第5話

 それからしばらくして。


 事務所フロアに戻ってきたあたしは、コートを適当にポールハンガーにひっかけてから、持ち帰った荷物をカバンから取り出して机の上にドサッと置いた。


 あたしが出ていくとき、ルズは呆れた顔で黙って見送った。

 おそらく、めんどくさいから関わりたくないのだろう。

 ろくに仕事なんかしてないような奴だし、これ以上あたしにかかわるのは煩わしかったんだろう。

 ……所詮は貴族のボンボンだ。


 でも、あたしは違う。

 困ってる人を助けるために、あたしはギルドに入ったんだ。

 だからこの案件、どうにかして冒災保険が下りるようにしてあげたい。


 冒険者Xが横暴なやつで、パーティーの他のメンバーに嫌われていたのはわかってる。そのせいでリーダーとケンカになったあげく、死亡してしまったのも自業自得だと思う。

 でも妹さんまで苦しむのは、違う。

 妹さんは巻き込まれただけだ。本来なら、治療も蘇生もXが自分でどうにかしていたものを、それこそXの不慮の死によって、ただXの妹だったというだけで蘇生費用を請求されてしまった、というだけだ。


 ────たった一人の、肉親。

 その命を盾に、ギルドがお金を巻き上げるのは絶対に違う。


 あたしなら、妹さんを救える。

 あたしなら助けられる。


「よっしゃ!やるか!」


 気合を入れるために声に出してから、あたしはイスに座った。


「きみがどこに行っていたのか、興味はまったくないんだが」

「……なによ」


 ずっと黙っていればいいのに、めんどくさそうにルズが言った。


「せめてどこに行くか、いつ戻るかくらいは部長に告げておいてくれないか。おかげで部長の心配顔を何度も見る羽目になったぞ」

「それならちゃんと伝えたわ。……さっき」

「……それは事後報告というんだ」


 非難めいたルズの視線に、あたしはフン、と鼻を鳴らした。


 部長に文句言われたくらいで立ち止まるあたしじゃない。

 あたしは困ってる人を助けるためにギルドの職員になったんだもの。

 こいつにどれだけ厭味ったらしく文句を言われたって構うもんか。


「……で?」


 ルズがあたしをジロっとにらみながら言った。


「で、って?」

「散々迷惑をかけてくれたんだ。ぼくにも文句を言う権利と、なにをしていたのかを聞く権利くらいはあると思うんだが」

「この案件について調べてきたに決まってるでしょ。サボってたわけじゃないっての」


 あたしは黙って、机の上を指差した。

 さっきカバンから出したものは、書類の束。

 それも警備部からもらってきた事件の調書と、この案件の関係者────例のパーティーのメンバーに聞き込みしてきたメモだ。


 最初に部長からもらった報告書には「冒険者Yはギルドの警備部に逮捕された」と書かれていた。


 冒険者が、他の冒険者や市民を傷つけたり、物を盗んだりした場合は、ギルド法の「冒険者犯罪法」で処罰される。

 その場合、冒険者を取り締まるために動くのが警備部だ。

 今回の事件のリーダー冒険者Yも、冒険者Xを傷つけて殺してしまったため警備部によって逮捕されている。

 うちの部署────冒険者部は、冒険者同士やパーティー内でのトラブルに対応する部署だ。

 同じ事件でも、調査のやり方が違うんじゃないか────。

 そう考えて、あたしは警備部へ向かった。


 幸い、冒険災害保険の審査に使う、と言ったら普通にもらうことができた。

 ……本当は部長のサイン入りの申請書類がいる、とかゴネられたんだけど、後で持っていきます、って言ってごまかしたんだけど。

 まあ、あとでちゃんと許可もらえば問題ないでしょ。


「……それで?その書類はなにかの役に立つのか?」

「これから細かく読んで、それを見つけるのよ」


 からかうような、あざ笑うような言い方。

 どうせあたしにはなにもできない、とでも思ってるんでしょうけど。

 すぐに見返してやる。


 警備部でもらってきた調査書によると。

 ……Xにあたるベテランの冒険者は性格が粗暴で、まだ新人同様のパーティーリーダーをバカにし、リーダーの指示に従うどころか逆に自分が命令口調で指示を出していた────ということが書かれていた。

 Xはほかのメンバーにも同じような態度で、ミスをすれば大声で罵倒し、言い返そうものなら暴言に暴力も日常茶飯事。当然メンバー全員から嫌われていた、とも。

 事件の経緯も調査書どおりだった。

 ゴブリンとの戦闘中にリーダーの魔法がかすったことで激怒したXがリーダーに殴りかかり、とっさに持っていた護身用の短剣でXを刺してしまった。そして、リーダーは罪悪感から、ギルドに帰還後すぐに警備隊に自首した、と。


「────一見すると、警備部が調べた内容は調査書の内容と矛盾していない。

っていうか、ほとんど同じ。

……当たり前と言えば当たり前だけど」

「ふぅん」

「……ちょっと」


 いつの間にかルズはあたしの隣にやってきて、勝手にあたしの持ち帰ってきた書類を読み始めている。


「なに勝手に読んでるの」

「事件の調査書類なんだろう?ならばぼくが見ても問題はないはずだが」

「そういうこと言ってるんじゃなくて!」


 あたしの怒鳴り声を意にも介さず、ルズは書類をめくっている。

 ────あれだけさんざん嫌味を言っておいて、なんなのコイツ?


「ふん。警備部でもしっかり調べてるみたいじゃないか」

「あたりまえでしょ、結果的にとは言っても、人が死んでるんだから」

「だが、特に新しい情報は見当たらないようだな」


 パラパラと書類をめくりながらルズが言う。

 ふん、とあたしは鼻で笑った。


「そうかもね。……でも、保険部が見落としたことをひとつ、見つけたわ」

「見落としたこと?」


 ルズが不思議そうな顔であたしを見る。

 あたしはちょっと得意げに語ってやった。


「……ケンカが怒ったのはゴブリンとの戦闘直後だった、ってこと!

 たしかにゴブリンとの戦闘で受けた怪我じゃあない。クエストとは直接関係ないかもしれない。だけど、Xはゴブリンとの戦闘で興奮状態だったはずなのよ」

「……だから?」

「つまり……

 XがYに殴りかかったのは戦闘による興奮が原因だったってこと。YがとっさにXを刺してしまったのも、戦闘直後で気が立っていたから。

 つまりこれはクエスト中に発生した戦闘による影響ってことになるでしょ?」


 言い終わってから、あたしはちらっとルズの顔を見た。

 ちょっとは驚いているかと思ったけど、ルズは難しそうな顔でなにかを考えている。


「……さすがに無理があるんじゃないのか?」


 ぼそっと、ルズが言った。

 ちょっとムッとして、あたしは言い返す。


「無理ってことはないでしょ。だってクエスト中なんだし」

「戦闘による興奮、じゃあまりにも関係性が薄すぎる。それに興奮していたことが戦闘の影響だという根拠が示せない」

「根拠なんてどうでもいいじゃない」


 ムキになってあたしは言い返す。


「無関係じゃないってことが示せればそれでいいのよ。ようは保険の不支給決定がひっくり返せればいいんだから」

「いや……それじゃ弱いな」


 ルズは少し考えるようにあごを手にやる。


「保険部の調べた報告書には『とっさに逃げ出し』たあとに『しばらくして冒険者Yが戻って』きたと書いてあっただろ。

 ……これだと、戦闘が終了してから時間が経過している、と読める」


 あたしは部長が持ってきたほうの書類をめくった。

 ……たしかに、そう書かれている。


「これだと、仮に戦闘で興奮していたからだとしても、時間が経過してるんだから落ち着ける時間もあった、ってことになる。

 ますますケンカと絡めるのは難しいな」

「そ……っ、れは……」


 あたしは言葉に詰まった。

 まさかルズに突っ込まれるとは思ってなかったから、反論まで考えてなかった。


「一度は追い払ったゴブリンが戻ってくる可能性だってあったわけだし、XもリーダーのYも警戒を解いていなかったんじゃないかな?だから興奮状態というか、緊張状態にあったわけで……」

「だったら口論してる場合じゃないはずだろ」

「……っ」


 即座に叩き返されて、あたしはまた言葉を詰まらせる。

 頭の中で必死に反論をこね上げる。

 コイツに言いっぱなしにされるのだけは気が収まらない。


「じ、実はゴブリンとの戦闘で軽い怪我をしてて、それで冷静さを欠いていた、とか」

「冷静さを失うくらいの怪我をしていたら報告書にそう書いてあるはずだろ」

「リ、リーダーのYだって殺したかったわけじゃないんだし、不運な事故……そう、クエスト中に起きた不運な事故……ってことにならないかな……」

「事故だろうがケンカだろうが、原因が個人間のイザコザなんだから判断は覆らないだろ」

「ぐ……」


 ことごとく反論を封じられて、あたしは黙り込んだ。




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