第7話
なにが?なにがわからないって?
あたしが黙っていると、ルズはめんどくさそうに話し始めた。
「……つまり、だ。
冒険者Xは【冒険者Xは普段から言葉使いが荒く性格も粗暴で】、【冒険者として駆け出しでレベルが低いリーダーである冒険者Yの指示に従わなかった】、【他のパーティーメンバーを見下す発言をしていた。】と書かれている。
ようするに、リーダーである冒険者Yだけではなく他のパーティーメンバーからも嫌われていた。それは、普段の冒険者Xの言動が原因だと考えられる」
「まあ普通に考えたら、そうだと思うけど」
いくらベテランでレベルが高くても、リーダーの言うことすら聞かず偉そうで横暴なふるまい、これじゃ好かれる方が難しいだろう。
「……だが、こうした言動をとるのには理由があった、ということだ」
「理由?」
「冒険者Xは、リーダーである冒険者Yの師匠から面倒を見てやってくれ、と頼まれていた。
リーダーやほかのメンバーがどう思っていたかはともかく、冒険者X本人は、他のメンバーの面倒を見て指導する立場にいる、と思っていたわけだ」
「それは……経歴のところには、確かにそう書いてあるけど……」
「と言うことは、だ」
ルズはあたしの真後ろに来て立ち止まった。
あたしは体をねじって、ルズを見上げる。
「冒険者Xが他のメンバーにきつく当たっていたのは、パーティーにおける指導役としての責任を果たそうとしていたから……と言うことができるんじゃないのか?」
「それは……確かにそうかもしれないけど」
あたしは言い淀んだ。
「でも、指導のためだからって、他のメンバーに暴言吐いたり横暴な態度とってもいいってわけじゃないでしょ?」
「指導の仕方が適切かどうかは、また別の問題だ」
ルズはまた歩き出しながら言った。
「少なくとも、冒険者Xは理由もなく威張り散らしていたわけじゃない、ってことだ。
──そして」
ルズは、今度はあたしが警備部からもらってきた方の書類を拾い上げた。
「次はここを読んでみろ」
言われるままに、あたしはルズの示す部分を読み上げる。
「【すこしして戻ってきた冒険者Yは、冒険者Xの発言が聞き取れず、『なぜ怒っているんですか』と聞いたところ、冒険者Yは『合図もなしに、どうして魔法を撃った』と言うので、『ゴブリンシャーマンが狙っていて危なかったから、とっさに撃った』と答えた。
それに対し、冒険者Xは『魔法を撃つときは必ず合図しろと教えただろう』と怒鳴り、これに対し冒険者Yは『いつもあなたが一人で先に行くからだ。後ろは追いつくのがやっとで合図なんてしていられない』と答えた。】」
読みながら、ルズの顔を見る。
ルズは、続けてくれ、とつぶやいて先を促す。
「……【この答弁に激憤した冒険者Xは冒険者Yに掴みかかり、『ひよっこの分際で口答えするんじゃねえ。ろくに戦えもしねえ名ばかりリーダーのくせに』と武器を振り上げて威嚇し、身の危険を感じた冒険者Yはとっさに持っていた短剣で冒険者Xの喉を刺してしまった。】」
読み終えて、あたしはもう一度ルズを見た。
セリフや行動に違いはあるけれど、展開は同じ。……最初に部長が持ってきた「再審査請求書」に書かれていた内容と同じだ。
「……別に目新しい情報はないように見えるけど?」
「大事なのは、ここだ」
なぜか楽しそうな口調でルズが言う。
……目がキラキラしている。
「最初に【冒険者Xは、共通の知り合いであり、冒険者Yの師匠でもある元冒険者Zから紹介されて、初めて会ったもので、それ以前に面識はない。】と書いてあっただろ?
つまり、冒険者XとリーダーYの間には、本来私的な因縁やトラブルはなかったってことだ。
……じゃあどうしてここまで関係がこじれたのか?」
「それは……冒険者Xが、口が悪くて横暴な性格だったから、じゃないの?」
あたしが言うと、ルズはうなずいた。
「そうだ。だが、それだけじゃない」
「それだけじゃないって……」
警備部の調査書を、指でトントン、と叩くルズ。
「ここには冒険者Xが刺された時のやりとりが詳しく書かれている。
……細かいやり取りは保険部でも調べただろうが、おそらく事件とは関係がないと判断されて、調査書には書かれなかったんだろうな。だがこれではっきりわかったことがある。
冒険者Xのセリフは全て、クエストに関するものだ。
口調は乱暴だが、言っていることは全て、戦闘中の注意や指示に関するものばかり。
──これがどういうことか、わかるか?」
あたしは黙って首を横に振る。
ウキウキと話すルズ。
「冒険者Xは『ひよっこの分際で口答えするんじゃねえ。ろくに戦えもしねえ名ばかりリーダーのくせに』と言っているだろ?
これは武器を振り上げて冒険者Yを脅しているときのセリフだ。だが、見方を変えれば、素直に言うことを聞かない未熟なリーダーを、自分に従わせるために乱暴に脅している、と言うことができるわけだ」
「さすがにやり方が乱暴じゃないの?」
あたしが口を挟むと、ルズは首を横に振る。
「もちろん、冒険者Xのやり方は褒められたものではない。乱暴だし強引だし、とても指導者としてふさわしい行動ではないだろう。
だが、大事なのはそこじゃあない。
冒険者Xは、自分はリーダーや他のメンバーを指導している、と思っていた。だから多少乱暴な言い方もするし、未熟なリーダーの指示も無視するし、むしろ自分が指示を出す。
これもすべては、クエストを無事に終わらせるためだ。
……ここまでは、いいか?」
あたしは黙ってうなずいた。
冒険者Xは横暴な人ではあるけど、少なくとも自分ではそう考えていただろう、というのは理解できる。
そもそも、面識もない人間同士が一緒にパーティーを組んだとして、仲が悪くなるというのはおかしい。
パーティーを組んで一緒に行動しているのなら、冒険者どうしなら普通は感情的な行き違いがあったとしても表面には出さないようにする。
モンスターとの戦闘が絡むクエストでは、それが命取りになるからだ。
もし感情的にこじれてどうしようもない場合、パーティーを抜ける。
だけど。
冒険者Yは、師匠からの紹介である冒険者Xを簡単にパーティーを辞めさせることはできなかった。
そして冒険者Xは、駆け出しのひよっこであるリーダーや他のメンバーを指導するつもりで、厳しくしていた。嫌われたのもそれが原因だ。
「冒険者XはYや他のメンバーを冒険者として成長させるために、指導のつもりで接していた。
駆け出しの冒険者たちを守って、クエストを安全に遂行するためには必要なことだった。
口調が乱暴だったり武器で脅すようなマネをしたのも、無理やりにでも自分の指示に従わせなければ全員を危険にさらす可能性があるからだ。
……つまり」
少し早口で、そして楽しそうにルズが続ける。
「冒険者XとリーダーYが揉めた────諍いを起こしたのは、私的なトラブル、感情的な衝突じゃない。クエストを遂行するためにXが行った指導が原因だった。
冒険者XがYと揉めたのも、クエストを安全に遂行するためにとった行動が、諍いの原因だったんだ。
したがって、この案件────冒険者Xのケガは、私的な諍いによって生じたものではなく、冒険災害保険が不支給になった理由である【冒険者Xの死因は、冒険者Yとの私怨から生じた諍いに起因し、クエスト中の戦闘による負傷、死亡と認めることができない】の部分をひっくり返すことができる」
「……あっ」
そこまで言われて、初めて気が付く。
冒険者Xのケガが、個人的な、私的なトラブルじゃない、という理屈を組み立てることができたなら。
つまり、クエストに必要な行動の結果、生じたトラブル────そのトラブルの結果、受けたケガなら。
────冒災保険が不支給になった理由を、ひっくりかえすことができる。
「そして」
ルズは書類をあたしの机の上にパサッ、と投げた。
「きみが取ってきた警備部の調査書とパーティーメンバーからの聞き込みメモをそのまま根拠として使える。
つまり……これで反論に耐えるだけの回答文書を組み立てることができるわけだ」
「だ、だけど」
あたしは慌てて、得意げに語るルズを止める。
「いくらなんでも都合よく解釈しすぎじゃない?これじゃこじつけだって言われない?」
そう言うと、ルズはハハッ、と笑った。
「これは推理物でも事件解決ものでもないんだ。
たった一つの真実とやらがあるわけじゃない」
あたしが怪訝そうな顔をしているのを見て、ルズは続ける。
「大事なのは、組み立てた理屈の説得力と、その根拠だ。
保険部も保険審査会も、この案件は保険不支給になると言えるだけの理屈とその根拠を示して、回答文書を作っている。
だから、そいつをひっくり返すのなら、それだけの理屈と根拠を示してやればいい」
あっけに取られて、あたしはぽかんとルズを見ていた。
それを見て、ルズはくすっと笑った。
「法律に善も悪もない。
ルールに則っているか。理屈が通っているか。そして、きちんと客観的な根拠があるか。
……ただそれだけだ。
決定的な動かせない事実があるような明確に白黒つけられる事件なんて、そうそうない。
────とくに、人間同士のトラブルを扱う、うちの部署に持ち込まれるような事件だとな。
だから」
そう言って、ルズは自分の席に戻る。
「冒険者同士のトラブルは、面白いんだ」
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