第6話

 くっそムカつく!


 ……くやしいけど、ルズの指摘はまともだ。

 この内容で書類を書き上げて部長に出したとしても、同じ指摘を受けて却下されてしまう可能性のほうが高いだろう。

 ……でも、ムカつく!


「……さっきから、ただのこじつけになっているじゃないか。きみはそんな内容で書類を書くつもりだったのか?」

「しょ、しょうがないでしょ!」


 呆れたように言うルズに、あたしの声はつい大きくなった。


「警備部の調査書を見ても、保険部の報告書とほとんど同じ内容だったんだから!

 どこかに矛盾点でもあったら、そこからひっくり返してやろうと思ってただけよ!」

「それが見つからなかったから、無理やり理屈をこねあげたわけか」

「そうよ!

 ……もうちょっと突っ込まれないような書き方考えなきゃいけないけど」


 くやしいけど、ルズに気づかれるくらいだ。

 部長や、保険部審査部が読んだらすぐに論破されてしまうだろう。


「こじつけなのは認めるのか」

「……そうだけど?

 ようは、冒険者Xの怪我の原因がクエストにある、ってことにすればいいわけでしょ」


 ブツブツと考えながら、頭をかきむしる。

 どうする?どうしたらいい?

 こうなったら直接本人たちを探し出して話を聞いてみる……?それともいっそ、警備部に頼んでYに合わせてもらう……?


 事件を調べたところで新しい事実は出てこない可能性のほうが高い。

 このままだと、ギルドの決定はひっくり返せない。


「わからないんだが」


 ため息をついてから、ルズは言った。


「どうしてきみはそんな無駄なことにエネルギーを割くんだ?」

「無駄?」


 ルズのセリフに、あたしはイラっとして返した。


「きみが部長から受けた指示は『前回と同じ内容の回答文書を作れ』というだけのはずだ」

「……なにが言いたいわけ?」

「この案件はすでに、保険課と保険審査官によって一度審査されている。

 警備部だって、事件の調査は手慣れている。すぐにわかるような矛盾や見落としなんかはまず期待できないと思っていい。

 つまり、きみがいくら調べたところで新たな事実とやらはおそらく出てこないだろう」

「だからなによ」


 イラつきを隠さずに答えると、ルズはさらに怪訝そうに眉をひそめる。


「そして部長の指示は、審査のやり直しではなく、回答文書を作れ、だけ。

 それなのにきみは、上司の指示を無視して、無駄に終わるであろう審査を勝手に行って時間を浪費し、冒災保険の不支給決定を────ギルドの決定を、勝手にひっくり返そうとしている。

 たかがギルドの一職員でしかないきみが、だ。……やっていることの意味がわかっているのか?」

「……そんなこと」


 ハッ、と鼻で笑って、あたしは答えた。


「生きていくってことは、誰かに必要とされる、ってことなの」


 きょとんとした顔のルズを見ながら、あたしは続ける。


「そして、必要とされるためには、役に立たなくちゃいけないの。

 あたしは生きるために、この仕事を選んだ。

 生きていくために。人の役に立てるように。困ってる人を救う仕事をするために。

 ……貴族の御曹司様には、これっぽっちも理解できないでしょうけどね」


 貴族のボンボンのこいつには、どうせわからない。

 人が困って悩んで苦しんでるときに、手を差し伸べてくれる誰かがいる、ってことのありがたさを。

 毎日のんびりダラダラと、仕事もしないでのうのうと過ごしていても、貴族さまは誰からもなにも言われないんでしょうけど。


「ギルドの決定をひっくり返す?

 上等じゃない。上司の指示だかなんだか知らないけど、ただ言われたことをやることしかできないんなら、ギルドの職員になった意味がないわ。

 ギルドには、困ってる人を助ける仕組みがある。助けられる人を助けないような指示なんてガン無視してやるわ」

「上からの業務命令に従わなかった結果、クビになるかも知れないんだぞ」

「はっ!」


 ルズの言葉を、あたしは鼻で笑った。


「あたしは、あたしの信念のために仕事をする。人の役に立てないのなら、こんな仕事クビになったってかまうもんですか」

「難易度の高い試験をパスして、誰もが望む安定した職場であるギルド職員を辞めてもいいと?」

「そうよ」

「合格するまでだってかなり苦労しただろうに、しかもまだ入ったばっかりだというのに?」

「そんなのどうだっていいわ。それならそれで、人の役に立てる他の仕事を探すだけよ」

「本当にバカだなきみは」


 ハハハッ、とルズは笑い出した。

 突然のことに、あたしはあっけにとられた。


「そこが気に入った」


 なにを言い出したのこいつ。

 ルズのセリフについていけずに、あたしはなにも言えないでいた。

 ルズは、フッ、と笑ってから続ける。


「いいな。実にいい。融通が利かないし頑固だし頭も悪いくせに、無駄に覚悟だけ決まってるところがいい」

「……なにそれ、褒めてるの?けなしてるの?」


 あたしがどうにか言い返すと、ルズはもう一度、あたしの持ってきた調査書をひろげてから、言った。


「いいぞ。面白そうだから少しだけ手を貸してやる」

「……は?」


 また突拍子もなく、ルズは変なことを言い出した。

 さっきまで嫌味を言っていたくせに、どういう心境?っていうか、なに考えてるわけ?


「手伝ってなんて、頼んでないんだけど?」


 ルズをにらみつけながら、あたしは言った。

 しかしルズは、まったく意に介さずに軽く笑った。


「ぼくがやりたいから勝手にやっているだけだ。きみがそれに対して感謝しようがどうでもいい」

「なによそれ」


 あたしを無視して、ルズは調査書をパラパラとめくり始めた。

 こいつ……自分勝手にもほどがあるでしょ!

 文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、ルズがつぶやくように言った。


「この案件には、ひとつ気になることがある」

「……気になること?」


 あたしは眉をひそめた。

 さっきからルズの言葉が唐突すぎて、話についていけない。

 立ち上がったルズは、そのまま机の周囲を歩き始めた。


「最初に【再審査請求書】を読んだとき、ずっとひっかかっていたことがある。

 ……きみは疑問に思わなかったか?」

「疑問?」


「リーダーである冒険者Yは、どうしてトラブルばかりの冒険者Xをパーティーから追放しなかったのか、ということだ」

「それは……」


 言われてみれば、確かにおかしい。

 普通なら、もめ事を起こすようなメンバーは、たとえ戦力の中心であったとしても、外す。

連携が取れなければ、いくら個人の戦力が高くても危険だからだ。

「なにか事情があったとか……?」

「きみは自分が集めてきた資料にちゃんと目を通したのか?」

「あ、あたりまえでしょ!」

「事件の概要しか見ていないんじゃないのか?……ここを読んでみろ」

「えっ……?」


 ルズは立ち止まると、持っていた書類の一か所を指さしてあたしに示した。

 あたしは目を凝らして、その部分を読み上げる。

 

「【冒険者Xの過去の経歴】……?」

「もっと後ろだ」


 なんで偉そうなの、とブツブツ言いながら、あたしはその続きを読み上げる。


「えっと……

【冒険者Xは、共通の知り合いであり、冒険者Yの師匠でもある元冒険者Zから紹介されて、初めて会ったもので、それ以前に面識はない。

冒険者Xは、10年以上冒険者として活動しており、レベルも高くベテランの域に達していた。それに対し冒険者Yは冒険者登録をして半年であり、そのためパーティーに所属して以来、冒険者Xは他のパーティーメンバーの指導に当たる立場にあった。】

 あ……」


 そういうことか。

 うかつだった。あたしは事件の概要ばかり気にして、それ以外の部分は読み飛ばしてた。

 悔しいけど、ルズの言う通りだ。


「つまり、恩師の紹介だったから、横暴な相手でもなかなか追い出せなかった、ってことね」

「そうだな。そしてもう一つわかったことがある」

「もう一つ……?」


 言いながら、ルズは机の周りをまわるように歩き始めた。


「つまり冒険者Xは、冒険者Yの師匠からの紹介でパーティーに入ったってことだ。そして、その師匠から冒険者Xは他の連中の指導をしてくれ、と頼まれている」


 釈然としないまま、あたしはルズの顔を見る。


「スキルを教えてくれた師匠にベテランを紹介してもらって、駆け出しのうちは面倒を見てもらうなんて、冒険者ならよくあることでしょ。別に珍しくもない」

「まだわからないのか」


 ルズは鼻で笑って、あたしのほうを見た。




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