第4話 初めて人を斬った。初めて美容室で髪を切った
ミズキは異世界生活に随分と慣れてきた。
戦いが上手くなり、冒険者ギルドから安定して収入を得られるようになった。
しかし、どこか物足りなさを感じる。
親に頼らず自分の力で生活できる。私物にタバコを押しつけてくる嫌なクラスメイトと顔を合わせる必要もない。地球にいた頃より快適なはず。だが妙に虚しい。
ある日。ミズキをますます憂鬱にさせる出来事があった。
ミズキの服は当然、真新しい。この世界で一般的に着られている服に比べれば豪華なデザインなのも相まって、羽振りがよく見えたらしい。
実際、最近のミズキは収入が増えていた。
そんなミズキの財産を狙った男が、後ろをつけてきたのだ。
男は、このストーンリーフの町では、腕利きとして知られる剣士だった。
ミズキは彼につけられているのに気づいていたが、わずかな隙をつかれ、一気に背後に接近された。そして腕を掴まれ、人気のない路地に連れ込まれた。
首もとにナイフを押しつけられ、財布を丸ごと要求された。
更に男は、体も要求してきた。
ミズキは服に施したエンチャント効果で、全身の防御力が上がっている。ゆえに男が全力で斬りかかってきても刃を跳ね返せると分かっていた。
なのに頭が真っ白になり、反射的に剣を抜いて、男の首をはねてしまった。
幸い、ミズキが路地に連れ込まれるのを見ていた人がいて、衛兵に証言してくれた。
詰所で簡単な取り調べは受けたが、罪には問われなかった。
どうやら伯爵の口添えもあったらしい。
その日のうちに解放された。ファンタジー世界はおおらかだなぁ、と思いながら宿に帰った。
自分は淡泊な性格だと思っていた。感情が死んでいるのかと思うことさえあった。
しかし、人を殺すのはロクな気分じゃなかった。
どうせなら楽しい出来事で感情を動かされたかった。
次の日はギルドに行かず、公園でボンヤリしていた。
すると新聞の号外が『とある少女冒険者が盗賊の一人を仕留めた』と報じているのを見つけた。
あの男の家を捜索したところ、いくつもの盗品が押収されたという。捜査が一段落すれば、盗品は持ち主のところに返される。
父親の形見を盗まれた人のインタビューが載っていた。その人は少女冒険者にとても感謝していた。
それを読み、ミズキの精神状態はマシになった。
新聞を読んだ翌日、ギルドに行ってモンスター討伐の仕事を受けた。
いつものようにノルマを達成して、帰路につく。
草原の中の街道を歩いていると、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
見れば、一角ウサギの群れに追いかけられている女性がいた。
ミズキは深く考えずに走り出し、一角ウサギを全滅させて女性を助けた。
男に襲われた一件で人間不信に陥っていたのに、体が勝手に動いてしまった。
助けた女性は若い。
もちろん若いといっても中学二年生のミズキよりは年上だ。
とにかく若い女性が目の前で死んだら寝覚めが悪くなる。だから己の心を守るためにやった――。
ミズキは自分をそう納得させた。
女性は怪我をしていた。何針も縫うような怪我だ。なので手製のポーションを渡す。
「一口飲んだだけなのに治った!? 結構ザックリ切れてたのに!」
「じゃ、私はこれで」
「待って! お礼を……」
ミズキは女性が呼び止めるのを無視して立ち去る。
数日後。
町を歩いていたら突然、呼び止められた。
「君! 私を助けてくれた子でしょ!」
声の主は二十歳くらいの若い女性。一角ウサギの群れに追いかけられていた人だった。
「……人違いじゃないですか?」
ミズキは面倒を嫌って嘘をついた。
「嘘。背格好が同じだし。こんなに髪が綺麗な子、そうそういないよ。顔も、やっぱり可愛い。絶対に見間違えない」
彼女は顔を近づけて、覗き込むように見つめてきた。
ミズキは後ずさり、前髪を押さえて顔を隠す。
「私が、可愛い? 冗談はやめてください。馬鹿にしてるんですか?」
「え!? 命の恩人を馬鹿になんてしないよ! けれど……そっか。私、セラっていうの。この町で美容室を始めたんだ。助けてもらったお礼をしたいから、もしよかったら今から来ない? 髪、切ってあげる」
考えてみるとミズキはこの世界に来てから一度も髪を切っていない。
もっさりしてきたと自分でも感じていた。
セラの瞳はキラキラしていて一点の悪意もなさそうだった。ミズキはホイホイついていく。
家の近所の格安床屋に行くか、自分で切るかの経験しかなかったので、美容室に興味があったというのも大きい。
店で髪を切りながらセラは、自分のことを語ってきた。
マシンガントークだった。
自然な流れでミズキは名乗ってしまった。だが、それ以外は黙って聞いていればいいので楽といえば楽だった。
つい先日まで、セラは別の町で働いていたという。しかし自分の店を持てず、道ばたに露店を出して客の髪を切っていた。
この店はもともと親戚がやっていて、引退するから継がないかと手紙が来た。
ホイホイと大喜びで来たが、金をケチって護衛をつけなかった。モンスターに襲われて死にかけたところを、偶然通りかかった黒髪の少女に助けられた。
「というわけでミズキちゃんのおかげで、この店は無事、私のものになったのさ。助けてくれて、本当にありがとう」
「どういたしまして。あっ、前髪は――」
切らないで。
最初にそう注文すればよかったのだが、もう遅い。ハサミがチョキリと音をあげる。
ミズキの目が露わになった。
まあ、髪はいずれ伸びるので、それまでうつむいて生活すればいいか。ミズキはそう納得しようとしたが、その前に思考が塗りつぶされた。
「誰……?」
鏡に映る顔を見て、そう呟いてしまう。
聞くまでもない。この店には自分とセラしかいないのだから、自分に決まっている。
「ミズキちゃん。自分って意外と美少女じゃん、とか思ったでしょ?」
「え、いや、その…………はい」
ミズキは目を泳がしながら、素直に白状した。
とはいえ鏡に映っているのが自分だというのを、いまいち信じがたい。
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