第12話 ここ百年で最高の聖女?
オルガリーズはミズキを向いて、口を大きく開いた。その喉奥で、馬鹿げた量の魔力が発生している。
これがドラゴン。それも手加減に手加減を重ねたドラゴンだ。
手加減したブレスくらい、真っ向から受け止めてあげたい。
灼熱の業火が雪崩のように押し出され、渦を巻いてミズキに迫ってくる。
覚悟を灰にするくらいの迫力があった。
それでもミズキは回避ではなく防御を選択する。
オルガリーズはミズキを遊び相手として買ってくれたのだ。その期待に応えたい。
ミズキが突き出した両腕から、巨大な氷塊が噴火のように広がった。
分厚く、そして多大な冷気を秘めたその氷は、生半可な火力では溶けないだろう。
だがドラゴンブレスが生半可であるはずもなく、即座に水となり、瞬時に蒸気になった。
ミズキは氷に魔力を注いで再生させる。なんとか溶ける速度と再生速度が拮抗し、現状を維持する。
このまま膠着を続ければ、先に魔力が尽きるのはミズキだ。
別の手を打ちたい。
しかし空中に静止しながら、氷の再生という二種の魔法を使っている。弱い魔法なら何種でも追加できるが、ドラゴンに通用する魔法でなければ意味がない。
(……エンチャント、自己再生)
魔法で作った氷に、魔法効果を付与する。そんなデタラメが可能か分からなかったが、一か八かでやってみたら成功した。
ミズキが集中せずとも、勝手にミズキの魔力を吸って、新たな氷を生み出し続ける。
氷は生まれた瞬間に溶け、周囲一帯を蒸気で包み込む。
視界は最悪。
それを利用して、敵の頭上に移動する。
力場を蹴り、重力制御も使い、真下へと全力加速。向かう先はオルガリーズの脳天。
間違いなくミズキ史上最速。しかも不意を突けた。これは決まる――。
そんな確信を、自分自身で台無しにしてしまった。
速すぎた。風圧で水蒸気を散らしてしまった。
ミズキの姿が丸裸だ。
「お前、いつの間にそんなところに!?」
刹那の時間。実際にそんな言葉が発せられたわけではない。だがオルガリーズの目がそう言っていた。
驚いているなら間に合うかもしれない。ミズキの刃は届くかもしれない。
そんな希望を抱いて、更なる加速――。
は、実現しなかった。
いや加速はしたのだが、それはミズキの魔力によるものではない。
オルガリーズの尻尾に横から殴られ、見当違いの方向に吹っ飛ばされたのだ。
なんとか止まろうとしたが、脳が揺さぶられて集中できない。
大木を何本もへし折って、地面に溝を掘って転がり、大岩に激突してようやく止まった。
「ミズキ! ミズキィ! うわあああっ、済まぬ、咄嗟のことで、つい手加減を忘れた……ああ、死ぬな! 我は回復魔法が苦手なんだ……自分で回復できるか!? 誰か連れてこようか!?」
「大丈夫、です……」
右腕だけをなんとか回復魔法で治す。それから鞄……まだちゃんと肩から下がっていた。鞄に右腕を入れポーションを取り出す。どう考えても一本では足りない。三本立て続けに飲む。
「完全復活!」
「ふぁっ! ズタズタだったのにもう治った!? 近頃はそんなポーションが普通に手に入るのか……!?」
「自作なので、普通には手に入りませんね」
「お前、ポーション作りの才能まであるのか……万能すぎるだろう」
「万能とは照れくさい言葉ですね。けれどドラゴンに褒められるのは気分がいいです。もっと褒めてくれてもいいですよ」
「大人しそうな顔して、意外と図太い性格だなぁ」
「それはあんまり褒められた気分になりませんね……ところで『つい手加減を忘れた』と言いましたよね? ドラゴンともあろう存在が、人間である私に、咄嗟の行動をしてしまったんですか? 私、そんなに強かったですか?」
「う、うむ。悔しいが、最後の一撃は、ちぃとばかり本気だった。あっぱれ」
「うふふ……うふふふふふふ……ふひひひひ」
「不気味に笑い出した……せっかく可愛い顔をしとるんだから、もうちょっと上品に笑ったらどうだ?」
「え。可愛いですか? ……それほどでもありませんって」
「いや、可愛いだろ? 我はドラゴン型の精霊だが、人間の容姿を理解しているつもりだぞ。ミズキは才能と美しさを兼ね備えている。おまけに努力家だな。私と戦った短い時間だけでも、色んな努力をしただろう。末恐ろしい。どこまで伸びるか興味が尽きぬ。ミズキのような奴は、いずれ聖女と呼ばれるだろうな」
「せ、聖女……!」
その言葉を聞いて、ミズキの全身が震えだした。
「どうした? 聖女と言われて嬉しすぎて震えたか? お前は褒められるのが好きみたいだからな。もっと言ってやろう。よっ、聖女! この我が認めてやる。今日から聖女を名乗るがいい! 可憐な聖女! 将来性の塊! いずれは国を越えて世界中がミズキを聖女と讃えるだろう!」
「ぴぎゃぁぁぁっ! やめてください、聖女って連呼しないでください、今日一番のダメージです、ポーションでも回復できないぃぃぃぃっ!」
「急にのたうち回ってどうした!?」
ミズキはゴロゴロと転がり、百メートル以上移動する。
それでようやく落ち着き『辺境の聖女』という絵のおかげで、とても恥ずかしい想いをしたのを語る。
「ふぅん。それは普通に考えると嬉しいエピソードではないのか? その絵描きはミズキを気に入ってモチーフにしてくれて、しかも絵描きはそれがきっかけで出世したんだろ?」
「そりゃ嬉しいことは嬉しいですよ。けれど私の絵が、王都だの展覧会だので飾られて、しかもタイトルが辺境の聖女ですよ。散歩してるだけでその辺の人に『おっ、あいつ辺境の聖女じゃね?』とか思われるかもしれないんですよ」
「思わせておけばいいだろ」
「恥ずいです! まあ、その辺で思われてるだけならいいですよ。それがオルガリーズさんが言ったように、国の外まで広まって、世界中に私の銅像とか建ったら……ああ、恥ずかしい!」
「妄想力がたくましいんだな……褒められるのが好きなくせに恥ずかしがり屋とか難儀な奴。どこが駄目なラインなんだ? 可愛いって褒めるのはアリか?」
「……アリですね。連呼されると困りますが、普通に嬉しいです」
「服のセンスも最高! その可愛い服どこで買ったんだ? というか我の一撃でボロボロになったのに、なんか再生してるな!」
「うへへ……これも売り物じゃなくて自作です。私の創造スキルで再生させてます。異世界から召喚されたときに身につけました」
「ほう。ミズキは異世界転移者だったのか。それでこの辺ではあまり見ない服のセンスなんだな。本当にいいデザインだと思うぞ!」
「うひひひひひひ……そこまで褒められると照れくさくて顔から火が出ますよ……けど嬉しいものですね……こういうお人形みたいな服、もといた世界だと『痛い』と言われる可能性があるので」
「服が上品で、顔も可愛い。華奢な体型は守ってあげたくなる! なのに強い! 凄いポーションも作れる! これは間違いなく聖女!」
「……えっと、ギリ耐えられます。でも、そのくらいで勘弁してください」
「ここ百年で最高の聖女! 第一印象は冷めた感じだったのに、実は表情豊かでギャップが可愛い! とにかく可愛い! ドラゴンが推す聖女! その愛らしさはドラゴン公認!」
「ぴゃあああああっ!」
「ぬおっ、また転がり出した! そっちは崖だぞ!」
「うああああああああッ!」
ミズキは恥ずかしさで目を回しながら崖から落ちる。
崖下に墜落する前に、オルガリーズがその背中で受け止めてくれた。
「やれやれ。褒めすぎた我も悪いが、だからって飛び降り自殺することはないだろ」
「……別に自殺するつもりはありませんが……面目ないです」
「せっかく背に乗せたんだ。このままストーンリーフまで連れて行ってやろう。冒険者ギルドの前でいいか?」
「ギルドの場所まで分かるんですか?」
「ふふ。実は人間に変身する魔法を使えるのだ。たまーにお忍びでストーンリーフで遊んでいる。次にミズキを見かけたら話しかけるぞ」
「それは楽しみです」
「自分で言うのもなんだが、人化した我もなかなか可愛いぞ。ミズキみたいな服を魔法で作っちゃおうっかなぁ」
「おお、いいですね。おそろいのコーデで歩きましょう」
「ええ~~、照れくさいなぁ。でも着てみたいなぁ。ミズキと一緒なら勇気が出るかな~~。想像したら楽しくなってきたぞぉ」
「わ、わ! ちゃんと飛んでください、落ちます!」
妄想に取り憑かれたオルガリーズは、ぐにゃぐにゃと蛇行しながら飛び始めた。
散々、人を照れ屋と言ったくせに、自分だって十分照れ屋ではないか。
そうしているうちに、ストーンリーフの上空に着いた。
オルガリーズはゆっくりと冒険者ギルドの前に降り立った。
「運んでくれてありがとうございます」
「なぁに、このくらいひとっ飛びだ。それじゃ、またなぁ」
飛び去っていくオルガリーズの背中に、ミズキは手を振った。
そしてギルドに報告しようと回れ右すると、建物の外なのに受付嬢が立っていた。
「ミズキさん……今のって、精霊のオルガリーズ様、よね?」
「え、ええ、はい……ご覧の通り、お供え物をお届けして……帰りは送ってもらいました」
「送ってもらったって、どんだけ気に入られたの……? ギルドの記録にそんな冒険者いないわよ……」
「そうなんですか……」
小さな声で返事をしつつ、やってしまった、と今更気づく。
そりゃドラゴンに乗って帰ってきたら目立つに決まっている。
オルガリーズとの会話が楽しかったのと、ドラゴンに乗れるのが楽しすぎて、我を忘れていた。
「おいおい、辺境の聖女ちゃん、今度はオルガリーズ様に乗ってたぞ」
「マジぱねぇ。リスペクトしかないわ。聖女って呼ぶなって言われても無理系よ」
「もう辺境の聖女で収まる器じゃねーよ。ドラゴンに乗って世界に羽ばたいて欲しい!」
「よっ、世界の聖女!」
そして沸き起こる聖女コール。
ミズキはまた「ぴょええええっ!」と叫んで走り出した。
「ちょっとミズキちゃん、報酬! 報酬いらないの!?」
報酬は後日取りに行った。
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