第3話 ポーションを作ったら伯爵が現れた

 一角ウサギというモンスターの討伐依頼を受けた。

 名前の通り鋭い角を生やしたモンスターだ。それで貫かれると大人でも大怪我をするし、当たり所が悪いと死ぬ。肉は硬くて美味しくない。害獣である。


 森の奥に行くと一角ウサギがいた。ウサギという名前から想像していたイメージより大きい。大型犬くらいはありそうだ。動きも素早い。一ヶ月前のミズキでは、為す術なく殺されていた可能性がある。

 が、今なら見切れる。魔法で身体能力を強化し、一匹ずつ斬殺していく。

 十匹というノルマをクリア。ドロップした魔石を回収してから、ギルドに報告して報酬をもらう。


 ミズキは衣料品店に向かう。

 その店では、余った布きれを安く売っているのだ。

 布きれを大量に買って宿に戻る。

 そして布きれを融合させて、可愛い服を作る。前から欲しいと思っていた服をイメージ……成功だ。ミズキはそれを来てクルクル回る。スカートがふわりと広がる。部屋に鏡がないのが残念。


 念願叶って手に入れた服だ。戦うときも着ていたい。

 なので一角ウサギからドロップした魔石を融合させて強化する。



――――――

服に以下の魔法効果をエンチャントしました。

・耐物理

・耐魔法

・耐呪い

・心持ち運気上昇

・ほんのりいい香り

――――――



 スライムの魔石よりもエンチャントの効果が強い気がする。

 それと『耐呪い』までは狙ってつけたが、あとの二つは思わぬ効果だ。

 まだ創造スキルに慣れていないからだろうか。悪い効果ではないので、よしとしよう。


 その後も冒険者ギルドの仕事をこなす。

 生活に余裕が出てきたので新品の鞄を買う。肩から提げるタイプだ。

 エンチャントで収納スペースを増やした。無限とまではいかないが、外見の何百倍も収納できる。四次元ポケットみたいな感じだ。


 たまにはモンスター討伐以外の仕事もしたいと思って、薬草集めを受注した。

 ノルマを簡単に達成したので、自分用に多めに集めた。


 雑貨屋でガラス瓶を買い、それに井戸水を入れる。

 井戸水と薬草を合成。ポーションの完成だ。

 単に薬草成分が含まれているだけでなく、ミズキの魔力も入っている。

 効果は抜群、のはず。


「どのくらい効くかは使ってみないと分からないですね。けれど、わざと怪我をするのは怖いですし、他人で試すというのも……」


 ミズキは宿で悩んだが、いい答えがでなかった。

 なので、その日は大人しく寝ることにした。

 ごく普通のパジャマに着替える。

 そしてベッドに潜り込もうとした瞬間、足の小指をタンスの角に強打した。

 これが数秒前なら、服に施したエンチャント効果でミズキは守られ、無傷であったろう。

 だが今は生身である。

 ギルドの剣術教室に一ヶ月通って体力がついたが、その程度で肉体が鋼になったりはしない。


「いだっ! いだだだだだっ!」


 爪が剥がれた。血が出ている。というか指が変な方向に曲がっている。骨折している。超痛い。

 自作のポーションを慌てて一気飲みする。途端に痛みが引いた。もう血が止まり、爪が生え替わっていた。


「骨折が一瞬で治るとは……我ながら凄いものを作ってしまいました」


 これは売り物になる。

 そう確信したミズキは次の日、早速、冒険者ギルドの前にシートを広げ、ポーションの露店を始めた。


「ポーションはいかがですか。骨折も瞬く間に治る、凄いポーションですよ」


 一本も売れない。

 冒険者たちはいつもポーションを欲しているはずなのに。値段だって、そこらのアイテム屋のより安くしている。

 なぜ売れないのか? ミズキの声がボソボソしているのが原因だろうか?

 ミズキが不思議に思っていると、顔なじみの受付嬢がギルドから出てきた。


「あのね、ミズキちゃん」


「……もしかして、ここで商売するの禁止ですか? 営業許可証的なのが必要だったりします?」


「そういうのは必要ないけど――」


 受付嬢は売れない理由を教えてくれた。

 ポーションとは大怪我をしたときに使うものだ。つまり命を繋ぎ止める手段だ。実績のない露天商が少々安く売ったところで普通は買わない。大抵の者は、信頼できる店で買うだろう――。


 ミズキは受付嬢の説明に、最初から最後まで納得してしまった。

 シートでポーションを包み、風呂敷のように担いでトボトボと帰路につく。

 作ったポーション二十本。売れ残り二十本。

 悲しくなってくる。


 そのとき、道の向こう側から、ミズキと同じくらいションボリした表情の男性が歩いてきた。

 四十代くらいだろうか。身なりがよく、顔立ちからも気品が漂っている気がする。

 しかしミズキは、男性の顔ではなく腹に目を奪われた。

 シャツに血が滲んでいる。結構な出血に見えた。


「あ、あの。怪我してるんじゃありませんか? それとも血に見えるだけで、絵の具とかケチャップだったりします?」


「いや、私の血だよ。痴情のもつれで、刺されてしまったんだ。しかし慣れている。ちゃんと回復魔法をかけている最中だから命に別状はないよ。いたた……」


 刺されるほどの痴情のもつれに慣れるのはどうなんだろう、とミズキは首を傾げる。


「いくら命に別状がなくても、治るまで痛いのは嫌でしょう。私が作ったポーションをさし上げます。ちゃんと自分で飲んで試しました。少なくとも毒じゃありませんよ」


 ミズキは毒ではないと証明するため、まず自分で一気飲みしてみせた。


「君が作った? ふむ……女性からの贈り物を断るのは私のポリシーに反する。いただこう」


 男性はボトルを受け取ると、中のポーションを飲み干してくれた。


「うぅ、苦い。これは効き目がありそうだ……いや待て。もう痛みが消えたぞ……傷も消えている!? 君、背負っているのは同じポーションかね!? 全て売ってくれ!」


 在庫を抱えたまま悲しみに暮れずに済む。ミズキは迷うことなく売ることにした。

 すると彼はメモ用紙に地図と住所を走り書きする。


「ポーションを百本作ってそこに持ってきて欲しい。料金は前払いしよう。今受け取った分のと合わせてこのくらいが妥当だな」


「え、ちょ、多すぎませんかっ?」


 彼はミズキの手のひらに金貨をジャラジャラと落とす。

 そのまま立ち去ってしまった。

 金を受け取った以上はポーションを納品するしかない。

 ミズキは夜なべして百本のポーションを作り、宿の主人から借りたリアカーにつんで、指定された住所まで運んだ。

 なんと、そこは領主の屋敷だった。

 あの男性はこの町の領主にして、グラニートバーグ伯爵家の当主であるという。


 伯爵は、翌日にポーションを持ってくると思っていなかったようで、ミズキにとても感謝していた。

 百本のポーションは領地防衛のために使うらしい。


 それから伯爵は、高品質なポーションを安売りしてはいけないと忠告してくれた。


「品質に見合った値段をつけなさい。でないと君以外のポーション職人が生活できなくなる。町の住民から恨みを買いたくないだろう? 品質による棲み分けができれば、ポーションを買うほうも選択の幅ができて嬉しいし、君は高い単価でポーションを売れるし、今いる職人たちは仕事を失わずに済む」


 なるほど、とミズキは納得した。

 とりあえず、伯爵がつけてくれた値段を参考にする。

 いちいちミズキが露店で手売りするのは面倒なので、商店に卸したほうがいいかもしれない。

 いい機会なので、その辺のアドバイスも聞く。


「それにしても。私はてっきり、女の人にいつ刺されても大丈夫なよう備えるのかと思いました」


「ははは。実はそれもある」


 伯爵は冗談なのか本気なのか分からない返事をした。

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