ツッコミ、ベトベト、クッサクサ

 やった!


 そう思った瞬間、僕とマスターは尾で殴り飛ばされる。

 例えるなら、ゴム製の丸太でぶん殴られるような衝撃。

 いや、そんなことされた経験は全く無いけども。


 傷口にねじ込んだマスターの火球ファイアボールですら、効果が薄かったようだ!

 なんてことだ!


 僕とマスターは、ぶっ飛ばされてゴロゴロと転がる。


 ドレイクが、口を押える先生を地面に叩きつけようとしている。

 いや違う!

 壊された柱に、先生を突き刺そうとしている!

 間に合わない!


魔法矢マジックミサイル!」


 マスターの放った魔法の衝撃が柱を粉砕し、先生は刺さることなく無事に地面に叩きつけられる。

 何言ってるんだ僕はそれを無事とは言わないだろう!


「ぐえっ!」


 先生が、らしくないうめき声をあげた。

 押さえていられる時間も長くはない!


「余計な魔力使わせやがって……チクショウっ!傷は喉の管まで届いてなかったか!届いていれば、内臓さえ焼ければ……!」


 それを聞いて、ピンときた。

 だけど……。


「内蔵を焼ければいいんですか?なら……」


 僕がマスターに助言をすると、彼女は顔いっぱいに不快感を露わにする。


「本気で言ってんのか?アタシに?やれと?」

「他に方法があればよかったんですが」

「ぐ……」


「もう持たない!早く!」


 先生が急かす。


「くっそー!」


 マスターが僕に粉袋を託す。


「ヤツのあの図体じゃ、しびれ薬も睡眠薬も効果は薄い。だがこれなら効くはずだ!これで注意を引け!」


 袋に書かれた文字を見て、こくりと頷いた。


 そして、僕らは走り出す。

 僕は頭に向かって。

 マスターは背面に向かって。


 先生を引き剥がそうとするドレイクの頭にしがみついた僕は、上あごの先端を探す。

 あった、鼻の穴!

 ソコに今さっき貰った粉を、指ですくって突っ込んだ。

 その粉は僕らの世界でも、護身用品として使われているモノ。

 すなわち──濃縮トウガラシ粉!


 ドレイクはたまらず、激しく頭を振って暴れる。

 痛いだろう。

 だけど、これがトドメになるはずはない。

 本命はやっぱりこっちじゃない。


 その間にマスターは、ドレイクの後部に掴まっていた。

 そして、手探りでアソコを探す。

 ポイントはおそらく、両後ろ足と尻尾の付け根の3点が最短で交わる位置!


「ここだぁーーっ!!」


 マスターが、杖を突っ込んだソコは──


 排泄物の出口!


 すなわち、肛門!!

 いや、ワニは爬虫類だから、総排出腔か!


 杖は突っ込まれたが、浅い!

 このままじゃ、炎は内蔵に届かないかもしれない!


「図体のわりにケツの穴は小さいじゃないか!ぐおおおおお!!」


 マスターが全力で杖を押し込む!

 すると、勢いあまって手首まで入ってしまった。

 マスターの顔がみるみる歪んでいく。


「美少女に……こんなこと……やらせやがって……」


 ドレイクの肛門まわりの筋肉──括約筋が、メキメキとマスターの腕を締め上げる。


「ぐああああ!」

「マスター!!」

「クソトカゲェェッ!!火球ファイアボールゥーーっ!!!」


 ドレイクの下腹の、さらに下あたりがプクっと膨れた。

 そして、先生がむりやり閉じさせていた口の隙間から、炎が吹き上がる。


 たまらず先生と僕は頭から手を離し、転がりながらドレイクから距離をとる。


 ドレイクの口から出た炎は、途切れることなく吹かれ続けていた。

 ドレイク自身にも制御できないほど、長く。


「これは……」

「体内にあったであろう、『ブレスの燃料』に引火したんだろうね」

「ドレイク自身だって火を吹くのに、内臓を焼かれただけで引火するなんて」

「人間だって、胃や大腸に穴が開いて中のモノが漏れるだけでショック死することがある。生き物の身体は案外、機械のように緻密で複雑で故障しやすいものなんだよ」

「なんだか話がいちいち汚いなあ……」


 長時間のたうち回ったドレイクは、やがて口からワタのようなものを吐いて倒れ、事切れた。


「このワタはおそらく焼けた肺だね。さすがにもう生きてはいまい」




 か、勝った……!


 信じられないようだけど、勝ってしまった!

 みんな打撲による怪我はあるけど、欠けることなく揃って戦いを終わらせられたんだ!

 こんなに嬉しいことはない!


「マジロー!ヤマガミー!無事か―!」

「マスター!」


 満面の笑顔で僕らに近づいてくるマスター。

 僕もそれに応じるようにマスターの元へ駆けよっ止まった。


「マジロ?」

「マスター、それ、それ」


 僕はマスターの杖と、それを持つ右手を指さす。

 それらは深緑と黄土色の混じったような色をした、粘土のようなでベトベトになっていた。


 マスターは杖と右手を肛門に突っ込んでいた。

 ということはつまり、その、は……。


 いや!何を躊躇ってるんだ僕は!

 マスターは体を張って尊厳を捨てて立ち向かってくれたんだぞ!

 ベトベトが付いてるのだって言わば、僕たちを守った結果じゃないか!

 なのに僕が引くのはあまりに理不尽じゃないか!

 抱きしめて喜びを分かち合うべきだろう!


 頭ではわかっているはずなのに。

 火球によってこんがりと焼けたベトベトの、熱気に煽られて漂う芳香が僕の心を挫く。


「……うええぇえ~~~~!シャワー浴びたい~~~~!!!」


 マスターが今まで出したことのない、情けない涙声が、虫すら飛び去った野にむなしくこだました。


「とりあえず、街の衛兵さんを呼んでくるよ……」

「お願いします……」

「先にシャワ~~~~!!!!!」

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悪魔先生といっしょ~異世界救済の相棒は、怪しくおかしいヒゲ紳士~ さぐものK @sagumonok

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