人質、解放、彼女ナシ
「お前ら動くなぁ!動いたらコイツの命はないぞぉ!」
どう考えても賊のセリフだけど発言しているのはマスターだ。
「人質を解放してほしくば、さっさと引き上げろぉい!」
先生もなんだかノリノリだ。
どうしたんですか二人とも。
僕の知らない間に虹色のキノコでも食べたんですか。
「笑いたまえマジロ君、威嚇するんだ」
「い、威嚇?」
「笑いにも声を出すタイプと出さないタイプの2種類があるが、声を出さずに歯を見せる笑い方は歯を見せて相手を威嚇する行為に由来すると言われている」
「へぇ」
「それにここで不安がった顔をしていても賊にナメられるだけだ。無根拠でいいから余裕をアピっておこう」
「は、はい」
「できるだけゲスっぽくね」
「なんで!?」
「うへへへへ…」
「ぐふふふふ…」
「くきききき…」
これじゃどっちが悪役なんだか。
マスターなんか刃先舐めてるし。
でも賊たちには効果があるようで、
一か所に集まってなにやら相談をしているようだ。
「おいなにを
頭目の罵声を聞いて、賊たちがゆっくりとこちらを見る。
いやな予感がする。
スッと武器を構えて、こちらに近づいてきた。
「お、お前らァ……!」
頭目が頭を真っ赤に染めて、肩を震わせている。
その肩にそっと手を置き、先生が囁く。
「所詮彼らは友情や義理を理解できない小物だったというわけだ。おそらくはキミのことを内心下にみていたんじゃないかな。あんな言葉一つで裏切る事からもそれは明らかだろう」
「なんだと!」
「でも本当のキミは違う。頭目としての確かな実力を持ち、不必要な殺しを行わない情もある。ではなぜ裏切られたのか?おそらくキミの腹心にあたる人が中心となって、キミの評価を下げる工作を行ってきたのではないかな」
「あの野郎か!」
「キミにこのナイフをあげよう」
「えっ……いいのか?」
「先ほどキミに突き立ててしまったナイフだが、今度はキミが彼らに突き立てる時だろう」
マスターが頭目のナイフを持つ手をゆっくりと握り、目を合わせて言う。
「裏切られて傷つく心はわかります、突然の孤独におびえる心もわかります。」
ドキッ。という音が聞こえた気がした。
頭目の瞳に恋する男の輝きが灯る。
「でも今は戦わないといけない時だと思います。どうか、どうか、私たちに力を貸してください。あなた自身の尊厳のためにも……」
もし今のセリフが文章だったら手書き風ポップ体で書かれてそうな媚びた声色。
頭目の身体に抱き着くマスター。
顔中の筋肉を収縮させたような顔で、口をすぼめる頭目。
たぶんニヤけそうな口の端を噛んで無理矢理ガマンしている顔だ。わかる。
僕も…童貞だから。
「さあ、決断の時だ!この場から逃げるか、裏切り者と戦うか!」
先生が鼓舞すると、頭目は武器を手に持ち乗用トカゲに乗る。
「ありがとう、アンタらのおかげで目が覚めた気分だ。こんな身近に度し難い悪がいたなんてな」
さわやかな顔をした頭目。
「もし戦いが終わったら、ワタシと……い、いえ!なんでもありません」
まだかわいこぶってるマスター。
頬を染める頭目。
「すぐに加勢する、待っててくれたまえ」
先生が自信たっぷりにそう言うと、頭目も微笑んで頷く。
「ウオオオオオオオオオオォォォォ!!」
頭目が賊の群れに向かっていく。その顔には一筋の涙が流れていた。
童貞の恋という核融合が起こしたエネルギーは、涙になって頬を伝うんだよね。
僕も…童貞だから。
「とまあ、『事象の偶発性の否定』『対象の尊厳と正義感の回復』『対象の欲しがりそうな、根拠のない情報』の3つを並べることが洗脳の簡単なやりかただね」
「見た目のいい女の言うことはつい信じたくなるとも言われているな」
「うんうん、あの身代わりの速さはお見事でしたなマスター」
「こっちも自己満足やオシャレだけで美少女やってないんだよ」
「んじゃ、頭目が賊の注意を引きつけてる間にさっさと逃げますか」
「だな。はよしろ
この二人を敵に回すのは絶対やめておこうと思った。
それはそうと不思議なのは、マスターの事だ。
自分が狙いではないとはいえ、巻き添えでいつ死んでもおかしくないような事態になんども巻き込まれておきながら、僕らを見放そうとしない。
僕たちの知恵が欲しいからと以前言っていたけど、それだけの為に命が賭けられるものか?
……いつか、マスターが本当の理由を話してくれる日はあるのだろうか。
馬車はただ猛然と街道を駆け抜けるのみ。
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