スローライフ、深夜、開く窓。

 例の宝石ドロボウ事件からさらに数日が経ちました。


 あの事件以来、自分のふがいなさを自戒した僕は、毎日少しずつ筋トレとジョギングを始めました。

 久々に体を動かすと気持ちいい。

 筋肉痛さえなければね!!!!!!!!


 アルバイトで立ったり座ったりモノを運んだりはしてたから、そこまでなまってはいないだろう。

 などとその気になっていた僕に突き付けられた、痛みという現実。


「目標を持つのは良いことだが、最初から全力を出したら三日と持たんぞ愚か者」


 と、弱い冷気魔法で足を冷やしてくれたマスターに言われました。

 またしても不甲斐ない。


 そんなわけで軽いトレーニングと軽いジョギングついでに、街まで買い出しに行ったり。

 毎日の買い物を僕がすること自体はいいんですけど、マスターがよけいに出不精でぶしょうになりそうなのがちと心配……。



 街へは買い物の他にも、冒険者ギルドにも毎日通ったりしています。

 そうです、ダンジョン攻略や魔物退治を生業なりわいにしている『冒険者』の組合です。

 理由はもちろん、『世界の危機』についての情報収集。

 ……今のところは全く成果が出ていないどころか、ギルドの人から変な目で見られる始末。

 以前先生が言った通り、誰もが知るほどの巨大な危機が、ギリギリまで迫っているわけではないみたいです。

 そのぶん時間に余裕があるのは、こちらとしては嬉しいところ。




 運動のあと、先生と手分けして家事をこなして、マスターの研究を手伝い、お金を貯めつつ日々を過ごす。

 近況はそんなカンジです。




 ――――――――――――――――――――――――――



 夜、黒い人影が大きな館に近づく。

 ソレは懐からメモを取り出し、館とメモを交互にみやり、確認する。

 確認が済むと、3メートルほどの石造りのフェンスをスッと飛び越え、庭内に侵入。

 鉤爪かぎづめを装着し、館の外壁の凹凸に手と足をかけて、登る。


 館の2階中央の外壁に耳をつけて、音を聴く。

 この足音は女性のもの、ならば違う。


 今度は館の2階端の外壁に回り、また聴く。

 男二人……こいつらだ。

 確認の済んだ黒い人影は、明かりが消えるのをじっと待つ。



 ――――――――――――――――――――――――――



「正直こんな生活続けてていいんですかねえ、先生」


 世界の危機は確実に『ある』はずなのに、あまりにもスローなライフを営んでいることに疑問を感じ、先生につい不安を吐露とろしてしまった。


「『恒産無くして恒心無し』生活が安定しないと、心も安定しない。精神メンタルの乱れは肉体フィジカルの乱れにも技術テクニカルの乱れにも繋がる。マジロ君はもう少し落ち着くべきだね。」


 壁に垂直に靠れ掛もたれかかる先生は、返答にそう返す。

 落ち着く、か。

 僕だってもっと落ち着いた人間でいたかった、いや、そうだった時は今までにきっとあったのだろう。

 でも今は……。


「それにこういう時ほど、求めているものは案外向こうから近づいてきたりするものさ。それこそ、こちらが準備できないほどすぐに、ね」

「そういうものですかねえ」

「そうとも、ならばせめて来た時のために、体力はしっかり回復せねばね。おやすみ!」


 そうこう言っている間にパジャマに着替え、明かりを消し、床につく。

 静寂と宵闇が辺りいっぱいに広がる。



 ……



 ……スヤ……



 ふと、風が顔を撫で、窓がいつのまにか開いているのに気付いた。

 音もなく開いていた。


 …?少し寒いな。

 と、ベッドから起き上がろうとしたとき、気づいた。

 僕の前に、影が立っている。

 人だ。

 あまりに唐突な事に僕は固まってしまった。

 声すら出なかった。


 侵入者はナイフを構え、こちらを向く。

 月明りでうっすら見える、苦土電気石ドラバイトのような深い茶色の瞳が、冷徹に僕を覗いていた。



「ほらねーーーーーーー!!!!」


 先生が叫び、ベッドから飛び起き、ブランケットを侵入者に向かって覆うように投げる。

「!」叫び声に反応して振り向いた相手だったが、ブランケットしか見えない。

 そして先生は、ベッドの下に隠して置いていた鉄の棒で突く!


 体勢を崩され倒れた侵入者が、先生の反対側にいた僕の方へ転がってくる。

 慌てて僕は先生の方に逃げ……

 いや、部屋のドアに向かおうとした瞬間、足元で何かがキンキンと音を立てて跳ねた。

 ナイフ……いや形状的にはメスのほうが近いかもしれない。

 僕は鋭く尖ったそれを見て、つい足を止めてしまった。



「先生……気づいてたんですか?」

「壁に耳を当てていたら、ヒトくらい大きな何かが壁をのぼる音が聞こえてきたからね。まさか本当に人とは思っていなかったが。隠しておいた棒が役に立ったね。」


 崩れた体勢からメスを投げていた侵入者は、バッと立ち上がり、構える。

 顔の大部分を隠し、軽装に大きめのナイフと、投擲とうてき用とおぼしきメス。

 宝飾品より先に、僕らの部屋に入ってきたことを考えても、コイツは盗賊シーフというより……



 暗殺者アサシン


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る