異世界の街、新しい服。

 というわけでマスターの館から徒歩で約20分、ようやく『交易都市 ブニア』の街並みが見えてきた。

 街は結構近いと言われていたけれど、歩いてみると案外と距離がある。


「なんでこんなに街から離れたところに館を建てたんですか?」

「なんでだと思う?」

「人間嫌いの陰キャコミュ障だからとかかね?」


 マスターが先生の頭をひっぱたく。


「主人に向かってなんだその言葉のナイフは!出会って三日目で出るセリフじゃないだろ!

 いいか?魔法薬の研究とそれに関する閃きというのは、人との関わりからのみ生まれるものではない。

 魔力という自然の中に存在するものを相手にする関係上、普通の薬の研究よりももっと、

 自然との対話を重視していかなくてはならないんだ、わかるか?」

「なるほど、『自然との対話』」

「そうだ、自然はいいぞマジロ。……お役所と違って、有毒ガスの漏洩の危険性がどうたらと小うるさい指導してきたりしないし……」


 マスターが今までに誰も雇わなかった、いや誰も雇えなかった理由がわかった気がする。


「い、今は比較的安全なんだぞ?換気だってしっかりしてるしガスマスクも常備してるし」

「僕らそれ初耳なんですが」


「さ、さあ街だ!今日は当面の食料の買い出しと、お前たち二人の衣服の購入!朝書いた『ふかふかパン製造法』の特許出願がメインだな!荷物はしっかり持てよ!」

「あからさまに話題を変えにいった!っていうか特許制度あるし出願用の書類作るの早いし!」

「ツッコみが追い付かなくて大変だねえ」

「先生もすこしは援護してくださいよ!」



 駄弁だべっている間に街中へ入っていた僕たちは、まずは衣服の購入へ。


 街並みや、そこを通る人々がそうであるように、売られている服も完全に異国のソレだ。

 お店の看板にはまったく見たことのない文字が並んでおり、なぜかそれを読める自分自身に困惑した。

 改めてココが日本ではないことを思い知ると、とたんに寂しさが頭の奥から湧いてくる。


「マジロ君、この服どちらが似合うと思うね?」

「え?ええと……左のちょっと赤っぽい方かな。っていうかどっちも執事みたいですね。」

「みたい、というか今の我々はほぼ執事みたいなものだろう。人から『執事っぽい』と言われたことはあったが、本当に執事になって執事服を着ることになるとは思わなんだ。年甲斐もなくワクワクしているよ、ふふふ」

「楽しそうな先生がうらやましいですよ。」


 つい、ポツリと憎まれ口がこぼれた。

 しかし、それを聞いた先生は、フフフと笑う。


「『人生は一種の苦役なり。ただ不愉快に服役すると欣然きんぜんと服役するとの相違あるのみ。』」

「はい?」

「物事は考え方ひとつで幸不幸が変わるって意味さ。いきなり知らない場所へ来て心細いのはわかるがね、いまさらこの状況を変える方法も無いだろう。なら、せめて楽しまなくちゃ心がもたないぞ?ってホラ見なよマジロくーん!このスラックスすごく伸びるー!動きやすーい!素材はなんだろう、この世界特有のモノなのかな?」

「せ、先生……」

「それに、私がついている。大船に乗ったつもりでいたまえよ。老朽化が激しいのが難点だがね!」


 ……先生という、同じ世界の人間がいて本当に良かった。

 神様、そこは本当にありがとうございます。




 おそろいの執事服(ベスト風)とシャツにスラックスにネクタイを購入し、その場で着替える。

 びしっとポーズを決めると、特許申請が終わって戻ってきたマスターからの拍手が飛んだ。


 その後は、日用品と食糧の買い出し。

 水吸いの葉(トイレットペーパーと同じ用途)に、石鹸、タオル。

 黄色い謎の茶葉に、硬くて平たいパン、豚か鳥か判別できない肉、などなど…。


「いやあ、人手があるっていいな!大量の買い物でも手が塞がらない、荷車すらいらない」

「そうは言いますがね、マスターも少しくらい持ってくれてもいいんじゃないですか~!?」


 いっぱいに詰まった買い物袋を抱えて歩くのは正直きつい。


「マジロはすぐ弱音を吐くなあ……わかった、じゃあ袋は持ってやるから一番重い物を持てよ」

「えっ、そんな条件でいいんですか。わかりました!でも一番重い物って?」

「アタシ」


 買い物袋を持ったマスターを両手で抱えて、プルプルしながら街中を歩く僕。


「マジロ君、マスターがずる賢いのは分かっていただろうに……」



「さて、今日の最後の買い物は宝石店だ」

「おや、貴金属がお好きとは思わなかったですな」

「ちがう、じゃない。台所とかで使う魔法石を購入するんだ。まあ、魔法の無い異世界から来たお前たちではそのへんの発想は出てこないか」


 ド、ドヤ顔だ。

 異世界の知識でマウントを取るのは異世界転移モノの小説でよく見る話だが、自分がマウントとられる側になるとは思わなかった……。

 そういえばたしかに、トイレの水流しやキッチンコンロの着火は魔法を利用していたけど。(僕にも比較的簡単にできた)


「ホラ、あそこが宝石店だ。 ……んん?」


 宝石店の前で、マスターが怪訝けげんそうな顔をする。


 そして、次の瞬間に叫び声が。



「泥棒だーーーーーーーーーーーーっ!!」



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