第7話 口止め料を払うので聖女と呼ばないで
「……羽なしドラゴン出現?」
冒険者ギルドの掲示板を見て、ミズキは呟いた。
羽がないドラゴンは、ただの大きなトカゲではないのか。
そう不思議に思って受付嬢に聞くと、苦笑とともに「そうね」と肯定されてしまった。
羽なしドラゴン。
正式名称は、火吹きオオトカゲ。
実際、生物学的にはトカゲの仲間で、ドラゴンとは別種らしい。
しかし大型の馬さえ遙かに超える巨体に、口から火を噴く能力が備わっているとなれば、出会ったときの印象はドラゴンそのものだ。
ゆえに正式名称よりも、羽なしドラゴンという通称のほうが有名になったという。
「その羽なしドラゴンさんが、森の奥に住み着いた、と」
「そう。森のエサを食べ尽くして、町に近づいてきたら困るから。そうなる前に討伐して欲しくて懸賞金をかけたの。早い者勝ちよ」
ミズキは金に困っていない。
だが自分が住む町の近くに、ドラゴン〝みたいなモンスター〟が出現するというイベントが起きたのだ。無視するのはもったいない。
宿に戻り、可愛いコートを作る。
そしてエンチャント。
――――――
コートに以下の魔法効果をエンチャントしました。
・耐物理
・耐魔法
・耐熱
――――――
施した耐熱は、溶岩流に沈んでも大丈夫なほど強力だ。
コートそのものだけでなく、着用者の全身を守る魔法結界が発生するのだ。
羽なしドラゴンが口から吐く火がどのくらいの規模か知らないが、これで防げない威力なら、とっくに森がなくなっているだろう。
万一のことを考え、ポーションも作る。
余ったら売ればいいので、多めに作っておく。
そして次の日。
羽なしドラゴンがいるという森の奥に向かう。
現地に着くと、すでに男性三人組が戦闘していた。
先を越されたなぁ、と思いながら見物する。
しかし懸賞金が彼らの手に渡ることはなさそうだ。
ミズキは決して剣の達人ではない。が、そのミズキから見ても、前衛の二人は未熟だった。
後衛の魔法師もオタオタするばかり。たまに攻撃魔法を撃ったと思えば、あらぬ方向に飛ばす。
(弱すぎますね……というか、私って創造スキルがなくても、この辺では割と強いほうだったり?)
ミズキは球技全般が苦手なので、運動神経が鈍いと自分で決めつけていた。
剣術教室と魔法教室で教官に褒められてから、反射神経などは悪くないと考え直した。
そして今、悪くないどころか、かなりいいのではと思い始める。
教官たちが絶賛してくれたのは、お世辞ではなく本気だったのかもしれない。
なにはともあれ、戦っている彼らは敗色濃厚。
ミズキが乱入しても「獲物を横取りした」と文句を言ってこないだろう。もし言ってきたらギルドに盾になってもらうし、それも通じなければ鉄拳で応じるまでだ。
「てやっ」
ミズキは魔法で冷気の塊を作り、振りかぶって投げた。
それは羽なしドラゴンに……命中せず、まるで見当違いの方向に飛びストンと落ちた。解放された冷気が地面を凍てつかせ、草花を氷で包んだ。
が、羽なしドラゴンはとても離れているので、その冷気はまるで届かなかった。
「くっ、私の氷結魔法を避けるとはやりますね」と悔しがって誤魔化す。
やはりボールのように投げるのは苦手だ。
なので発射することにする。
「ファイアッ!」
ミズキの剣の先端から灼熱が吹き出した。火炎放射器の如き勢いで、羽なしドラゴンに襲い掛かる。
すると相手は、火吹きオオトカゲという正式名称に恥じぬ炎を口から出し、ミズキの炎を相殺した。
普通の炎をぶつけ合ったのなら、お互い火だるまになるだろう。が、どちらも魔法で生み出された炎だ。二つの術式が干渉し合って、炎と炎が押し合い、拮抗する形となる。
「なかなかやりますね。なら、これはどうです?」
ミズキは分厚い氷の壁を作り、それで炎を防ぐ。高熱に晒された氷は見る見る溶けていく。しかし、ほんの数秒耐えてくれればそれでいいのだ。
相手が氷を溶かすのに夢中になっている隙に、ミズキは身を低くして走った。
やはり体と魔力が大きくても、しょせんはトカゲ。あまり頭はよくないらしい。背後に回り込むのは簡単だった。
心臓の位置が分かっていれば一刺しにするが、爬虫類の構造に詳しくないので、ミズキは無言で剣を振り下ろす。
ウロコを貫き、皮膚を大きく切り裂く。
骨を断ち、いくつもの内臓を斬り裂いた感触が剣から伝わってくる。
羽なしドラゴンは断末魔を上げ、動かなくなった。
「す、すげぇ! 魔法も剣技も、超一流だ!」
「まだ若いのに、大したお嬢さんだぜ」
と、冒険者たちから絶賛の声が聞こえてきた。
ミズキは鼻が高くなった気分だ。
「最初に冷気魔法を投げたときは、とんでもないノーコンで、とんでもない足手まといが迷い込んだと思ったけど、実は達人だったんだな」
「ああ、すげぇノーコンだった」
「あそこまでノーコンだと、球技は一緒にやりたくないな」
三人は口を揃えてノーコンと言う。
「……怪我してるようなので高級ポーションを譲ってあげようと思ってたんですが。ノーコンと言われて気分を害しました。怪我したまま頑張って町に帰ってください」
「なっ! ポーションを持っているのか。頼む! 金を払うから売ってくれ! ノーコンと言ったのは謝るから……魔法と剣技に感心したのは本当なんだ!」
「そこまでペコペコしなくても売りますよ。怪我したまま帰れというのは冗談です。けれど私はがめついので――」
ミズキは強気のつもりで値段を口にした。
すると三人とも目を丸くする。
「安っ!」
「おいおい、町で買うのと変わんないじゃねーかよ」
「狩り場でその値段は良心的すぎるぞ。お人好しにもほどがある」
なんだか分からないが、ミズキが提示した値段よりも多めに渡された。
値段設定は難しい。
「色が濃いな。それだけ薬草を多く使ってるんだろうな」
「それだけじゃない。魔力の光がキラキラしてる」
「こんな上質のポーションを激安で売ってもらえるとか、俺たちラッキーすぎるぜ」
彼らは大喜びでポーションを飲み干した。
次の瞬間、彼らの全身の傷が跡形もなく消えてしまう。
「う、嘘だろ……今まで飲んだどのポーションよりも効くぞ。こんなポーションが存在したのか……」
「いや、噂で聞いたことがある。近頃、領主のところに凄腕の錬金術師が出入りしてて、そいつの作るポーションがたまに市場に出回るらしいんだが……骨折を一瞬で治すとか。嘘だと思ってたが、実在したのか!」
「そんなスゲェのを何本も持ってる上に、激安で売ってくれるあんたは何者だ? まさか……その噂の錬金術師か!?」
三人は尊敬の眼差しを向けてくる。
ミズキの鼻は再び高く伸びた。
「そうです、私です。錬金術とは別種のスキルですけど。そのポーションは私が作りました。もっと褒めてくれてもいいですよ」
胸に手を当てドヤ顔で自慢しつつ、お褒めの言葉をおねだりした。
「おいおい、マジかよ。優しくて強くて綺麗なだけじゃなく、ポーション作りの天才とか、完全に聖女じゃねーかよ」
「俺たちの町に聖女が降臨してたのか……ありがてぇ」
「第一王子が召喚した三人は駄目っぽいけど、こんなに優しくて強くて綺麗な聖女がいるなら、この国は安泰だな!」
想定していた濃度の百倍くらいのお褒めの言葉を浴びせられ、ミズキは怯んだ。
「いや、あの……聖女とか、恥ずいんですけど……」
「なぜだ? こんな凄いポーションを作れる人を、聖女と呼ばずに誰を聖女と呼ぶんだ?」
「しかも優しくて強くて綺麗だし」
「ああ、全くだ。しかもポーションをタダ同然で譲ってくれたしな。聖女と呼ばなきゃ、聖女という概念に失礼だ」
「褒めすぎです! 本当に恥ずかしいですから!」
ミズキは必死に訴える。
だが、しかし。
「自分の功績を誇らない謙虚さまで持っているとは……やはり聖女だ」
なにか言うたびに聖女認定に拍車がかかる。ミズキは恥ずかしくて顔が火照ってきたので、走ってその場を逃げた。
宿に帰り、枕に顔を埋めて足をパタパタさせる。
ふと冷静になり「羽なしドラゴン討伐完了の報告を忘れてました」と思い出し、冒険者ギルドに行く。
すると、さっきの三人がいた。
森の奥で聖女に出会ったこと。その聖女が如何に優しくて強くて綺麗だったかを、ほかの冒険者たちに語っている。
三人に語彙力がないので、誰の話かみんなに伝わっていないようだが、ここでミズキ本人がギルドに入ったら「あいつだ!」と三人に指さされてしまうだろう。
なにより、自分が褒められているところに入っていくのは、恥ずかしすぎる。
ミズキは涙目になって、再び敗走する。
また宿の枕に顔を埋め「うー」とか「ぴゃー」とか呻きながらのたうち回る。
ギルドの営業時間ギリギリに行く。
ミズキのほかに冒険者はいない。受付嬢たちも閉店の準備をしていた。
ホッと安堵の息を吐き、討伐報告をする。
「ねえ。森に現れた聖女って、ミズキちゃんのこと」
受付嬢にバレた。彼女はミズキがこんな時間に報告しに来た理由を察したのか、ニヤニヤと笑いながら言った。
バレて当然だろう。
森で羽なしドラゴンを倒した少女なんて、ほかにいるはずがない。
「……く、口止め料はいくら払えばいいですか」
「え!? そんなのいらないわよ……財布をしまって! そんな涙目になるほど恥ずかしかったの? 誰にも言わないから安心して」
どうやら受付嬢の口から聖女の正体が広まる心配はなさそうだ。
ミズキはその夜、安心して眠った。
そして次の日、軽やかな気持ちでギルドに行くと、あの三人と出くわしてしまった。
羽なしドラゴンを倒し、ポーションを配ったのがミズキだと、冒険者たちにバレた。
「お、お金払うので、大きな声で聖女って連呼しないでください……」
涙目でお願いしたら〝可能な限り〟これまで通りに接すると、全員が約束してくれた。
誰もお金を受け取らなかった。
この町の冒険者は、親切な人ばかりだ。ミズキはますますこの町が好きになった。
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