なーろっぱ世界における働き方改革

鵜久森ざっぱ

 

なーろっぱ世界における冒険者災害保険の審査はめんどくさい

第1話

 ヒーロー。

 すごい能力を持ってて、魔王を倒しちゃうような派手な活躍して。

 誰からも尊敬されて、注目されて、あこがれられて。

 ──そんな、物語の主人公みたいな人のことだと思う。


 だけど。

 どこから見ても平凡で、別に活躍もしなくても。

 誰からも期待もされなくて、道を歩いていても誰も振り返らなくて、名前なんか誰も知らなくても。

 ……勇者みたいに派手じゃなくても、困ってる人を助けたり、助けられたり。誰にも気づかれなくて目立たなくても、誰かを支えてたりする。

 ──そんな、お話にすら出てこないような人たちこそ。


 ……この世界に一番必要なんだって思う。



 ダバシの街の中心部の川にはいくつか支流があって、その一つをたどっていくと冒険者ギルドの本部にたどりつく。

 ……あ、ダバシの街っていうのは、王様のお城からちょっと北……北西?くらいにある、冒険者が集まってくるとこね。

 ここから北に伸びる街道はまだ未開で、山賊や魔物がよく出現するエリア。だから北の土地へ行く商人たちや、魔物に困ってる村人なんかが、冒険者を探しにやってくる。

 で、冒険者も仕事を求めてこの街に集まってくる。

 冒険者ギルドの本部がこの街にあるのも当然、ってカンジの、そんな街。


 この冒険者ギルド本部の建物、すごく古い。

 だいたい70?80年くらい使ってるらしいんだけど、丁寧に手入れも補修もされてるし、昔風の装飾を大事にしてる堅実で質素な作りで、そんなところがあたしは好きだった。

 一階に受付があって、パーティーの募集やクエストの受注をする場所になってる。

 食堂……っていうか酒場にもなってるから、夜になるとクエストから戻ってきた冒険者たちが飲んで騒いで、すごくにぎやかになる。


 二階から上はギルドの事務所になってる。

 冒険者の登録、クエストの依頼窓口のほか、冒険者のスキルアップや引退したあとの支援をする窓口もある。

 そして、冒険者どうしやパーティー内部でおきたトラブルを仲裁・解決するための部署──冒険者部──が、あたしの職場だ。



 あたしの名前は、アリス・アプリコット。

 元冒険者。

 辺境の貧しい農家に生まれたあたしは、15になると村を出た。

 小さい家と狭い畑は兄が継ぐことになってたし、姉たちのように狭い村の中で結婚相手を探すのはイヤだったから。

 そんな身分もお金もない人間がたどり着くのは、決まって冒険者だ。

 不安定だし危険も多いけど、自分の能力次第でお金を稼げるし、のし上がることだってできる。

 だから、あたしは生きていくため、食べていくために、その道を選んだ。


 とりあえず身に着けたのは、ヒーラーの能力スキルだった。

 ヒーラーっていうのは、戦士みたいな筋肉がなくても魔法使いみたいな魔力がなくても、薬草やポーションの知識があればなんとかなる職業だった。

 お金を稼ぐためには、誰かに必要とされなきゃいけない。

 あたしは必死に勉強して、家を出る前にためたお金でどうにかヒーラーと名乗れる程度の能力スキルを身に着けることができた。

 そして、初心者ヒーラーでも拾ってくれるパーティーをどうにか見つけてもぐりこんだ。


 ……だけど。

 そのパーティーはいわゆる「ブラックパーティー」だった。

 リーダーは、ヒゲを伸ばし、本人はかっこいいと思っているカツラをかぶっていた。性格は横暴で自分勝手。自分に逆らえないようにわざと低レベルの駆け出しの冒険者だけを集めて、無理やり言うことをきかせるような男だった。

 最初に約束したクエストの分け前なんて大嘘。

 戦闘で足を引っ張っただの、指示を無視しただの、なんだかんだ適当な理由をつけて分け前を減らすのは当たり前。意味もなく厳しいルールでしばりつけて、文句を言おうものなら暴言暴力で脅す。逆らおうものなら半殺しにされる。

 リーダーと駆け出しのあたしたちとじゃレベル差がありすぎて、手も足も出なかった。


 あるとき、とうとう耐えきれなくなったメンバーたちが集団でギルドに駆け込んだ。

 その次の日──もう、ギルドから調査官が派遣されてきた。

 その調査官はメンバーたちからパーティーの実態を聞き出すと、ギルドに登録されているパーティーの情報から、受注したクエストの内容や報酬、メンバーへの分配金の額、元パーティーメンバーへの聞き込みまでを、あっというまに進めた。

 ……その頃のあたしは知らなかったんだけど、ギルドにはギルド法というのがあって、冒険者同士がトラブルになったとき、レベルの高さやクラスの違いで弱い冒険者を守ったり、リーダーが好き勝手にできないように、いろいろな決まりごとがある。

 調査官はギルドの資料からリーダーの違反行為を一つ一つ丁寧に調べ上げ、メンバーの訴えが正しいことを確認して、パーティーリーダーはギルド法によって処罰されることになった。

 そして、あたしやほかのメンバーは本来の分け前を受け取ることができた。

 そのとき初めて、あたしは冒険者を守り後ろから支える人たちがいることを知った。


 あたしは、冒険者を辞めた。

 まとまった金額を手にできたから、そのお金でギルドの職員になるための勉強を必死でやった。

 文字の読み書きから数字の計算、ギルドの法律……。

 ギルドの職員になるためには、ギルド試験に合格しなければならない。

 ベテランの冒険者でもなかなか合格できない難関。だけど、あたしは死ぬ気で頑張った。

 最初に入ったのがブラックパーティーで懲りたっていうのもあるけど、それだけじゃない。

 あたしがギルドに救ってもらえたように、今度はあたしが誰かを救いたかったから。


 そして、1年後。

 無事にギルド試験に合格したあたしは、期待の新人として、ギルドの職員総出で大歓迎された。

 ギルドの職員になるのは、体力が落ちてきて引退した元冒険者か、読み書きのできる貴族か商人の子女がほとんどだったところに、弱冠18歳、最年少のギルド試験合格者。

 しかもトップの成績での合格。

 期待に満ちた目で、あたしは迎え入れられた。


 あたしは、希望通り冒険者を支援するための部署に配属された。

 後から聞いた話だとあたしはいろんな部署から引っ張りダコだったらしい。


 冒険者のパーティー探しやスキルアップの支援をしたり、パーティー内でのトラブル相談に乗ったりする、冒険者部。


 ────あのとき。

 あたしをブラックパーティーから救ってくれた、あの調査官の人も、きっとこの部署にいるはずだ。

 遠くからちらっと見ただけだったし、名前も顔もわからない。

 結構若い感じの、男の人だったのは覚えてる。


 や、別にその人に会いに来た……ってわけじゃないんだけど。

 ただもし会えたなら、ちゃんとお礼を言いたいって思ってる。

 あなたのおかげで、ここまで頑張って来れました────って。

 そして……これからはここの職員として、その人と一緒に冒険者を支えていくんだ。


 ……そう、思ってたのに。



「どーーーおして?!」


 イライラしてあたしは叫んだ。

 感情のまま机をドン!と叩く。書類が揺さぶられて埃が舞う。


 ギルド本部2階、冒険者部庶務課。

 その隅っこの、書棚で囲まれた狭いスペース。

 書類がごちゃごちゃに積み重ねられてて、埃まみれで、窓からの日差しもろくに届かない空間。

 ……そこが、あたしの席だ。


「あたしが!雑用押し付けられてるわけ!?」

「きみが問題児だからだろ」


 書類の山の向こうから不機嫌そうにつぶやく声。

 イラっとして顔を上げると、向かいの机の男と目が合った。

 同じように書類の山に埋もれた机に足を乗せて、文字通りふんぞり返るような姿勢。貴族のような上質の衣装を着ているくせに、癖っ毛も気にもせず不健康そうな色白の肌。ちょっと幼く見える顔立ちで、小生意気そうな表情。


「……ちょっと。問題児ってどういう意味?」

「最近のギルド試験は語彙力がなくても合格できるのか?……問題児というのは、問題ばかり起こす面倒なやつのことを言うんだ」

「単語の意味を聞いたんじゃないんだけど?!」


 こいつはルズ。

 たしか本名はテイルズ=なんとかっていう、どっかの貴族の息子だって聞いてる。

 ギルドに影響力のある家柄らしくて、試験もなしにコネでもぐりこんできた、いいとこのボンボン。

 ────偉そうにしてるだけでろくに仕事もしない、特別扱いが当然だと思ってる、あたしの大っ嫌いな、この世界で最も必要じゃない人種。

 ────あたしのイライラの主要因だ。


「いいか」


 つまらないものを見るような、見下したような目でルズは言った。


「ぼくがきみに頼んだのは書類の整理だけだ。それ以外はなに一つ、紙魚シミの卵ほどの大きさの期待も抱いちゃいない。ただ黙って静かに、手だけを動かしていればいい」

「それがおかしいって言ってんのよ!」


 ムキになって言い返すと、ルズはヤレヤレと肩をすくめた。


「どうせ誰も引き取らないのなら、溜まった書類の整理と掃除くらいはできるだろうと思って拾ってやったんだ。むしろ感謝して欲しいくらいなんだが?」

「人を捨て猫扱いしないでくれる?!」


 ────忘れもしない、仕事初日。

 まずは直接冒険者の悩みを聞くところから、ということで、あたしは最初に相談窓口に配属

された。

 そこでパーティー新設の相談にやってきた冒険者に、正しいギルド法の知識とリーダーとしての正しい在り方を説明してあげた。

 次にパーティーリーダーとのトラブル相談に来た冒険者には、悪徳パーティーとの戦い方やギルド法を正しく知ることで自分を守る方法なんかを伝授してあげた。

 困ってる冒険者を正しい知識でサポートしてあげて悩みを解決してあげるこの仕事は、あたしに向いている!と思ってた。

 ……んだけど。

 なぜか上司は青い顔をして、もうちょっとほかの部署も経験してみようか、と遠回しに別の部署に回されそうになるし、じゃあどこの部署に行く?みたいな話になったときには、どの部署の誰も手をあげなかった。


「おかしいでしょ?!

 初日だし、ギルドの仕事初めてだから……いろいろ、失敗したかもしれないけど!」

「あれだけ持論を堂々と語る新人は初めてだろうからな」


 思い出したのか、おかしそうにルズは笑った。


 納得いかない。

 あたしは人助けをするためにギルドに入ったのに、なんでこんな扱いされるわけ?

 ……まあ、確かにちょーっと熱く語りすぎたかも知れないけどさ。

 でも、 毎日ただ書類を眺めているだけでろくに仕事もしない、そのくせ誰からも注意されないしクビになる心配もない。まったくいい御身分のヤツに嫌味まで言われる筋合いなんかないっつの。


「ここはトラブルを解決するための部署なのに、トラブルを煽るようなことばかり言うからだ。見ている分には面白かったがな」

「あたしは面白くないんですけど!?」


 言い返してやろうと立ち上がったところで、後ろから声をかけられた。


「やあ……にぎやかだねえ」




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