第9話 辺境の聖女ミズキちゃん
「今日はもう帰りましょうよ。下山しないと夜になっちゃいますよ」
「あと少し……あと少しでアイデアが降ってきそうなのにぃっ!」
喚くリリアナを叱って画材を片付けさせる。
と、そのとき。
ミズキはなにかが近づいてくる気配を察知した。
剣を抜いて構える。
「リリアナさん。そこを動かないでください」
「なんだ、どうした……あ、あれは羽なしドラゴン!?」
正面から近づいてくるモンスターを見て、リリアナは悲鳴を上げた。
そして実は正面だけでなく、後ろにも二匹いる。
すでに囲まれているのだ。
ミズキ一人なら、全く問題ない。
だが今は、リリアナを無傷で町まで送り届けないと、未来の画伯を失ってしまう。
ゆえに最短で敵を倒す。
「やっ!」
まずは眼前の敵に水魔法と電魔法を同時に見舞う。
羽なしドラゴンのウロコは、見るからに乾燥していた。ただ電撃を放っても、一撃で倒すのは難しい。だが水で濡らしてしまえば、効率的にダメージを与えられる。
目論見通り、全身のウロコの隙間から血を流して死んだ。
そしてミズキは、自分にも微弱な電気を流していた。
それによって筋力を限界まで強制的に引き出す。
ミズキの体は弾けるように後方に飛び、迫り来る敵の一体に襲い掛かった。剣を振り下ろし、一太刀で首を両断。
残る一体は、仲間の死に動揺することなく、炎を吐いて攻撃してきた。
が、ミズキの剣は、ただの鉄の剣ではない。エンチャントを施した魔法剣だ。横に薙げば、炎を斬り裂く。
「これで終いです!」
一気に距離を詰め、脳天を一刺し。
これで全滅させたはず。
周囲を警戒。気配はない。
ミズキはようやく緊張を解いた。
「ふう。まさか、こんなところに羽なしドラゴンが三匹もいるなんて。町に戻ったらギルドに報告しなくちゃです」
「ミズキくん! 今の動き、凄く綺麗だった! いや、私の動体視力じゃほとんど見えなかったが……まさに稲妻の如き動きだった!」
「そ、そうですか……どういたしまして」
ミズキは褒められるのが好きだ。しかし褒められすぎると照れくさくなる。
もっとさりげなく褒めて欲しい。
とはいえリリアナが元気なのはいいことだ。
モンスターに怯えてうずくまったりしたら、連れて帰るのが大変だ。
その日の出来事で、ミズキはリリアナにすっかり気に入られたらしい。
宿を教えたら、次の日、尋ねてきた。
そして護衛を頼まれた。
近所の湖に出かける。
「今日は描かないんですか?」
「うん。今日は君と一緒にいるのが目的だからね。大自然を満喫しようじゃないか」
一枚目の護衛無料券は、モンスターと遭遇することもなく、ただ湖でのんびりするだけで終わった。
二枚目は「ミズキくんが戦っているところ、もっと見たいな」と言われたので、森の浅い場所で、スライムや一角ウサギをぽこぽこ倒した。途中、リリアナが盛大に転び、かなりの出血をしたので、その場でポーションを作って飲ませたら、やたらと感動された。
三枚目は「ミズキくんとデートしたいな」という要望に従い、町で食べ歩きをしたり、色んな店を巡ったりした。
三枚使い切るまでの間、色々な話をした。
ポーションだけでなく、ミズキの服も剣も自作であるとか。この町の美容師に髪を切ってもらってから世界が変わったとか。実は異世界転移者であるとか。
リリアナは興味深そうに聞いてくれた。
しかし、まるで絵を描いていない。
「いいんですか? ただ遊んでただけですけど……」
「これでいいのさ。本当にありがとう。私は王都に帰る。また来るよ」
そう言って、彼女はストーンリーフを去って行った。
まさかプロの画家になるのを諦めたのだろうか。思いっきり旅行を楽しんで未練がなくなったので、王都で職を探すつもりなのか。
だとしてもミズキが文句を言う筋合いではないが、少し寂しい。
それから一ヶ月ほどが経った。
期待の新人画家が、ストーンリーフで個展を開くらしい。その新人画家は先日、王都で行われたコンクールで金賞をとったという。
まさかリリアナか、と思い浮かべてから、さすがに違うだろうと考え直す。
もし彼女が急に覚醒し、芸術の神に愛され、インスピレーションの洪水に飲み込まれたとしても、あれからまだ一ヶ月だ。
作品を完成させてコンテストで金賞を取って個展を開くだなんて、そんな急展開はありえない。
しかし、せっかく自分が住む町で個展をやってくれるのだ。ミズキは軽い気持ちで見に行った。
「ふむふむ……何枚もありますけど、どれも黒髪の少女をモチーフにした絵ですね。これら全てで一つの作品というわけですか。こんなに沢山、何年もかけて描いたのでしょう……え、一週間で描いた!? それは凄いです」
ミズキは案内書きを読み、深く感心する。
それにしても個展会場にいる人々が、なぜかミズキをやたら見てくる。きっと気のせいだ。そんなことより芸術鑑賞に集中しよう。
「タイトルは『辺境の聖女』ですか。いい作品です……って、これ私じゃないですか!」
どうりで注目を集めるわけだ。
絵のモデルが会場にいたら、誰だって視線を送る。
「そうだよ。ミズキちゃんをモデルにしたのさ」
いきなり後ろから声をかけられ、驚いて振り返る。
「リリアナさん!? じゃあ、これってリリアナさんの個展ですか?」
「知らないで来たのかい?」
「だ、だって……まさか一ヶ月で金賞をとって帰ってくるとは思わないじゃないですか……」
「あはは。まあね。自分でもびっくりしてるよ。私はただ、君の絵を描きたかっただけなんだ。今までずっと風景画ばかり描いてきたけど、ミズキちゃんをどうしてもキャンパスに入れたかった。ミズキちゃんと一緒にいると、次から次へと絵が浮かんでくる。それを形にしていたら、一週間で十枚の連作になってしまった。丁度、コンテストの締切りで、出してみたら金賞だ」
これらの絵を、まとめて買ってくれた人がいた。
ストーンリーフの領主である。
絵は領主の屋敷に飾られるが、その前に町の人々に見てもらおうという趣旨で、この個展が開かれたという。
「もしや、主催者はリリアナさんじゃなくて、伯爵ですか?」
「そうだよ。よく分かったね」
「なんとなく、そういうことをしそうな気がしたんです……」
領地の住民をモチーフに描かれた絵が、王都のコンテストで賞を取った。なら領民たちに見せてやりたい。
至極真っ当な流れであり、きっと伯爵に悪意なんて一欠片もないのだろう。
しかしミズキとしては茹で上がるほど恥ずかしい。
そして、ふと思い至った。
「王都で賞を取ったということは……これらの絵は、王都で大勢の人たちが見たんですか?」
「うん。展覧会には何百人も来たらしいよ」
「何百……!」
ミズキは卒倒しそうだ。
しかし王都は、馬車で三日もかかるほど離れている。
この町にいる限り、王都の住人と会う機会は、ほとんどないだろう。
それに絵とミズキが並んでいれば「あいつがモデルかぁ」と察するかもしれないが、何日も経ってから見ても、分からないに違いない。
そして、この町の冒険者たちは、芸術に興味がなさそうな顔をしている。個展には来ない。はず。
だからミズキが辺境の聖女のモチーフになったと話題になったりしない。はず。
個展が終われば、伯爵の家に招かれた人しか絵を見られなくなる。
辺境の聖女は、一部でのみ語られる幻の作品となるのだ。
「……恥ずかしさMAXですが、個展が終わるまでは我慢します。とにかく受賞おめでとうございます」
「ありがとう。君にそう言ってもらいたかったんだよ」
ミズキは穏やかな気持ちでリリアナと握手を交わす。
実はその頃、王宮の片隅で、貴族たちがリリアナの絵を話題にしていた。
あの絵はどう見たって、第一王子が追い出した少女である。
辺境の聖女のモデルになった少女は、剣技も魔法も素晴らしい腕前であるという。
しかもポーション作りの素晴らしい才能を持っていて、大怪我をあっという間に治してしまう。
能力が優れているだけでなく、その力を他人のために惜しげなく使う優しさを持っている。
おまけに美少女。
パンを美味しそうに頬張る表情や、湖畔を軽やかに歩く姿が、生き生きと描かれている。
とにかく美少女だ。
「おかしい……私は召喚の現場に立ち合ったが、陰気な子供という印象しかなかったぞ」
「私もあの場にいたが、前髪で顔が隠れていたからな……女性はちょっとしたことで印象が変わる」
「しかし、あの絵が真実を描いているとは限らんぞ?」
「いや……ストーンリーフの情報を集めさせたが、ミズキという黒髪の少女がポーション作りの達人なのも、羽なしドラゴンを一人で倒せるくらい強いのも、事実らしい」
「なんということだ……それに比べ、第一王子のお気に入りの三人は、授かったスキルが立派なばかりで、まるで訓練しないから上達せん」
「毎日、新しい服や宝石をねだり、男あさりをし……大貴族の娘でもあそこまで贅沢せぬぞ」
「辺境の聖女は美しい……もう一度、あの絵を見たい」
「というか、本人に会いたい……」
「辺境の聖女ミズキちゃん……」
「誰だよ、ミズキちゃんを追い出した奴は!」
貴族たちは辺境の聖女ミズキちゃんの話題で、ますます盛り上がっていった。
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