第15話 王宮の騒動

 ミリアンヌは、ミズキが作った十本の魔法剣を王宮に持ち帰った。

 それらを騎士団に装備させ、貴族たちの前で実演させた。


 大型の馬車を一瞬で灼熱の渦で包む、炎の魔法剣。

 その巨大な炎を一振りで鎮火させてしまう、氷の魔法剣。

 ミズキの能力に懐疑的な貴族もまだいたが、そんな彼らも剣の威力を認めるしかなかった。


 ただ第一王子のブルースだけは、自分が追放したミズキが優秀であると認めがたいようで、必死に言葉を探している。


「た、大した魔法剣じゃない! 宝物庫には、もっと強い魔法剣があったはずだ……!」


「それはつまり、王家に代々伝わる秘宝でなければ、これらの魔法剣の比較対象にならないということですわね、ブルースお兄様?」


「そうじゃなくて……こんなの魔法道具屋に行けば普通に売ってるだろ! それを買ってきて、あのミズキとかいう女の作品だと偽っているんだろ!」


「希少かつ、ドワーフでさえ加工が難しいというミスリル鉄で作られた剣が? こんなに強いエンチャントが施されている魔法剣が普通に売っている? さすがはブルースお兄様。そんな店を知っているのですね。では今すぐ騎士団全員分を買い集めてくださいまし。マグナリア王国は無敵となります」


「ふざけるな! こんな魔法剣、何十本も売ってるわけないだろ!」


「……そうですわね。自分の発言を数秒で覆すその機転、感服しますわ。とにかく、これらの魔法剣は、金で手に入る類いの代物ではありませんわ。辺境の聖女が作ったのです。セドリックお兄様の召喚石で呼び出した辺境の聖女が! ブルースお兄様が追放した辺境の聖女が!」


「ぐっ……」


 ブルースはなにか言いたげだったが、咄嗟に反論を思いつかなかったらしく、呻くのみだった。

 今まで第一王子派だった貴族でさえ、ブルースに冷ややかな視線を向けている。


「貴重なミスリル鉄があればこそ、という側面もありますが、これほどの魔法剣を作れるなら優秀と言わざるを得ませんな」

「聞けばポーション作りの名人とか」

「ストーンリーフの町で売られているシャンプーの評判もいいですぞ。妻がわざわざ取寄せて使っています」

「それより、あんなに華奢なのに強いというのが最高ですぞ。辺境の聖女の絵を見ましたか? 凜々しさと可憐さを兼ね備えた姿……まさに芸術」

「やはり辺境の聖女しか勝たん」

「辺境の聖女のような娘が欲しいですな」

「むしろ母になって欲しい……」

「ミズキママぁぁぁぁぁっ!」


 こうしてミリアンヌは、ブルースの求心力を完全に失墜させ、辺境の聖女の人気を強化することに成功した。

 人気が強化されすぎて一部がおかしなことを言い出したが、ミリアンヌも『辺境の聖女フィギュア化計画』とか『ミズキさんを妹にしてお姉様って呼ばせたいですわ』とか妄想しているので、そういうものなのだ。ミズキには謎の魅力があるのだ。


        △


「おい、貴様ら! いつまで俺の金でダラダラ遊んでるんだ! いい加減、真面目に訓練しろ! 俺の面子を潰すな!」


 ブルースは自分が擁立した三人に怒鳴り散らした。

 が、彼女らは第一王子の恫喝にも動じず、ソファーに寝転んでダラッとしていた。


「王子、急にマジになってどしたの?」

「ギャハハハ! 必死で受けるんですけど」

「俺は未来の国王だから好きなだけ贅沢させてやるって言ったの王子じゃん。つーか、あたしら、こないだ騎士をボコッたじゃん?」


 ブルースは自分の不真面目さを自覚していた。

 しかし三人の話を聞いていると、ブルースでさえ頭が痛くなってくる。


「三人で一人の騎士を倒したのを自慢するな! 俺が欲しいのは、一人で百人の騎士を倒す人材なんだよ!」


「ギャハハハ! ウチら無敵だからできるっしょ。全滅させてあげよっか?」


「……実際にうちの国の騎士を全滅させられたら困る。実力を見せるというなら……そうだ! 近いうちに、大規模なモンスター討伐遠征が計画されていた。お前ら、それに参加しろ。戦果を上げて、貴族共に力を見せつけろ! じゃないと、もう贅沢させないぞ!」


「は、ダル……」


「ダルいとか言ってる場合か! お前らと一緒に召喚した……あのミズキとかいう奴は色んな実績を上げてるんだ! あんな陰気な見た目なのに実は有能とか詐欺だろ! くそ、貴族共め……追い出したときは誰も止めなかったくせに、今になって俺の判断が間違ってたみたいに言いやがって!」


「ミズキが有能? なにそれ?」


 ブルースは、ミズキが『辺境の聖女』と呼ばれていること。彼女が魔法剣やポーションを作って尊敬されていること。モンスターとの戦闘でも勝利を重ねていることを語ってやった。


「はあ? あの日本人形が、髪切ったら実は美少女で聖女? ありえないっしょ」

「ギャハハハ! あいつよりウチらが下とか、この世界の連中、見る目なさすぎて笑えないんだけど」

「ダルいけど、王子の立場が危ういとあたしらも困るし。日本人形ごときでも戦えるなら、あたしらが本気出せば、モンスターとかすぐ全滅だし。ちょっとだけ仕事するとしますか」


 三人はソファーから重い腰を上げた。

 食べ過ぎて体が丸くなり、本当に重そうだった。


 ブルースは騎士団に「転移者三人を参加させろ」と命令する。

 騎士たちは嫌そうな顔をしていた。

 気持ちは分かる。

 ブルースとて最初は、この世界にはないタイプのメイクをする彼女らに魅力を感じた。貴族の女性のワガママに慣れていたので、なんでも叶えてやるつもりでいた。

 が、三人のワガママは限度を知らなかった。

 正直、持て余している。


 しかし、自分が召喚した三人は最強のスキルの持ち主ばかりだと自慢しまくったので、今更、後に引けない。

 まして、第二王子セドリックの召喚石で呼び出したミズキが圧倒的に有能なんてことになれば、本当に王位継承権が危うくなる。

 というか、すでにそうなっている。


(いや、まだだ。三人がモンスター討伐で少しでも実績を上げれば、それを大げさに誇張してやる。セドリックは公明正大だから、あいつが国王になったら汚職がやりにくくて困る貴族は多い。そういう奴らは、きっかけがあれば俺の派閥に戻ってくる。一緒に誇張して言いふらしてくれるはずだ)


 ブルースは自分が軽薄だという自覚がある。

 その軽薄さが売りなのだ。

 国王になったら政治なんかやらない。

 誰かに任せて遊びほうける。

 喜んでお飾りの王になる。

 ブルースの望みは、王の地位を使って、金と女を思いのままにすること。あとは知らない。

 そういう国王を求めている勢力は確実にいる。むしろ多数派だ。


 問題なのは、そういう勢力からさえ「うーん、さすがにブルースはアホすぎて国が滅ぶかな。国ごと滅んだら搾取できないなぁ」と思われていることだ。

 それを「まあ、このくらいのアホなら担ぎ上げても国が滅びないかな」と思わせたら勝ちだ。


「くく、見ていろミリアンヌ。貴様の望みはセドリックを王にして、この国をよくしたいのだろうが、そうはいかん。俺が玉座に座って、今よりもモテモテになってやる! 宰相やら大臣やらが国政を壟断しようと知ったことではない! 俺は汚職を見て見ぬ振りするぞ、わはははははっ!」


 ブルースは勝算を持って三人を送り出した。 

 しかし裏切られた。

 ウチらマジ最強とか言ってたくせに、いざモンスターを目の前にすると、泣きわめいて逃げ惑い、ただ騎士団の足を引っ張るだけだったという。

 力は強いが度胸はミジンコという足手まといを三人も抱えても、モンスター討伐は大成功を収めた。


 第二王子セドリックが大活躍したのだ。


「一人の死者も出さずに遠征を終えられて安心しました。僕の力? いえ、妹のミリアンヌが用意してくれた炎と氷の魔法剣があればこそです。これは辺境の聖女が作ったものです。本当に素晴らしい才能だと思います。グラニートバーグ伯爵が提供してくれたポーションも多くの命を救ってくれた。確か、このポーションも辺境の聖女の手によるものでしたね」


 王宮に帰ってきたセドリックは、勝利を讃える貴族たちに囲まれ、そんな話をしていた。


「くそっ、勝ったなら勝ち誇れよ。なんで他人を讃えてるんだ。あいつは強くて謙虚で優しくて正義感があって……本当に嫌な奴だな! 俺よりモテる男は死ね!」


 とりあえずブルースは、あの三人に説教しようと思った。

 せめて三人で一匹でもモンスターを倒してくれればよかったのに、三人が逃げ惑って戦場を掻き乱したせいで怪我人が増えたという。

 擁護しようがない。

 ブルースじゃなくても説教する。


 ところが三人が見つからない。

 兵士たちに探させる。

 そうしているうちに、一部の貴族から「あの三人がいきなり部屋に押し入ってきて、宝石を盗んでいった」と信じがたい報告が上がってきた。

 現に兵士たちも、貴金属を持って王宮を走り回る三人を目撃していた。


「捕まえろ! 最悪、殺してもいい!」


 ブルースは命令を下す。

 しかし、あの三人はモンスターと戦う度胸がなくても、優秀なスキル持ちである。

 兵士が数人、死体で見つかった。


「なんで人を殺す度胸はあるんだよ!」


 度胸があるから殺したのではなく、追い詰められたから咄嗟に殺したのだろう。「マジで死ぬとは思わなかった」とか言うに違いない。


「げっ、王子だ。いつもノロマなのに今日に限って素早いし」

「ギャハハハ! ウチら、モンスターと戦わせられるの嫌だからバイバイすっから」

「モンスターがあんなに大きくて沢山いると聞いてなかったし。慰謝料として宝石とかもらっていくから」


 三人は王宮の壁を飛び越え、どこかに消えてしまった。


 それからしばらくして国王から発表があった。

 王位継承権一位をブルースからセドリックに移すという。

 反対する者は一人もいなかった。

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