第11話 ドラゴンもびっくり

 地面の柔らかさを計算に入れた、完璧な踏み込み。

 それに加えて、筋力強化と疾風、二つの魔法を同時使用。

 今出せる最高の加速だ。

 剣の切っ先に突進力の全てを載せて、オルガリーズの鼻先に突き出す。

 その刺突はウロコを貫けなかった。

 鐘を叩いたような甲高い音が響くのみ。


「一ミリも刺さらない……!」


「魔力を集中させて皮膚を硬くしたのだ。しかしミズキよ。人間としても小さいその体で、よくここまでの威力を出せたな。やはりお前は、いい遊び相手になる。チョコレートより嬉しいぞ!」


 魔力で皮膚を硬くする。

 それはミズキにもできる技だが、魔力の規模が違いすぎて別物に思えた。

 空間に干渉したとか、力場を曲げたとか、そういう高度な話をしてくれたほうが納得できる。

 ミズキは己の刺突に自信があった。それを、ただ〝硬い〟というだけで防がれるなんて。

 世界が違いすぎる。

 だが、そういう世界があると知れたのは収穫だ。

 わずかでもいい。追いつきたい。

 まずはこのウロコにヒビを入れたい。


 ミズキの剣はエンチャントを施した特別製だ。普通の鉄の剣よりずっと強い。その上から防御結界で包み、更に強度を底上げする。とくに先端部はより硬く、より鋭利に。


 後ろに下がって距離を空け、電流で筋肉を制御。封じられている力を強制的に解放する。

 もちろん封じられているのには意味がある。それも『封印していたほうが格好いいから』というような厨二臭い理由ではなく、つねに筋力を全力で使っていたら体への負担が大きすぎるから、無意識に押さえているのだ。それを電流で呼び覚ましたのだから、当然、激痛が走る。肉が焦げた匂いがした。


 どんな痛みも〝来る〟と分かっていれば覚悟を決められる。ミズキは肉が焦げる痛みと加速の重圧に耐えながら、自分の背後で爆発を起こして二段目の加速を実行。

 衝撃波で周りの小石や草を粉砕しながら、退路を考えずに目の前のウロコに渾身の刺突をぶちかます。


 剣は折れない。防御障壁で守ったからだ。しかし自分の腕に意識が回らなかった。衝撃に耐えきれず、関節が一つ増えてしまった。


「ば、馬鹿か、お前! これは遊びだぞ! 我には手加減しろと念を押しながら、そんな命がけの一撃を……!」


「こんなの命がけじゃないですよ。それより、血が出てます……」


「出とる! メッチャ出とる! 痛くないのか!?」


「いや、私じゃなくて、オルガリーズさんの額から血が出てますよ」


「なぬっ?」


 わずかではある。だが確実に、剣の切っ先はウロコを貫き、肉に達していた。

 赤いウロコなので目をこらさないと分からないが、血がにじみ出ている。

 ぽたり、と一滴、二滴、地面に落ちた。

 オルガリーズはそれを唖然と見つめる。


「信じられん……人の身で、しかもその幼さで、我のウロコに傷をつけた……くくっ、お前は本当に最高の遊び相手だな、ミズキ」


「ドラゴンにそう言っていただけると光栄です。私も生まれて初めて〝全力を振り絞る〟という行為に興奮しています。もっと遊んでくれますよね?」


「無論、望むところ! ……ではあるんだが、お前、痛くないのか? なんか骨、飛び出してるぞ?」


「へ?」


 折れているのは知っていた。が、興奮して痛覚がマヒしていた。そして指摘された通り、骨が見えている。当然、破けた皮膚から血がドバドバ出ていた。


「いだっ! いだだだだだだだっ!」


 ミズキは慌てて回復魔法を使う。腕が真っ直ぐになり、骨がくっつき、皮膚が塞がる。


「おお……攻撃だけでなく回復もかなりのもの……というか回復魔法のほうが得意か?」


「もしかしたらそうかもしれませんね。とにかく完治です。さあ続きをやりましょう」


「うーん、傷は治ったみたいだが、涙で顔がぐっしょりしてるぞ。少し呼吸を整えてからにしないか?」


「……そうします」


 オルガリーズの親切を素直に受け入れ、一息入れることにした。

 それにしても痛かった。トラックにひかれたときは痛みを感じる間もなかったので、今のが人生で一番痛かった。

 なのに、この戦いをやめたいと思わない。

 全力で挑戦するというのは、とても気持ちがいい。ミズキはそれを実感した。


「そろそろ再開しましょう」


「おお、やる気にみなぎった顔だな。面白い奴。あまり遠慮しすぎると興ざめと言われてしまいそうだ。ならばドラゴンの本領を出すとするか」


 そう言って彼女は翼を広げ、木々の遙か上まで一気に上昇した。


「飛んだ!」


 いや、飛んで当然だ。

 前に戦った羽なしドラゴンと違い、オルガリーズには立派な翼がある。

 ドラゴンが飛ぶ姿なんてゲームやアニメでお馴染みだ。

 とはいえ、家よりも大きな生物が羽ばたいて飛ぶという光景に、一瞬怯んでしまう。


 そしてその光景に、怯んだのと同じ量で感動した。

 ドラゴンが飛ぶ。あの翼は飾りではなかった。それでこそ異世界。ワクワクが止まらない。


 ミズキは風魔法で真空波を起こし、上空のオルガリーズに攻撃。

 簡単に避けられたが、最初から牽制のつもりなので問題ない。

 近くの大木に足をかけ、その幹を一気に駆け上る。一番上の枝を蹴飛ばしてジャンプ。空中に力場を形成。そこを蹴って二段ジャンプ。


「なんと。そういう方法で追いついてきたか。では共に空の散歩でもするか」


 ミズキが斬撃を放つと、オルガリーズは軽やかな動きで回避。一瞬で遠くに行ってしまう。

 空中に力場をいくつも作り、それを蹴ることで追いかけるが、急な方向転換をされるとワンテンポ遅れてしまう。

『跳ぶ』と『飛ぶ』では空中での動きに雲泥の差があった。

 ゆえにミズキも飛行能力を身につけないと、この鬼ごっこに負けてしまう。


 人間が空を飛ぶにはどうしたらいいのだろう。

 最初に思いついたのは、ハングライダーのような翼を作り、そこに風魔法を組み合わせる方法だ。

 だがそれではオルガリーズに対抗できそうにない。戦闘機の如き速度で、かつ蝶のように舞わねば、同じ土俵に立てない。


(いや、そもそも、オルガリーズさんは本当に羽ばたきだけで飛んでるんでしょうか?)


 物理法則から逸脱している気がする。

 そしてこの世界はミズキが知る範囲だと、魔法を使わない限り、地球と同じ物理法則に支配されていた。

 オルガリーズは翼だけでなく魔法も使っているはずだ。

 風魔法……ではないと思う。近づいてもそれほどの風圧を感じない。そもそも風魔法でああも重力から自由になれるなら、ミズキだって同じことをしている。


(重力……そうか魔法で重力を制御しているのかもしれませんね)


 ミズキは魔力を全方向へ放出し、レーダーのように周囲を探った。それにより物体の形を探査するだけでなく、魔法の術式も朧気に知ることができる。


(やはり風魔法じゃない……羽ばたきに連動して空間が歪んでる……これが重力制御の術式ですか……手本があるなら私にもできるはずです!)


 それは空中に力場を作ったり、防御障壁を張る術式によく似ていた。

 空間に干渉するという意味では同系統。

 知っている術式を起点にし、いくつも派生を作る。成功した術式を改良して、より効率的に。

 体の落下が遅くなり、止まり、やがて上昇。加速。前後左右にコントロール可能となる。


「お前、飛べたのか……それとも飛べるようになったのか!?」


「オルガリーズさんがいい手本になってくれたので、頑張って真似してみました。なかなか難しいですね。練習に付き合ってください」


 重力制御による加速。力場を蹴って加速。この二つを組み合わせ、流水と稲妻の二種類の動きを実現。オルガリーズを追い詰めていく。


「速っ! 上達が早っ! ええい、飛べるようになったばかりの者に負けてたまるか!」


 ミズキの手が尻尾に触れそうになる。

 が、向こうにはドラゴンとしての矜持があるのだろう。爆発的な速度で再び距離を空けた。

 遠い。されど絶望的な距離じゃない。

 いつかは届く距離だ。そのいつか、、、を今日にしたい。


「最初から〝そうだった〟というならともかく、さっきまで飛べなかった奴がこんな急激に……本当に人間か、お前!」


「うふふ、それほどでも」


「素直に照れおって。可愛い奴め! そこまで慣れたなら、飛びながら別のこともできるな? ドラゴンブレスを吐くから、防ぐなり避けるなりしてみせろ」


「やってみせましょう」

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