第16話

 一旦落ち着こう。

 ついいつもの癖で条文読み上げちゃったけど、法律知らない相手にそれじゃ、わかるはずないよね。

 ちょっと気持ち的に前のめりになりすぎた。反省しなきゃ。


 咳払いしてから、あたしは話し始める。


「ええと、解雇……追放っていうのは……30日前に予告しておかないといけないことになっているの。予告しない場合、原則として30日分の平均俸給を支払わなければならない、っていうのが、冒険者基準法で決められてるわけ」


 説明してみたものの、彼女たちの表情から今一つ納得できていない感がする。

 魔法使いが遠慮気味に口を開いた。


「それはさっきも聞いたけど……それって、どこに言えばお金をもらえるわけ?」

「えっと……リーダーに請求してみて、それでダメならギルドの相談窓口に……」

「それだと、結局めんどくさいことにならない?」

「それは……」


 言葉に詰まる。


「で、でも、そもそも追放は無効になるから!」

「それもさっき聞いたけど……どういうことなの?」

「えっと……」


 困ってる人に問題解決の方法を説明するのは、思ったよりも大変なのかもしれない。

 戸惑っていると、今度は盗賊が口を開いた。


「けどよぉ、それって逆に言えば、30日分の金払えば追放してもいいってことじゃね?」

「マジでー?じゃあオレどんどん追放されよっかなー!」

「いやだからテメェの場合はダメだっつってんだろ」


 剣士のチャチャにツッコミを入れる盗賊。

 あたしも慌てて説明を追加する。


「だ、だからその解雇は無効!

 ……あ、ギルド法だと追放のことを解雇って言うんだけど、解雇はリーダーが好き勝手にできないように決められているの。

 それが、さっき言った客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効、っていうことなのよ」

「はいは~い」


 アーチャーが手を上げる。


「難しい言葉ばっかりでよくわかりませ~ん」

「うっ……」


 またしても言葉に詰まってしまう。

 お、おかしいな……トラブル相談窓口にいた時はこんなじゃなかったハズなのに。


「そりゃ、横で他の連中がフォロー入れてたからだろ」


 すぐ横でルズがつぶやく。


「条文を知っているのと、それをわかるように説明するのは、まるで違う。きみはバカみたいに丸暗記で条文は覚えたようだが、まだまだダメみたいだな」

「う、うるさい!」


 ムキになって言い返す。

 ……いや、指摘はそのとおりなんだけども。

 他人のトラブルを面白がってただ見てるだけの奴に言われたくない。


「と、とにかく!」


 あたしは魔法使いとアーチャーに向き直って、言った。


「ギルドは、困ってる冒険者に力を貸してくれる。だから諦めないで!

 ────あたしは、あなたたちの味方。戦うのはあなたたちだけじゃないから!」


「ああ、そうだな」


 槍使いが、こぶしを握り締めて立ち上がる。


「オレも、力になろう。なんでも言ってくれ」

「いーじゃんいーじゃん!」


 剣士もつられるように立ち上がった。


「みんなで力を合わせるのっていーよなー!いっしょに理不尽なリーダーに鉄槌を下そーぜー!」


 魔法使いは、戸惑うように立ち上がった二人を見ている。

 そんな彼女に、あたしは声をかける。


「大丈夫!

 あたしたちがいれば、絶対に勝てるから!」


 そのとき、あたしの横から盛大なため息が聞こえた。


「そのくらいにしておけ」


 横を向くと、ルズがめんどくさそうにあくびをしている。

 軽くイラッとして、あたしは食ってかかった。


「ずっと見てただけのくせに、そのくらいって……なに偉そうに言ってんのよ!」

「ずっと見てるだけのつもりだったんだがな」



 そのまま、座っていたイスを動かして隣のテーブルに向ける。

 ……ふと見ると、置かれていた料理の皿はすべて空っぽになっていた。


「きみの話は、一番大事なところが抜けているんだ」

「一番大事なところ?」


 また、いつもの回りくどい言い方だ。

 あたしが聞き返すと、ルズは小さくため息をついた。


「大事なのは、当事者がどう思っているか、だ」

「当事者って……」


 魔法使いとアーチャーのほうを見る。

 彼女たちは、戸惑うようにお互いに顔を見合せた。


「あたしは別に……」


 つぶやくように、魔法使いが言う。

 少し考えるような顔をしてから、アーチャーが口を開いた。


「でも、お金もらえるんでしょ~?」

「言えば貰えるならいいけど、あのバカリーダーが素直にお金くれるとは思えないんだけど?」

「う~、それもそ~なんだけど……」


「ギルド法は味方だよ!」


 あたしは叫ぶように言った。


「誰にだって、理不尽なマネをされたのなら戦う権利がある。

 ……あたしが絶対に力になるから!」

「法律というのはな」


 あたしの言葉を遮るように、ルズが口を開いた。


「法律というのは、敵だの味方だのはない。トラブルがあって、当事者だけでは解決できないときに、どういう形で解決するかをあらかじめ決めてあるだけのものだ。

 確かにギルド法にはいろいろと細かく書かれている。

 解雇予告……いや追放の予告か、30日前に言わなければならないことも、日数が足りない場合に支払われなければならない報酬のことも」


 めんどくさそうにため息をついてから、ルズは背後のテーブルからコップを取って、中の水を飲みほした。


「相手が素直に応じてくれるならいいが、話を聞く限りめんどくさそうな相手じゃないか。

もし揉めた場合、かなり長引く可能性がある。

 もちろんギルドのトラブル相談窓口で調停の手助けをすることもできるだろうが、そのためには何度もギルドに来る必要があるし、その都度この街に戻ってくることになる。クエスト中だから行けない、なんてことがあれば、相手とのスケジュール調整からやり直しだ。そうなれば調停にかかる日数はさらに伸びるだろうな」


 その場が、静まり返る。

 誰も言葉を発さないまま、ルズの次の言葉を待っていた。


「……そして、ギルド審判までこじれた場合は、それこそ法律の知識を持った人間に依頼する必要がでてくる。金のかかるリーガルマイスターに依頼することになれば、当然金もかかる。

 そこまでして相手に支払わせることができるのは、せいぜい30日分だ」


 一息に言い終わると、ルズは全員の顔を見まわした。

 困惑している空気が伝わってくる。


「で、でも……それは冒険者として当然の権利で……」

「相手にも不服を申し立てる権利があるわけだが?」


 ビシャリと言われて、あたしは押し黙った。


「それに、それを言うならパーティーリーダーだって同じ冒険者だ」

「それはそうだけど……でも、リーダーとメンバーじゃ立場も力関係も違うじゃない!」

「立場も力関係が違うというのは、パーティーの中での話だ」


 ルズは軽く肩をすくめた。


「メンバーになる冒険者は、パーティーに入るときにリーダーと取り決めをする。報酬の分け前の金額、パーティーでの役割、クエスト中の約束事……

 メンバーは条件が気に入らなければパーティーに入らなければいいし、途中で気が変わったのなら自分から出ていくこともできる。リーダーもメンバーが不必要になったら追放する。それだけの関係でしかない。

 ────法律の上では立場は対等、同じ冒険者だ」


 周囲の反応をうかがっているのか、ルズは黙ったまま、飲み終えたコップをテーブルに置いて手でくるくると回した。

 誰もが困惑したように、お互いに顔を見合わせるだけだった。

 やがて、ルズは言った。


「そして、もう一度言うが────

 本人たちは、どうしたいんだ?」



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