第17話 友達が増えた

 セドリックが王位継承権一位になったのを祝って、貴族たちが馬に乗って森に集まり、狩りを行っていた。

 その森は王室が厳重に管理している森で、極めて弱いモンスターしか生息していない。貴族たちがお遊びの狩りに使うための森だ。


「実際に王座についたというならともかく、継承権が移動しただけで祝う必要なんてないと思うけどね。ブルースのものだったのが僕のものになった。なら、また別の誰かのものになるかもしれない」


「あら、セドリックお兄様。あと誰に移るというのですか?」


「君が残っているよ、ミリアンヌ。個人的には君が女王で、僕が将軍というのが理想なんだけど」


「お戯れを。客観的に考えれば、セドリックお兄様が国王になるのが一番に決まっていますわ。将軍だなんて、たんに戦いたいだけでしょう」


「確かに戦いたいんだけど。ミリアンヌを女王に推すのは、割と真剣なんだよね」


「……セドリックお兄様が真剣でも、わたくしにその気はありません。お父様も貴族たちも同じでしょう」


「だろうね。それが困ったところだ」


 セドリックは真剣な表情で呟く。

 戯れではないとミリアンヌは知っていた。


 この人は国王の器だ。実際に王座についたら真剣に職務を果たすだろう。

 だが、乗り気ではない。

 可能なら一生、剣を振り回すことだけを考えて生きていたいと思っている人間だ。

 将軍になりたいと言ったが、実のところ、それさえ本心ではない。ただの兵士……なんなら自由気ままな冒険者になりたいと思っているだろう。

 王子の身分でそれは不可能なので、遠慮して将軍と言っただけだ。


 ブルースが王位継承したら国が大変なことになると知っていながら、追い落とそうとしなかった。

 ブルースが自爆して、ようやくミリアンヌが望む形になった。


 しかし油断してはならない。

 ブルースはまだ生きている。

 彼は王の器ではないし、王になってやりたい政策もない。なのに王座だけは欲している。

 セドリックとミリアンヌが死ねば、国王の子供はブルース一人になる。

 そこまでやるとは思いたくない。思いたくないが、備えは必要だった。


 そのとき。森に悲鳴が響き渡った。

 こんな場所にいるはずのない強力なモンスター、羽なしドラゴンが現れたのだ。

 油断しきっていた貴族たちはおろか、護衛の騎士まで狼狽している。

 が、ミリアンヌはすでに手を打っていた。


「念のため、ミズキさんに魔法返しの札を作ってもらいましたが、本当に役立つとは……」


 森の至るところに、その札を貼っていた。

 羽なしドラゴンを『召喚』した術式は妨害される。

 そして発動後に妨害された術式は、高確率で本人のところに返る。

 羽なしドラゴンは現れたときと同じく、突如、森から幻のように消えてしまった。

 今のはなんだったんだという声が上がる。


「ミリアンヌ。あの辺に張ってある札……辺境の聖女が作ったのか?」


「そうですわ」


「僕は身体強化魔法と、いくつかの攻撃魔法しかまともに使えないから、あの手のは素人だ。それでも凄いものだと分かる。辺境の聖女ミズキか……よし、いっそ、その子を国王にしよう」


「セドリックお兄様。さすがにそれはないですわよ……」


 その頃。

 ブルースは森の反対側で、自分が召喚した羽なしドラゴンに噛み千切られて死んでいた。

 無惨な死体は数日後に発見され、極めて地味な国葬が執り行われた。


        △


「――という顛末でしたの。生きている間はウザったいことこの上ありませんでしたが、小さい頃はまだマシでしたので、そのときを思い出して、なんとかブルースお兄様を弔う気持ちを湧き上がらせましたわ」


「なるほど。それはお疲れさまです」


 伯爵の屋敷の庭でミズキはミリアンヌとお茶している。

 肉親の死にそこまでドライなのはどうかと思った。が、ミズキとて母親が死んでも、そう悲しめないだろう。

 血が繋がっているからいいというものではないのだ。その逆も成り立つ。


 王都とストーンリーフの町は馬車で三日。

 途方もなく遠いわけではないが、気軽に遊びに行くほど近くもない。

 なのにミリアンヌは、こうしてミズキに会いに来てくれる。それが嬉しい。


「ところでミズキさん。やはり王都に住むつもりはありませんの?」


「今のところ皆無ですね。なにせこの町には行きつけの美容室があるので」


「そうですか。では、この町にいたままで結構です。ミズキさんに『宮廷錬金術師』の役職を与えます」


「なんですか、それ? 私のスキル、錬金術とは別物と思いますけど」


「まあ簡単に言えば、王家が後ろ盾についている錬金術師ですわ。このペンダントを見せれば、どの貴族も、どの大商人も、ミズキさんに協力してくれるでしょう。実際に錬金術を使えなくてもいいのです。ミズキさんは錬金術みたいなことをできるのですから」


「……このペンダントを受け取ると、どんな義務が発生するんですか?」


「ほかの者はともかく、ミズキさんに義務を与えようとは思いませんわ。自由にさせたほうが、凄いことをしそうなので。まあ、たまにお願い事をするかもしれません。暇でしたら、わたくしの願いを聞いてくれたら嬉しいですわ」


「……これは友達からの贈りもので、私はたまに友達のお願いを聞けばいい、という解釈で合ってます?」


「友達……ええ、はい! ミズキさんとお友達になりたいと思っていたのです。ミズキさんからそう言っていただけるなんて、今日は素晴らしい日ですわ~~」


 ミリアンヌは大はしゃぎだ。

 そんなに喜ばれると、ミズキまで嬉しくなる。

 自分でペンダントをつけようとして、ふと思いとどまる。


「どうせならミリアンヌさんにつけてもらいたいです」


「ええ、喜んで!」


 こうしてミズキは宮廷錬金術師という地位を得て、同時に、ミリアンヌという友人を得た。

 地位のありがたみはまだ分からないが、友達が増えるのは嬉しいと、この世界に来て実感できた。

 異世界転移してよかった。心の底からそう思う。

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戦闘職しか要らないと追放されたので創造スキルで無双します 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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