暗殺者、情、長い夜の終わり。
マジロ君は戦いに慣れてないだけで案外根性はあるんだよね。
と、彼のことを心の中で評する。
彼がマスターを呼びに行ってくれたことで、状況はこちらに有利に傾いた。
向こうもそう感じているようで、暗殺者の眉間にシワが寄る。
時間をかけてはいられないとばかりに、暗殺者が踏み込んでくる。
私はそれに合わせて後退しながら突く。
小さく、うめき声が聞こえた。
マジロ君にメスを投げる為に、暗殺者が後ろに引きながらメスを投げたおかげで、私は後ろに引くだけの空間的な余裕ができている。
もう2、3回くらいなら引きながら突く応酬ができる。
これで体力を削いでから、攻めに回ろう。
と、思っていたのだが、そうはいかないとばかりに突かれた瞬間に棒の先を掴まれる。
そして掴んだ直後に、掴んでない方の手がメスを構える。
いったいいくつ隠し持っているんだ。
たしかに掴まれればもう突けない、だが、
私は棒をむりやり振ろうとする。
暗殺者はそれに引っ張られて体勢を崩し、メスはあらぬ方向へ飛んでいく。
相手は棒に力を入れて、こちらを崩そうとしてくるが、こちらも力を入れればまだ耐えられる。
どうやら単純な筋力と体重なら私に
暗殺者は近接用のナイフを空いた手に握る。
おそらく掴んだ手を滑らせながらこちらに近づく算段なのだろう。
しかしそこで、バタバタと2人分の足音が聞こえてくる。
時間切れだよ、暗殺者くん。
彼は舌打ちをすると、棒の先端を窓の反対側に投げ、窓に向かって走った。
そして、開けたままだった窓から飛び出して、脱出する。
だが、それを予測できなかった私ではない。
最善の策だとて、相手に予測されては愚策たりうるのだよ。
私は暗殺者が動いたと同時に
2階の窓から地面までは、5~6メートルくらいだろうか。
だが、逃がすわけにはいかない。
私はさっき拾った、『一番最初にマジロ君に投げたメス』を投げる。
ナイフ投げの経験の無い私では、刺すことなどできない。
当てるだけで精一杯だろう。
でもそれで充分。
空中での姿勢の制御はそうカンタンなものではない。
ちょっとした不意の衝撃で、大きく姿勢が崩れることもある。
空中で何かに当たったことに、つい少し動揺した暗殺者が、着地に失敗した。
倒れるほどのものではなかったが、着地の衝撃をモロに足で受け止めてしまっている。
膝をついてしまい、立ち上がる足の動きが非常に鈍い。
私は
身体の固い部分を床につけないように注意しながら回るのがコツだったか。
それでも少し痛いが。
そして、立ち上がりの遅い暗殺者を組み敷く。
両手首を掴んで武器を使わせないようにして、覆いかぶさる。
…? !
この状態でも逃げる気でいるようで、体をひねって暴れるが、振り落とすにはやはり力不足だ。
「動くなよ!」
マスターの声だ。
どうやら2階から杖を向けているよう。
「魔法は不慣れだが、この距離から
最初の一言は必要かなあ。
ともかく、これでまだ抵抗できるかね?
暗殺者は腕の力を抜き、フウとため息を吐いた。
観念したみたいだ。
とはいえ拘束を解く気は無いが。
少し経って、マジロ君が来た。
「先生!」
「脚を掴んでくれ、脚だぞ、変なところを掴むんじゃないぞ」
「あっ、は、はい!変なトコって…」
「女だ」
「えっ!?」
「さっき組み敷いた時、骨格のカンジでわかった」
「さて、色々聞きたいのだがね。依頼者は?」
「知らん。依頼は仲介者を通して行われた」
大人の
「案外あっさり吐くね、仲介者はどんな奴だった?」
「人間ではなかった。せいぜい手紙を渡すのが精一杯だろうという形状の……悪魔。」
「悪魔ねえ。……依頼の内容は?」
「この館に住む男2人の殺害。必要であれば女も殺していいと」
ヒュッ…と、マジロ君が息を吸う声が聞こえた。
「私たちのことだね。他になにか情報は与えられていた?」
「ドゥエルガルを捕まえられるだけの腕はある。とだけ」
「なるほど、わざわざ彼等が人の街に入って盗みをやっていたのは、おそらくその『依頼人』からの依頼だったのだろうね」
「ドゥエルガルに盗みの依頼をした人がいて、僕らの殺しを依頼した人と同じ奴だと?」
「きっとね」
どうやら私達は、思ったより『危機』に近づいているのかもしれない。
しかし、
用心深いものだ。
「さて、どうしようかね」
とりあえず、掴んでいた暗殺者の手首を地面に押し付けながら力をいれていく。
「ぐっ…あっ…!」
「先生、何を!?」
「何をって、せめて手首くらいは動かせないようにしないと」
「どうして……」
「どうして?彼女は私達を殺そうとしたんだ、なんなら今だって機会を
「う……」
「彼女の手際や装備から見ても、殺しは初めてってわけじゃないだろう。紛れもない悪党だよ。」
悪党は他人の情につけこむ。
だから悪党なんだ。
「それにそもそも、両手首を折るだけだ。殺さないだけ有情だと思うがね。」
「でも手首折られたら生活ができなく……」
どうにもゴニョゴニョしたマジロ君の意見に、つい彼を強く睨んでしまう。
マジロ君は一瞬目を伏せて、言葉に詰まった。
だが。
「せ、せめて武器を外すだけにできませんか!お願いします!!」
……。
フーッと息を吐いて深呼吸する。
マジロ君、甘いよ。
君だって傷つけられているじゃないか。
とはいえ、その傷のおかげで、暗殺者をこうやって捕獲できたのは確かだ。
それに、ここで反発して彼との仲に亀裂を作るのも賢明ではないと思う。
頼らざるを得ないのはお互い様か。
「マスター!降りてきて、彼女の身体を調べてくれませんか!武装解除を!」
「わかった、しっかり抑えてろ!」
「先生!」
マジロ君が嬉しそうな顔をする。
やれやれ君にも呆れたものだと、私もつられて目だけで少し笑う。
「穴まで調べつくしたが、武器はこれで全部だな。」
とマスターが言うので、拘束を解いてやる。
暗殺者は解かれた瞬間に、立ち上がるより先に指笛を鳴らす。
するとどこに隠れていたのか、一匹の馬が近くの森から駆け寄ってくる。
それにさっと乗って、彼女は消えてしまった。
……終わった。
張っていた気が抜けて、ドッと疲れが出てくる。
マジロ君も、ヘタリと床に座り込んで、今更になって手を痛がっている。
マスターがその手を握って何かを念じると、彼の顔がゆるむ。
「痛み止めにしかならん魔法だ、実験室に外傷治癒の薬があるからそこまで来い。」
「歩くんですか~」
「甘ったれるな!あと、汚した服とシーツ、それから防犯のための鍵の付け替え代金!全部お前らの責任のもとで処理すること!いいな!」
「うう~」
「いやはやお優しくて涙が出ますなあ」
いやほんとに、マスターもマジロ君も人が良すぎるよ。
彼らの為にも、私だけは非情でいなければなるまい。
そう思った。
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