第5話 シャンプーで大儲け
「髪型を変えると顔まで変わるんですか? セラさん、髪を切りながら魔法を使ったんですか……?」
「そりゃ、髪型を変えたら印象が変わるのは当然だけど。ミズキちゃんはもともと、こういう顔なんだよ。あと、私は魔法なんて使えないよ」
セラは明るく笑いながらそう言った。
ミズキはおずおずと自分の話を語る。
かつて男子に「ブス」とからかわれたこと。それ以来、前髪を伸ばして顔を隠していたこと。毎朝顔を洗うとき、自分でもあまり鏡を見ないようにしていたこと。
「ふぅん。その男の子はきっとミズキちゃんが好きで、そんなこと言ったんだね。年頃の男子って好きな相手を逆にからかったりするでしょ。だからってミズキちゃんにトラウマを与えていいって話にはならないけど」
「あの。私、こうやって顔を出したまま表を歩いていいんですか……?」
「いいに決まってるでしょ。賞金首じゃあるまいし」
セラのその言葉は、ミズキの心を覆っていたなにかを取り払ってくれた。
「け、けど……ずっと隠してたので、今更出すのは気恥ずかしいというか……やっぱり変な目で見られたりしません……?」
「じゃあ試しにその辺一周してきたら。誰も変に思わないって。凄い美少女がいるーって見てくる人はいるかもだけど」
セラはミズキの髪を洗いながら、そう提案してきた。
ミズキは同意し、美容室の近所を一人で散歩した。
なんだか、さっきより天気がよくなった気がする。いや、変わったのは天気ではなくミズキの視界だ。邪魔な前髪がなくなったので、景色がよく見える。
よそ風が吹いて、ミズキの長い髪を軽やかに揺らす――。
「切ってもらったおかげで軽やかになりましたけど……やはりゴワゴワしてます……」
ミズキは身だしなみに気を遣うほうではなかった。だから日本にいた頃は、安いリンス・イン・シャンプーで髪を洗っていた。その安物と比べても、こちらの世界のシャンプーは質が悪い。リンスとかコンディショナーに至っては概念さえなかった。
「そしてこの美容室、お客さんが来る気配がありませんね」
ミズキの髪を切っている最中、誰も来なかった。こうして散歩を終えて帰ってきても、やはりセラは暇そうにしている。
「この店ってもしかして経営がヤバかったりします?」
「あはは、分かる? 実はこの町に、イケメンカリスマ美容師の店ができたらしくて。そっちに客が流れちゃったから、親戚はこの店を閉めることにしたんだよね。けど、もったいないじゃん。カリスマ美容師のブームとか長続きしなさそうだし。頑張れば、なんとかなるかなぁと思って」
予測というより願望である。
しかしセラは親戚から店を受け継いだだけなので、失敗したとしても、金銭的な損害は最小限で済むのだろう。
それはそれとしてセラには成功してもらいたい。
ミズキに光を見せてくれた彼女の腕は確かだ。カリスマなんかに負けないはずだ。
とはいえカリスマとて、相応に実力があるからそう呼ばれているのだろう。
向こうがこの店に嫌がらせなどをして廃業に追い込もうとしているならともかく、純粋に商売で競っているなら、ミズキが口を挟む問題ではない気がする。
ミズキはセラに礼を言ってから、店をあとにした。
大通りを歩いていると、長い行列があった。
看板を見ると、どうやらその店がイケメンカリスマ美容師の店らしい。
窓から中を覗くと、セラの店と違って何人も店員がいた。そして、いくつもの椅子に客を座らせて、同時に髪を切っている。
効率的な流れだとは思うが、あれではカリスマを目当てに来たのに、カリスマの部下に切られることになる。客たちはそれで満足なのか、とミズキは首を傾げた。
「おやおや? 僕の店を覗き込んでいる君。こんな田舎の町の住人にしては、なかなか……いや、かなり可愛いね」
と、不意に声をかけられた。
可愛いなんて、ずっと言われてこなかった。それがセラに言われたのに続いて二度目だ。今日だけで一生分、言われた気がする。
だが、素直に照れる気になれなかった。
声の主は三十歳ほどの男だった。イケメンの部類である。何人もの女性をはべらせ、絵に描いたようなハーレム状態だった。
「ヘアモデルにならないかい? 僕の部下が無料でカットするからお金の心配はいらないよ。このイケメンカリスマ美容師の店でカットしたとなれば、君も自慢できるだろう。大いに自慢したまえ。そして僕の店の宣伝をするんだ!」
「……ほんの十数分前に切ってもらったばかりなので結構です」
「へえ、そうなのかい。さすがは退屈な田舎。退屈な髪型だ。ろくな店がないんだねぇ」
ミズキはイラッとして、足早に立ち去った。
そして宿に帰ってから、なぜこんなにイライラしているのかと自問する。
セラが切ってくれた髪を馬鹿にされた。それはセラを馬鹿にされたのと同じだ。
この町を退屈な田舎と言われた。それも腹が立つ。ミズキはいつの間にか、この町を好きになっていたらしい。
ミズキはこの世界のシャンプーを買ってきた。ポーション作りの技術を応用して、それを改良した。
何度も森に行ったので、薬草のストックは多い。種類だって色とりどりだ。どの薬草がどんな効果を持つか、見ただけで頭に浮かんでくる。
それら薬草から保湿成分を抽出し、シャンプーに加える。これでリンス・イン・シャンプーになった。
「セラさん。このシャンプーで私の髪を洗ってくれませんか? ボトルごとさし上げますから」
「え、なに、これ?」
「以前、私はセラさんにポーションを飲ませて傷を治しましたよね。あのポーションは私の手作りです。かなり強力なポーションだと自負しています」
「かなりなんてものじゃないよ。メッチャだよ!」
「その私が作ったシャンプーです。ほかとは別物です」
その言葉でセラは納得してくれた。
そして実際にミズキの髪を洗ってくれた。
「なっ!? なんというサラサラ感! ミズキちゃんが作ったシャンプー、凄すぎるよ!」
セラはとても感激していた。
そしてミズキはサラサラになった髪をなびかせながら町を歩く。
「おや? 君は昨日の美少女じゃないか。やはり気が変わって僕の店のモデルになる気に……いや、待て。なんだそのサラサラヘアは! どんな方法を使った!」
「あっちの美容室でシャンプーしてもらっただけですよ。この町に以前からある店です」
ミズキはそう呟いて立ち去る。
カリスマ美容師の店に並んでいた女性たちは、羨望の眼差しでミズキの髪を見つめていた。そして並ぶのをやめ、我先にとミズキが指さした方角に走っていく。
一週間後。
カリスマ美容師の店には、客がいなかった。
セラの店には行列ができていた。
「あ、ミズキちゃん! あなたのシャンプーのおかげでご覧の通り大繁盛。ありがとう! あのシャンプー、もっと作ってもらえないかな?」
「どういたしまして。作りますけど、私はがめついので、次からはお金をもらいますよ」
「それは当然だよ。前払いするから、作れるだけ作ってね」
セラから渡された革袋はズッシリと重かった。中を確かめると、かなりの額が入っていた。
「……え! こんなにもらえませんよ!」
ミズキはただ市販のシャンプーと何種類かの薬草を調合しただけだ。大金を受け取るほどの仕事をしたつもりはない。
「あはは。意外と小心者だね。ミズキちゃんの技術にはそれだけの価値があるよ。私以外にも欲しがってる人がいたら売ってもいいからね。あのカリスマ美容師に売ってもいいよ。一度ついた固定客を逃さない自信があるから!」
セラは自信たっぷりに言う。
本当はセラにだけ売って、有利に商売して欲しいと思っていた。
が、そんなアドバンテージがなくても大丈夫と本人が言う。そもそも、この調子で町中の客が集中したらセラがパンクしそうだ。
ミズキは少し考えてから、町の雑貨屋にシャンプーを卸すことにした。ミズキはポーション職人としてすでに有名になっていたので、取引はスムーズだった。
ポーションは伯爵が仲介してくれた。
今回は自分一人で商品を売り込んだ。
人生初の経験を終え、緊張から解放されたミズキは、カフェのテラス席で優雅に紅茶を飲んで休憩する。
すると、地面に這いつくばって土下座する男性が現れた。
カリスマ美容師だった。
「僕にもあのシャンプーを売ってください……お願いします!」
「……この町を退屈な田舎と馬鹿にしないならいいですよ。あと、私の髪型を退屈と言ったのも訂正してください。気に入ってるんですから」
「心の底から訂正する! この町も君の髪型も、エキセントリックでアメイジングだ!」
「そこまで大げさに言わなくてもいいです。ちなみにシャンプーは、そこの雑貨屋に卸したので、そのうち普通に買えるようになるはずです」
「そうか! ありがとう、美しき少女よ!」
カリスマ美容師は雑貨屋に全力疾走していった。
素直に礼を言ってくる辺り、そんなに悪い人ではなさそうだ。
その後。
セラの店の行列は落ち着きを見せた。本人の宣言通り固定客がついて、安定した経営をしている。
カリスマ美容室の店も、あの行列は戻ってこないが、なんとか潰れない程度には頑張っているようだ。
ミズキが取引先に選んだ雑貨屋は儲かっているし、町の住民たちは家でシャンプーを使ってサラサラヘアになれてご満悦だ。
伯爵も使っているとか。
いい感じに決着がついたといえる。が、このシャンプー騒動で最も儲けたのは、やはりミズキだ。
「市販のシャンプーを買いまくり、森に生えてる薬草を摘んできて、えいやっと合成する。それだけのことでポーションに引き続き大儲け……ふふふ、笑いが止まりませんね」
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