまだに使い方すらわからない始末だ。
けど、それに文句を言うのも、なんだか違う気がする。
それだけをアテにする奴が、どうして強いヤツだなどと言えるのか。
「そうですね、僕なんて……」
「あっいや!その……」
やっちまったという顔をしたマスターは、無言で先生に顔を向ける。
フウ、と一息入れて先生が言う。
「そうだね、君は今、弱いのかもしれない」
「…」
「強くなりたいかい?」
「…はい」
「その気持ちをしっかりと覚えていればいい。今の自分への理解と、なりたい自分へ至る意思。それがあるならばきっと強くなれるさ」
「先生…」
「とりあえず、まずは明日からでも筋トレなりランニングなり頑張るといい、なあに、今すぐに危機が迫っているわけでもなさそうだし、焦ることはないさ。たぶんね」
僕は、唇をかみしめて、コクンと頷く。
「まっ!!!今は目の前の悪行を止められたことを祝おうじゃないか!お前たち酒は呑めるか!?いい店がこのへんにあるから紹介してやろうか?」
「いや僕お酒は…っていうかマスターこそお酒イケるんですか?20歳未満は飲酒禁止とかそういう法律ってこの世界には無いんですか?」
「いやない…っていうか、アタシは今年で25だ」
「「えっ!?」」
「父方の祖先に長命種がいてな……エルフって知ってるか?その影響でアタシの血筋は実年齢よりちょっと若く見えるんだ」
「そうなのですか、てっきり私は16~18歳くらいかと……」
「僕もです。と、ともかくお酒以外も楽しめるお店を紹介してくれると嬉しいですね」
「よし、じゃあ美味いギギパゾ焼きの店を紹介しよう!」
「ギギパゾ……?」
「知らんのか?別名『肥満トカゲ』と言うのだが」
「ト、トカゲですか。初めて食べるなあ……」
「いいじゃないか、異世界の食、楽しんでいこう!」
マスターと先生の笑顔に、つい僕も笑みが浮かぶ。
夜がゆっくりと帳を降ろすが、僕たちの歩く道には、街灯がともり始めていた。
--------------------------------
ここは、街の拘置所。
さきほどマジロたちに捕まえられて、衛兵に連れていかれた2人の
2人が無言で地べたに座り込んでいると、部屋の小さな明かり窓から男の声が聞こえる。
「落ち合う時間になっても来ないと思えば、なにをやっているんだ?宝石はどうなっている」
「見てわからんか?捕まってるんだよ。」
泥棒はぶっきらぼうに答えた。
「指示した時間、場所なら、衛兵は近辺にいなかったはずだ。通りすがりの一般人にやられたというのではあるまいな。」
「まったくその通りだ、いや、一般人というのはすこし違うらしい」
「なんだと?」
「異世界がどうの、と奴らは言っていた」
「来て日が浅い、というようなことを言っていたな」
「異世界だと?」
「『異世界の者は神からの使命を受けてこの世界に降りたつ。』だったか?……まさか、宝石泥棒を捕まえるために降りたったわけじゃねえだろうけどな」
「…」
しばしの沈黙の後、明かり窓から部屋に入ってきた、赤い『何か』が牢の鍵穴に入り込み、牢の鍵を開けたあと、液体になって地面に落ちた。
「逃げろ。お前らに私の事をゲロられても困る」
「今のはなんだ?魔法?いやなにか違うような」
「依頼主の詮索をするなと前に言ったはずだが」
「あぁ悪ィ!そういう契約だったな、へへへ……あばよ!」
泥棒たちはさっさとその場を後にする。
明かり窓の向こうには、まだ誰かいるようだ。
「まさか……万が一、ということもあるか」
「殺そう!あの方の邪魔になる可能性は、一片たりとも排除せねば……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます