第6話 採掘くん一号

「あ、ミズキちゃんだ。やっほー」


 町を散歩していると偶然、セラと出会った。

 今日は美容室が定休日なので、彼女も散歩の最中だという。


「私ってこの町に引っ越してきたばかりで、まだ地理に疎いんだよね。友達もミズキちゃんしかいないし。オススメの店とか教えてくれたら嬉しいな」


「友達……」


「あ、ごめん。馴れ馴れしかったかな?」


「いえ。そんなことはありません。色々お話しましたし、友達ということでいいでしょう」


「よかったぁ。少し話したくらいで友達面するなとか言われたら、泣いちゃうところだったよー」


 セラはホッとしたように笑う。

 無表情を装っているミズキも、実は気を抜くと頬が緩みそうだった。

 友達なんて言ってもらえたのはいつ以来だろうか。

 この世界に来てよかったと心底から思う。


「では丁度お昼なので、オススメの定食屋さんに行きましょう」


 ミズキは軽やかな足取りで店に向かった。

 が、臨時休業の札が下がっていた。

 その店だけでなく、周りの飲食店はどれも休みだった。


「この辺って、一斉に休みを取る風習があるの?」


「そんな話、聞いたことありません。いや、私もこの町に長く住んでるわけではないので、知らないだけという可能性もありますけど……」


 ふと風に運ばれて、大勢の人々が話し合っている声が聞こえてきた。

 その方向に歩いて行くと、井戸を取り囲んで人混みができていた。

 その中には定食屋のオジサンもいる。


「あの。なにかあったんですか?」


「おお、ミズキちゃん。実はこの井戸が涸れちゃったんだよ。町にはいくつも井戸があるから、干からびて死ぬってことはないけど。ちょっと遠くなるから、汲みに行くのに時間がかかる。年寄りたちは体力的に辛いだろうし。困ったななぁって話し合ってたんだよ」


「それは困りましたね。もしかして、この井戸がないと営業できませんか?」


「できないってことはない。けれど水を確保するのに時間をとられるぶん、営業時間を削るか、俺たちの睡眠時間を削るか……」


 営業時間が削られ、店に入れるチャンスが減るのは困る。

 店主の睡眠時間がなくなり集中力が削がれ、味が落ちるのも困る。

 色んな要因が重なって潰れたりしたら最悪だ。


「ちょっと失礼」


 ミズキは井戸に近づき、弱い魔力を放つ。それで地中の様子を探る。

 水源はあった。

 しかし、かなり深い。


「おそらく地下水脈の流れが変化して、この井戸の深さでは足りなくなったのかと」


「なるほど。じゃあ領主様にお願いして、もっと深く掘ってもらうか」


「けどよ。ストーンリーフって町の名前は伊達じゃないぜ。今でこそ緑豊かだが、もともと岩だらけの土地を開拓したんだ。地中だって分厚い岩盤だらけと聞く。そう簡単に掘れるのか?」


 みんな、腕を組んで唸り始める。

 ミズキとセラは「ストーンリーフってそういう由来だったんだ」と、よそ者らしい感想を呟き合う。


「それにしても岩盤かぁ。いくらミズキちゃんが強い上にポーション作りの名人でも、こればっかりはどうにもならないね」


 セラは残念そうに呟く。

 しかしミズキは、なんとかなりそうな気がした。

 創造スキルは、ミズキが想像したものを創造するという、とんでもないスキルだ。材料さえあれば、岩盤を貫く機械を作れるかもしれない。

 とはいえ、ぬか喜びさせるのも申し訳ないので、その場をあとにし、ほかの場所でセラと昼食を食べる。

 それから鉄くず屋に行き、鉄の破片を買いあさる。


「そんなの、なんに使うの?」


「私の能力で、鉄くずが素晴らしいマシーンに生まれ変わる……かもしれません。失敗したら恥ずかしいので、詳細は言いません」


 それからミズキは構想を練る。

 部屋は狭いので、宿の庭を借りて作業に取りかかる。

 一週間後、マシーンは完成した。ミズキはそれを引き連れ、セラの美容室に行く。


「セラさん。見てください。格好いいでしょう」


「な、なんじゃそりゃ!」


「掘削くん一号です」


 足はクモのように八本足なので安定性が高く、悪路でもへっちゃら。

 腕は四本ある。シールドマシーンのようなドリル、アニメのロボットみたいなドリル、回転ノコギリ、バンカーバスターをそれぞれ装備していた。


「今からこれで井戸掘りするんですけど、一緒に行きますか?」


「楽しそうだから行く! 丁度、今から昼休みだし!」


 涸れた井戸に行き、掘削くん一号を投入。八本の足で器用に潜っていく。底につくとギュイイイイイイイインッと四つの腕で掘り進む。

 なんだなんだ、と近所の人たちが集まってきた。

 やがて井戸から水が勢いよく噴き出してきた。

 ミズキたちをずぶ濡れにしたあと水圧が安定し、噴射が止まる。

 井戸を覗き込むと、底のほうに水がたまっているのが見えた。

 掘削くん一号は、よいしょよいしょという風に這い上がってくる。


 ミズキはヒーロー扱いされた。

 認めてもらえるのは嬉しい。

 そして、お気に入りの定食屋の営業時間がもとに戻ったのも嬉しい。

 定食屋のオジサンは、お礼にと割引券の束をくれた。これで食費が浮く。改めてセラと食べに来よう。

 ほかの人たちも、自分の店のサービス券とか、果物とかくれた。


「あ、そうだ。鉄くずが余ったので、全自動ハサミ研石くんを作ったんです。よかったら使ってください」


 美容室に戻ってから、ミズキは鞄からセラへのプレゼントを取り出す。


「全自動ハサミ研石くん!?」


「ご覧の通り、研石から手足が生えた可愛い子です」


「か、可愛いかはともかく便利そうだね。ありがとう!」


 やはり感謝されるのはいいものだ。

 ミズキはこの世界に来て『承認欲求を満たす』という行為を知った。


 それから更に一週間後。

 冒険者ギルド経由で、伯爵の屋敷に呼び出された。


「やあ、久しぶりだねミズキくん。この町に、美人が経営する美容室ができたと聞いて行ってみたのだが、あれは君の友人だそうだね」


「ああ、セラさんのことですね。はい、友達です」


 庭で紅茶とお菓子をご馳走になりながら会話する。


「そこで全自動ハサミ研石くんという素晴らしい機械を見たよ。素晴らしすぎてセラくんをデートに誘うのを忘れたほどだ。あれは君が作ったらしいじゃないか」


「はい。私が作りましたけど」


「剣や槍の手入れを全自動でやってくれる機械は作れるかね?」


「おそらく作れるでしょう。確約はできませんけど」


「素晴らしい! 別に鍛冶職人の仕事を奪うつもりはないが、モンスターが大量発生したときなど、武器のメンテナンスが間に合わないときがあるからね。もし完成すれば、この町の防衛戦力はますます強くなる」


「そういうことでしたら無償で――」


 ミズキは承認欲求を満たしたくて、そう言いかけた。が、すぐに思い直す。


「そんな機械を無償でポンポン大量生産したら、鍛冶職人さんたちの顰蹙を買いますね」


「そういうことだ。ところでミズキくん。君はもしかして、異世界から王都に召喚された四人のうちの一人かね?」


 伯爵の質問は、ミズキにとって予想していたものだった。

 彼は貴族だ。王宮の事情に通じていても不思議ではない。

 四人のうちの一人が黒髪の少女だという情報くらい、わざわざ集めずとも自然と入ってくるだろう。


「……はい」


「そうか。第一王子のブルース殿下が追い出したというのが君だな。いくら使えそうにないスキルだからとて、年端もいかぬ少女を追放するとは、ブルース殿下にも困ったものだ。しかもミズキくんのスキルが外れというのは間違いだった。やはりブルース殿下は短気というだけでなく、根本的な能力にも疑いが出てくるな」


「王子様にそんな辛辣なことを言っていいんですか?」


 どうやらミズキが転移者なのを問題にするつもりはなさそうだ。その点はホッとした。

 が、伯爵の悪口が第一王子の耳に入り、それで粛正なんてされたら困る。

 ミズキはこの町を気に入っているし、伯爵も嫌いではない。


「盗聴魔法を妨害する結界がこの屋敷には施されている。使用人たちの中に告げ口する者がいるとも思えない。その上で私が囁いた陰口を知り得るほど第一王子が有能なら、それは王国にとって喜ばしいことだ。残念ながらそうではなさそうだが」


 確かに、あの第一王子に有能そうな印象はなかった。


「ブルース殿下が残した三人は、授かったスキルこそ優秀だが……かなり評判が悪いな。この町にカリスマ美容師とかいう男が店を開いたろう? 彼は貴族に指名されるくらい王都では有名だった。が、三人の不興を買って追放されて、このストーンリーフに逃げてきた」


「カリスマさんには、そういう事情があったんですか」


「三人ともワガママし放題なのに、貴重なスキルの持ち主な上、第一王子のお気に入りだから、誰も止められない。その結果、その三人だけでなく、ブルース殿下も反感を買っているようだ。まあ、もともとあった反感に水と養分を与えた形だな」


「確かに、人に好かれるタイプには見えませんでした」


「だが、ブルース殿下のおかげで、ミズキくんが私の領地に来てくれた。そう考えると、あまり陰口を叩くものではないな。そうそう、機械で井戸を掘ってくれたらしいな。それも領主として礼を言う」


「その件は、定食屋さんから割引券をもらったので報酬は結構ですよ。もともとお気に入りの定食屋さんに潰れて欲しくなくてやったことですし」


「ふむ。君は欲のない人間だな……しかし私からもなにか送りたい。いつでもこの屋敷に来てお菓子を食べてもいい権利、というのはどうだろうか?」


「それは素敵な報酬です。ありがたく頂戴します」


 と答えてから、ミズキは首を傾げる。


「私。そんなに美味しそうにお菓子を食べてましたか?」


「うむ。それはもう、見ているこっちまで笑顔になるくらい幸せそうに」


 伯爵は幸せそうに答えた。

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