第11話
「それはさっきも聞いたわ」
「きみがぼくにお礼をしたい、というのなら、これほど絶好の機会はないと思わないか?」
こンのクソ貴族さまが。
思わず口にしそうになって、なんとかこらえる。
こいつが無茶苦茶なことを言い出すのはいつものことだけど、さすがにこれは呆れる。
「あのねえ……お礼なら、ちゃんと言ったじゃない」
「言葉だけ、ならばな。まさか、それだけでお礼を済ませるつもりなのか?」
「……あんたねえ」
どんだけ図々しいのこいつは!
さすがにイラッとして、つい口調がキツくなる。
しかし、ルズは涼しい顔だ。
それどころか、ヤレヤレと肩をすくめる。
「しかたがないから、特別に教えてやる。
……きみが今、どれほど幸運な提案を受けているのかをな」
「幸運って……」
「いいか?
ぼくに謝礼をするということは、ただ感謝を伝えるということではない。きみがぼくに対して恩を返すことで、こういうやり取りをした、という事実ができる。すると次にどちらかが借りを作ったとしても、同じように恩を返してもらえる、という前例ができる」
「はあ?そんなの当たり前じゃない。恩だの借りだの、大げさなこと言わなくても……」
「残念ながら、そうではない人間も多くいる」
そう返されて、あたしは言葉に詰まる。恩を返さない人間というのはどこにでもいるからだ。
それどころか、人をだまして当たり前、なんて人間だっている。実際に、あたしは平気で人にウソをついてこき使うような人間のパーティーで冒険者をしてた。
それだけじゃない。
あたしのいる、パーティートラブル対応窓口には、平気で恩をあだで返すような案件を毎日のように目にする。
恩を返して当たり前、っていうのは、確かに甘い感覚なのかもしれない。
「そして────大事なのはここからだ」
ちらっとテーブルの上に目線を走らせてから、ルズが言った。
「……これでも一応、ぼくも貴族の端くれでね。通常ならば、貴族はこうした恩の貸し借りは、めったにやらないんだ。
────めんどくさい人間が多いから、というのもあるが、家格だの血縁だの、因縁だの過去の恩讐だのが山盛りのスパゲッティーのように絡み合っている。
おかげで謝礼一つとっても大事になりがちだ」
貴族の世界がどうなっているかなんて知らないし興味もないけど、めんどくさい人間が多い、っていうのはわかる。すごくよくわかる。
あたしが黙っていると、ルズは話を続ける。
「ゆえに……
謝礼というのは言葉ではなく、より物理的なものが好まれる。
貴族同士なら、大体は土地や貴金属、財宝、あるいは婚姻など、メリットがはっきりしているものがいい。
言葉だけでは裏切られたり取り消されたりするからな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
なんだか話が大げさになってきて、あたしは慌てる。
「あんたは貴族だからそれが普通なのかも知れないけど、あたしはそんなこと言われてもお金も宝物も持ってない────」
慌てたからか、顔が赤くなってたのかもしれない。
ルズは口を開けて大きな声で笑った。
「当たり前だろう。きみにそんなものを要求するつもりはないし、期待もしていない」
笑われたのが悔しくて恥ずかしくて、あたしは押し黙る。
「それに、そもそも大したことはしていない。あれはぼくが自分の好奇心から勝手にやったことだからな」
「だ、だったら────」
「だから」
軽くテーブルに身を乗り出して、ルズが言う。
「きみがぼくに、ここで食事を御馳走する、ということで手を打とう」
「……はい?」
自分でもわかるくらい間抜けな声で、あたしは言った。
「さっきも言ったが、ぼくは今日一日なにも口にしていない。つまりとても空腹なんだ。
今なら、きみはぼくの食事代金を提供するだけでぼくに謝礼をすることができる。つまり、貴族に対して恩を返すことができるわけだ。
────こんなチャンスは、めったにないぞ?」
あたしは押し黙った。
……ルズの理屈は、わからなくはない。
それどころか、ルズの言う通りとても魅力的な提案なのかもしれない。
たった一回の食事と引き換えに、平民どころか住所不定な冒険者だったあたしが貴族とつながりを持つことができる。
たとえば商人や職人なら、泣いてすがって代わって欲しいと騒ぐだろう。
けど。
あたしは商人でも職人でもないし、そもそも貴族さまとのやりとりなんてものに興味はない。
っていうか、メンドクサイ。できることならこいつのいる部署から離れたいくらい。
それに。
「なんでゴハン奢ってもらう側がそんな偉そうなのよ」
低い声で、あたしは言った。
いや、こいつが偉そうなのはいつものことだけど。
っていうか、貴族がどうとか、貸し借りがどうとか、やたら回りくどい言い方してるけど、ようするに『お腹すいたからなんかゴハンおごれ』ってことじゃないの?
だったら、それらしい態度とりなさいっての。
そのとき、くぅ~~~っ、とお腹の鳴る音がした。
あたしじゃない。ルズだ。
ルズはじっと返事を待つように、あたしの顔を見つめてくる。
どこか幼さの残る、整った顔。綺麗な髪は手入れが行き届いていないのか、すこしハネている。
────こいつ。
「言っとくけど、メインのお皿だけ、だからね」
諦めににた感情でため息をつきながら、あたしは言った。
ちょっと甘すぎるかも、と自分でも思う。
だけど、お腹が空いているのになにも食べられないしんどさは、冒険者時代にイヤってほど味わっている。
こいつの場合は自業自得だけど。
……目の前で困ってるのに、このまま見捨てるのは、いくらなんでも気が引ける。
「1皿だけだからね。あたしもそんなに贅沢できるほど余裕があるわけじゃ……」
「よし。交渉成立だ」
パアッと笑顔になったルズは、指を鳴らして店員を呼んだ。
そして店員がやってくるなり、壁のメニューを指さして蒸し鶏や高そうなお酒、名前を聞いたこともないようなチーズなんかを次々と注文していく。
「ってちょっと!一皿だけって……」
「……ん?なにか言ったか?」
あたしの話も聞かずに、ルズは一通り注文を終えたあと、ようやく満足した顔でふりむいた。
こいつは……
図々しいのはわかってたけど。隙を見せたあたしが悪いんだけど。
せめて一言文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、ルズは人差し指を口にあてるジェスチャーをした。
「……なに?」
そのまま、ルズは黙って後ろのテーブルを指差した。
そっちに目をやると、見知らぬ女性が二人、割と大きな声で話しているのが見える。
しかも……
漏れ聞こえる内容からして、自分のパーティーへの愚痴っぽい。ときどき『追放』なんて穏やかじゃない単語も聞こえてくる。
これは……盗み聞きじゃないの。
ちらっとルズに目をやると、うきうきと目が輝いていた。
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