第16話 斬殺完了

「女三人組が、冒険者や行商人を殺して強盗している……?」


 ミズキが冒険者ギルドに行くと、その話でもちきりだった。

 この辺りでも、すでに被害者が出ている。

 犯人たちの似顔絵が掲示板に貼られていた。

 少し太った印象だが、一緒に召喚されたギャル三人とそっくりだった。


 しかし、あの三人だとしたら、どうして盗賊そのものなことをしているのだろうか。

 王宮の金を湯水の如く使い、堕落した生活を楽しんでいるのではなかったのか。

 ミズキが首を傾げていると伯爵の屋敷に呼ばれた。そこにミリアンヌがいて、状況を説明してくれた。


「実は――」


 第一王子が痺れを切らして、あの三人を実戦に投入した。

 あれだけのスキルを持っているのだから、わずかながらの戦果を上げるだろうと第一王子以外も期待していた。が、ただ逃げ惑うだけで邪魔にしかならなかった。

 三人はなにを思ったか王宮の兵士を殺し、金目の物を奪い、脱走。


「殺人の容易さに味を占めたのか、王都を出てからは、移動しながら殺人強盗を繰り返しているようです。ここ数日は、ストーンリーフの町の近くに出没しているとか……」


「どうしてそうなった、という感じです」


「わたくしも予想外でしたわ。しかし、あの三人が合理性を持ち合わせていないのは分かっていました。そういう人間の行動や心理を予想しようとしても、時間の無駄ですわ」


「分かります」


 ミズキは深々と頷いた。


「あの三人には懸賞金をかけました。生死問わずです。ミズキさんはあの三人に因縁はおありですか? もし自分の手で殺したいなら、早いほうがいいですわよ。高額の賞金首なので、国中の猛者があの三人を狙っています」


 綺麗な顔して凄いことを言う人だな、とミズキは目を丸くした。

 だが、ここは日本ではないのだ。

 地球でも治安が悪い場所なら、そういう価値観が残っているだろう。

 ミズキはふと考え、首を横に振る。


「やめておきましょう。生活に困ってませんし。賞金はほかの人に譲ります」


「そうですか。それでも気をつけてくださいね。偶然、出会うこともあるでしょう。向こうはおそらく、ためらわずにミズキさんを殺そうとするはずですわ」


「そのときは応戦しますよ。負けません」


 ミズキの言葉を聞き、ミリアンヌは安心した笑顔を浮かべた。

 彼女はしばらくこの町に滞在するらしい。王都から連れて来た兵士たちを指揮して、警戒に当たるという。


 ミズキは三人のことなど気にせず、これまで通り冒険者ギルドで仕事を請け負い、モンスターを狩ったり、薬草を集めたりした。


 とある日。

 たまたま森の近くで、兵士を数人連れたミリアンヌと出会った。彼女は剣を持っていた。王女様なのに自分で戦うこともあるらしい。ファンタジーだなぁ、とミズキは思う。

 ミズキは薬草探し。

 ミリアンヌたちはギャル強盗捜し。

 目的が違うので、ちょっと雑談してから別行動。


 少しとはいえ王女とお喋りできたので、ミズキは上機嫌だった。

 ところが森を歩いていると、若い男女の死体を見つけてしまう。

 見覚えがあった。

 転移したてのミズキは、王都からストーンリーフの町まで乗合馬車で来た。その乗合馬車を護衛してくれた二人の冒険者の死体だった。


 犯人はまだ現場にいた。

 死体を漁っている。

 三人組の女だった。


「ん? ちょ、日本人形じゃん。久しぶりぃ。丁度さ、あんたのことも殺したいって話してたんだよね。奇遇ぅ」

「ギャハハハ! あんたがこの辺に住んでるって言うから来てやったんだよ!」

「日本人形のくせに調子くれてご活躍らしいじゃん? それであたしら王宮にいられなくなったんだけど? つまり、あたしらが強盗してるのは日本人形のせいなんだから、責任取って死んでくれな――」


 ミズキは音もなく抜剣し、まず一人目の首を斬った。


「ギャハ……ハ? え、な、なんで、普通、話してる最中に……日本人形のくせにどうしてそんな手際が――」


 二人目の心臓を一刺し。


「いや、もう本当、あなたたち三人なんて心底どうでもよかったんですよ。生きてようと死んでようと、どっかで幸せになっていようと。私の前に出てこなければ、それでよかったんです。なのに、胸くそ悪い。湧いてきた上に、私の恩人を殺してるとかどうなってるんですか?」


 言い終わると同時に、三人目に刃を振り下ろした。


 かつて自分を虐めていた相手を殺した。達成感は特にない。ゴミをゴミ箱にいれたくらいの無感動だった。

 乗合馬車を守ってくれた二人が死んだ。それは無念でならない。

 別にミズキが悪いのではないと分かっている。それでも、あと少し早くここに来ていればと思わずにいられない――。


「あれ……まだ息がある……?」


 ミズキは慌ててポーションを二人に飲ませる。

 骨折を瞬時に完治させるほど強いポーションなのに、効いた様子がない。

 当然だ。

 二人とも体を大きく欠損していて、臓器も見えている。かすかでも息があるのが奇跡。

 しかし奇跡は長続きしそうにない。

 ほどなくして二人の命は潰える。


 そうはさせない。


 魔力を練り上げる。

 精霊オルガリーズと戦ったあのときよりもなお強力な魔力を、後先考えずに。

 回復魔法を全力使用。再生させた部分のほうが多いというくらいに大規模に発動した。

 生者と死者の境目にいた二人を光で包み、ミズキは意識を失った。


        △


 目を覚ますと、いつもの宿よりずっと豪華な部屋だった。

 そばにミリアンヌが眠っていた。

 ミズキが体を起こすと、彼女も目を覚まし、抱きついてきた。


「えーっと……何事でしょうか?」


「それはこっちの台詞ですわ! ミズキさん、丸一日も目を覚まさなかったんですわよ!」


 ミリアンヌは莫大な魔力を感じ、森に入った。

 倒れているミズキと、二人の冒険者を保護した。

 そのそばには、賞金首三人の斬殺死体がゴミのように転がっていた。


 二人の冒険者はとっくに目を覚ましている。

 彼と彼女が覚えているのは、あの三人に不意打ちされたこと。動けなくされてから、少しずつ切り刻まれたり、焼かれたりしたこと。

 死んだと思った。なのにボンヤリした中で、誰かが助けくれた。それは『辺境の聖女』の絵から飛び出してきたように見えた。


「自分たちの傷はポーションや回復魔法で治せるようなものではなかった。二人はそう言っていましたわ」


「ああ、確かに凄い状態でした。助けることができてよかったです」


「ミズキさん、あなたという人は……失った手足を作り直すレベルの魔法を、それも二人分を一度に成功させたのに、言うことはそれですか」


「え。だって回復魔法ですよ。なら助けられたかを気にするのは当然では……?」


「そうなのですが。もっと誇らしげにしてもいい、という話ですわ」


「……ああ、確かに。でも、ただ必死にやったらできただけなので。マグレかもしれませんし」


「ミズキさん。あなたは本当に、辺境の聖女なのですわね」


 それはどういう褒め方だ、とミズキは首を傾げつつ、最高の褒め言葉のような気もして、いつものように赤面した。

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