第13話 ミスリル鉄もへっちゃら
それは奇妙な依頼だった。
いつものように冒険者ギルドに顔を出すと、最優先でやって欲しいと仕事を渡された。
依頼人は匿名希望。
ミズキを名指しで指定してきたという。
あまりにも怪しいので断ろうかと思った。
が、依頼内容が特殊なので、つい面白がって受けてしまった。
受付嬢から、とても上質の布と、魔石を渡される。
それで女性用の服を一着、作って欲しいという。
デザインもエンチャントも、ミズキのセンスに任せる。
布が余るはずなので、それが報酬の代わり。
なぜ依頼主が匿名なのか。なぜ完成形の指定がないのか。
そこからして謎だが、より興味を惹いたのは、渡された布そのものである。
最初からエンチャントが施されているのだ。
(強力な耐斬撃? こんな凄い魔法効果がすでにあるのに、その上に別の魔法効果を……二重エンチャントって可能なんでしょうか?)
宿に戻ってから、布と魔石を見つめて悩む。
試しに、布の一部をハサミで切ろうと試す。肌触りは柔らかい布なのに、まるでハサミが通らなかった。それどころか剣を使っても駄目。本気の一撃でようやく両断できた。
やはり、並大抵のエンチャントではない。
(どうして服にする前にこんなエンチャントを……これじゃハサミも針も通らない……もしかして私のスキルがどの程度か調べるのが目的の依頼なんでしょうか?)
ミズキは『辺境の聖女』という絵のせいで有名になってしまった。
自作のポーションをあちこちで配ったし、アイテム作りやエンチャントが得意なのを秘密にしていないので、こういう依頼が来ても不思議ではない。
あえて手を抜くか。
手を抜くとしてどの程度だ。
そもそも、この加工が難しい布を相手に、手加減している余裕などあるのか。
色々と考えた結果、面倒くさくなったので全力で作ることにした。
まず布の切れ端に、小さな魔石を用いて適当なエンチャントを試す。やはり失敗した。魔石が消滅しただけで、布に変化がない。
(ならば、これでどうです)
布と『耐斬撃』のエンチャントを分離する。するとゴロリと大きな魔石が床に転がった。その魔石ともらった魔石を融合させ、もっと大きな魔石にする。
もっと大きな魔石を使って、改めて布にエンチャント。
――――――
布に以下の魔法効果をエンチャントしました。
・耐斬撃
・耐物理
・耐魔法
・耐呪い
・ほんのりいい香り
・心持ち運気上昇
・肩こり改善
・汚れが落ちやすい
――――――
『耐斬撃』と『耐物理』は効果が重複している部分がある。そこを打ち消し合わないようにエンチャントすることで、より防御力を強くした。
以前は偶発的にやってしまった『いい香り』とか『運気上昇』は今回、狙ってつけた。『肩こり改善』と『汚れが落ちやすい』も意図的だ。前よりも上手にエンチャントできるようになった。
(さて。次はこの布を服にするわけですが……丁度、二人分作れそうなので、お揃いのを作りましょう)
指定された寸法に合わせて一着。
ミズキの体型に合わせてもう一着。
「よし。お揃いのワンピースが完成しました。つい、お出かけしたくなる可愛さです。依頼主さんも納得してくれるでしょう」
ミズキは自分用に作ったのを着て、もう一着をギルドに納品する。
△
「な、なんて可愛らしいデザインですのぉ! しかもエンチャントの質の高さ! 耐斬撃を残したまま、こんな沢山の効果……そもそも何種類あるのか、わたくしでは把握しきれませんわ。辺境の聖女さんは想定していたより更に有能ですわね……もっと別の依頼もしてみますわ!」
△
服を納品した数日後。
今度はギルドで鉄のインゴットを大量に渡された。ただの鉄ではない。ミスリルが微量ながら含まれている鉄だと受付嬢は言う。
ミスリルはファンタジー小説などに登場する金属だ。ミズキも名前は知っているが、架空の金属なので、作品ごとに設定に差がある。
この世界のミスリルはどんなものだろうか。
ミズキはインゴットに触れて魔力を流し、その性質を調べた。
(普通の鉄とは比べものにならないくらい硬くて、しなやかさもあって……まだエンチャントしていないのに魔法への耐性がありますね。これで武器を作ったら面白そうです)
依頼内容がまさにそれ。
このインゴットで標準的な大きさの剣を十本作って欲しい。
一本分はインゴットが余るはずなので、それが報酬。
以前の服と似たような話だった。
「また匿名希望ね。きっと前と同じ依頼主よ」
「きっと? 受付嬢さんも知らないんですか?」
「ええ。聞かされてないの。こんな変な依頼、初めて。冒険者ギルドってこういうのも受理するんだぁって感じ。ところで、ミスリル鉄ってドワーフでも加工が難しいらしいけど、やるの?」
「やりましょう。格好いい剣を作って見せます」
「ま、ミズキちゃんなら大丈夫よね」
さくっと剣を十一本作って、十本を納品した。
残りの一本は当然、ミズキの私物にする。
△
「ドワーフさえ一部の者しか加工できないと言われているミスリル鉄を、こんな見事な剣に!? 依頼したのは昨日なのに……ああ、十本とも美しいですわ。こうなったら、この十本にエンチャントもしてもらいたいですわ!」
△
「ぴょえええええ! またしても依頼した翌日に返ってきましたわ! こっちの五本は念じながら振り下ろすと火球が飛び出し、こっちの五本は氷塊が発射される……間違って火事を起こしても、消火できますわ! なんという配慮! 辺境の聖女さんは確実にマグナリア王国に必要となる人材ですわ。というか、この十本の魔法剣を作ってくださっただけで、勲章をさし上げたいくらいですわ。これはもう、直接お会いするしかありませんわ~~」
△
ミズキが宿の食堂で朝食を食べていると、なぜか伯爵が迎えに来た。
なんだか分からないうちに、馬車で拉致同然に連れて行かれた。
「なんなんですか? 朝のひとときを邪魔して、申し訳ないとか思わないんですか?」
ミズキは馬車の中で、ジャムをたっぷり塗った食パンをもぐもぐしながら伯爵に抗議する。
「申し訳ないとは思っているよ。だが私はしょせん地方領主にすぎないのだ。より上位の存在から〝お願い〟されたら断れないのだよ」
「はあ……」
ミズキは屋敷の庭に案内された。
以前、伯爵と一緒にお茶をしたテーブルがある。
そこに金髪を輝かせる女性がいた。
「粗相のないように」
そう言い残して伯爵も、そのお供も去った。
訳が分からぬまま、ミズキはテーブルに近づいていく。
「急にお呼び立てしてごめんなさい。この時間じゃないと、どこかに出かけたあとかもしれないと思いまして。もちろん事前に約束するのが一番なのですが、できるだけ早く会いたかったのです。わたくし、ミリアンヌ・マグナリアと申します。冒険者ギルドを通じて、あなたに服や魔法剣を作らせた者です。お会いできて、とても嬉しいですわ。辺境の聖女、ミズキ・タチバナさん」
その女性は、ミズキがギルドに納品したワンピースを着ていた。
まだ二十歳にはなっていないように見えるが、ミズキよりは大人びた雰囲気だ。
(ん? ミリアンヌ・マグナリア……ここはマグナリア王国……私を召喚した第一王子はブルース・マグナリア……)
ミズキは高速で思考を巡らせる。
「すると、あなたは王家のお方ですか?」
「はい。マグナリア王国国王の第三子。つまり王女ですわ」
伯爵と知り合いになれただけでも凄いと思っていたのに、王女にお呼ばれしてしまった。
それにしても気品ある笑顔だ。
ミズキは髪を切ってから美少女にちょっと足を踏み入れたが、王女様は産まれた瞬間から美少女だったという感じだ。
きっと「ぴょえええええ!」なんて奇声は、生涯一度も出してないに違いない。
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