第12話

「今時追放とか、ほんっとありえない」


 割と大きな声で話している二人。

 片方は不似合いなほどに大きな三角帽子に明るいカーキ色のローブの、いかにもな魔法使い風の女性。

 だいぶお酒が入っているようで、手振りで話す動作も料理をつまむ手つきもいちいちオーバーアクションだ。


「ねぇ~!ちょっとウケるよねぇ~!」


 その向かいで手をたたいて大声で笑っているのは、軽量の皮鎧レザーアーマーの女性。座っている横に弓と矢筒が置かれているのを見ると、おそらくアーチャーの能力スキル持ちだろう。


「ウワサだとよく聞くんだけどさぁ~、ウチらが追放されるとかマジウケるんだけど~!」

「まあ、そういうことしそうなリーダーだったけどね」

「もぉいっそさぁ~、ギルドの交流掲示板にあることないこと書き込んじゃおっかぁ~?パーティー名つきでぇ~!」

「いいんじゃない。このパーティーは古株メンバーを無用だからって突然追放する悪徳パーティーだ、って」

「ギャハハハ!いいねそれぇ~!」


 周囲の喧騒の中でひときわ目立つくらいの大声で笑いながら、アーチャーは干し肉を豪快に食いちぎった。女魔法使いも小皿の木の実をつまんで、マグの酒を飲み干した。



「なにそれ!ひっどい話じゃない!」


 つい口に出してしまってから、あたしは慌てて口をふさぐ。

 幸い周囲がうるさすぎて、相手には聞こえてなかったみたいだった。


 追放。

 冒険者は、基本的にパーティーに所属する。

 一人だけでこなせるクエストはほとんどないし、複数人で行動するなら必然的に連携が求められるから、自然と固定されたメンバーで行動することになる。

 だから、リーダーはパーティーに入れるメンバーを慎重に選ぶ必要があるし、メンバーはリーダーの指示に従うことが求められる。自分勝手な行動をするメンバーがいれば、パーティー全員に危険が及ぶことだってあるからだ。

 だからリーダーの責任は大きい。それに伴って、リーダーの権限はギルド法でも認められている。

 ただ、だからってなんでも好き勝手にできるわけじゃない。

 当然、合意もなしにいきなりパーティーから追放するなんて、許されることじゃない。


 メンバーにだってそれぞれに生活があるし、冒険者としての権利だってある。

 もしいきなりパーティーから追放されたら、当然だけど収入がなくなってしまう。

 食費だってタダじゃない。それに、街にいる間はそこらへんの路地で寝るわけにもいかないから宿代がかかる。昔は貧乏な冒険者は馬小屋で寝る、なんてこともあったらしいけど、今そんなことをしたら、馬小屋に泊めた人まで罪に問われてしまう。


 かといって、次のパーティーを探すのだって簡単じゃない。

 まず自分の持っている能力スキルを必要としているパーティーを探す必要があるし、レベルが合わなければそれも意味がない。

 貯金があるならまだ時間の余裕はあるけど、ほとんどの冒険者は収入があればパーッと使ってしまうことが多い。

 ギルドにはパーティーから追放された冒険者を助けるための冒険者失業給付金があるけど、それだっていつまでももらえるわけじゃない。

 ────食費も宿代も払えない冒険者は、街を離れるしかない。だけど、冒険者になるような人間が行くあてなんて、ほとんどない。

 あとは奴隷に身を落とすか、山賊になって他の冒険者に討伐されるか、どこかで野垂れ死ぬか、になる。


 ……追放っていうのは、そのくらい大変な問題だ。

 そんな問題に直面している人たちを、困ってる人たちを、あたしはほっておけない。



「きみがなにを考えているのか、当ててやろう」


 ルズの声に、あたしは顔を上げた。

 ルズは口に入れていた肉の塊を飲み込むと、ナプキンで口元を拭った。


「……まあ、そんな思わせぶりなことを言うまでもなく丸わかりだけどな。だから先に言っておいてやる。余計な口は出すな」

「なんでよ」


 不満げに、あたしは口をとがらせる。

 ルズはスープの皿を持ち上げると、少し匂いを嗅いでから……器に直接口をつけて飲み始めた。

 ……自分もたまにやることあるから一瞬スルーしかけたけど、貴族さまにしてはちょっとお行儀が悪いんじゃないの?


「これは────きみへの忠告なんだが」


 スープを一息に飲み終えてから、ルズは続けた。


「今日の夕方────たしか、部長がきみに、こう言っていただろう?

『窓口が閉まっている、業務が終わった後の時間に、勝手に冒険者の相談に乗ったりしないように』

 ……とね」


 続いてルズはパンをちぎって、口に放り込んだ。


 ……いや、うん。

 あたしが帰るちょっと前に、確かに部長に、そんなことを言われたのを覚えている。


「だからなによ」

「部長たち、奥のテーブルで飲んでいるぞ」


 驚いて、あたしは店内を見回した。

 人が多すぎてぜんぜんわからなかったけど、冒険者にまじってギルド職員っぽい服装の人がちらほら見える。

 見知った顔は見つからなかったけど、たしかに部長や同じフロアの人がいてもおかしくない。


「そもそも、きみはトラブル相談窓口の担当じゃないし、窓口対応の時間も過ぎている。

 それなのに勝手にギルドの職員を名乗って、相談業務を行うのは、さすがに懲戒処分の対象になったとしてもおかしくはないんじゃないのか?」

「それ……は……」


 懲戒処分。

 もちろん、ギルド職員はもっと厳格にギルド法が適用される。

 ただ────前回だって、冒災保険の書類を作るように言われたのに、部長の指示を無視してしまった。

 結果的にはお咎めなしになったけど、連続でやらかしたらわからない。

 懲戒処分の一番重たいものになれば、それこそ解雇────追放、なんてことになりかねない。


「────だからってね」


 パンをもぐもぐと口に運ぶルズに、あたしは言った。


「困ってる人が目の前にいるのに、ほっとけるわけないでしょ」

「どうせ」


 ため息をつきながら、ルズはパンを飲み込む。


「きみが相談に乗ったところで、ここで出来ることなんて、なにもない。

 彼女たちの証言を裏付けるためには、該当するパーティーの内情調査が必要だし、他のパーティーメンバーから聞き込みもしなければならない」

「う……」

「結局今きみができるのは、せいぜいギルドのトラブル相談窓口を案内することくらいだ。そして、問題解決にはそれが一番手っ取り早い」 

「だ……っ……だけど、話を聞くだけでも彼女たちの助けになるかもしれないし……!」


 最後の肉の一切れを味わった後、サラダに手を付けるルズにあたしは言った。

 新鮮なレタスを齧ってから、ルズは口を開いた。


「ま、そう焦ることもないさ」

「焦るって……」

「ひとまず、ここは様子を窺おうじゃないか。本当に助けが必要かどうか、きみが手を貸すべきなのかどうか、見定めるのはそれからでもいいんじゃないのか?」


 ルズにしては、まともな提案だった。

 今のところ、彼女たちの愚痴が聞こえてきただけの状況。

 本当に困っているのか、それとももっと別の悩みがあるのか、それはまったくわからない。

 様子を見るというのは、確かに悪くないかもしれない。


「それに」


 慣れた手つきで、ナプキンで口元を拭うルズ。

 こういうところだけ、貴族っぽいしぐさなのがズルい。


「なかなか面白そうな話だ」



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