なーろっぱ世界におけるパーティー追放
第9話
「ほんっとに!
なんなのよアイツは!」
階段を下りながら、あたしは愚痴をこぼしていた。
ギルド本部の1階は冒険者窓口を兼ねた酒場になっていて、事務室フロアの業務が終わるこの時間帯は、クエスト帰りの冒険者と仕事を終えたギルドの職員でごったがえしている。
店内をさっと見まわして、ちょうど開いているテーブルを見つけたあたしは、少し早足で席を確保した。
この時間はいつも待たされるんだけど、今日は無事に食事にありつけそうだ。
少しほっとして、壁に掛けられたメニュー表をぼんやりと眺める。
あたしが冒険者だったころ。
ブラックパーティーに入ってしまったあたしは、疲れ果ててこんなふうにゆっくり食事を選ぶ余裕すら持てなかった。
ギルドからやってきた調査官がパーティーの違反行為を摘発してくれて、ようやくあたしは横暴なリーダーから解放された。
そしてあたしは、本当の意味で人の役に立てる仕事を知ったんだ。
この世界で生きていくためには、誰かに必要とされなきゃいけない。
そして、必要とされるためには誰かの役に立たないといけない。
────だから、あたしにはあのときの調査官の仕事が、とってもうらやましかった。
あんな仕事がしたい。
だから、死ぬ気で勉強して、ギルドの職員になったのに。
「なんであんな、性格のネジくれ曲がった奴に……」
だいたい!
困ってる人がいたら助ける、なんてのは、人として当たりまえでしょ?
ましてあたしたちは冒険者を助ける、ギルドのトラブル対応部署の一員でしょうが。
……それを、困ってる人を見て楽しむなんて!
ふっと息を吐いて、肩の力を抜く。
やめよう。
仕事が終わったのに愚痴ばっかりなんて、あたしらしくない。
それに、なんだかんだ言っても、妹さんを助けることはできたんだもの。
一件落着には、違いないわ。
あたしは気を取り直して、あらためてメニューを眺めた。
といっても、いつもは値段の安いパンと野菜のスープしか頼んだことがない。
冒険者時代には、その日の唯一の食事にようやくありつける程度の金額を手にするのがやっとだった。
冒険者の収入は、パーティーで決まる。
パーティーはクエストをこなすことで報酬をもらい、それをリーダーが俸給────分け前、という形でメンバーに渡す。
もちろんレベルやスキルに応じてどのくらいの額を渡すかは決まっている。……んだけど、ブラックパーティーではありがちな「罰金」という名目で減らされることがしょっちゅうあって……とにかく、あたしの冒険者時代はずっと空腹が付きまとっていたのだ。
でも、今は違う。
ううん、これが当たり前なのかもしれないけど、今は理由もなくお給料を減らされることはない。
そして、決まった日にちゃんと決まった額をもらうことができる。
それはとっても幸せなこと。
すべての冒険者がこうじゃなきゃ、いけない。
そのためにも、あたしはがんばりたい。がんばった。
だから────
「今日くらいは、ちょっとイイもの食べても、いいよね?」
うん。
今日はいつもよりちょっとだけ、高くておいしいものを食べて。
で、帰って寝て、気持ちを切り替えて、明日からまたがんばるんだ。
改めて、壁を見あげる。
文字と簡単なイラストが並んでいて、字が読めないものでも注文がしやすいようになっている。
いままでは値段だけで選んでいたメニュー表が、今日はごちそうとして目の前に並んでいる。
ここは酒場も兼ねているだけあって、お酒に合うような料理が多い。
乾燥肉や塩漬けの魚以外にも、チーズ、ソーセージ、サラダや山菜など種類も豊富だ。
さすがにお酒は飲んだことないけど、こういう一品料理を頼んでみてもいいかもしれない。
でもまずは、定番の肉料理かなあ。
なるべく柔らかい部位の、塊の大きなのがいい。味付けとかはよくわかんないけど、シンプルでもいい。とにかく、口いっぱいに肉をほおばってみたい。
そして、サラダ。
それもレタスとトマトが入っている奴がいい。
前に一度だけ、なにかのクエストの打ち上げで一口だけ食べたことがあるんだけど、チーズを乗せたサラダが信じられないくらいおいしくて、それがずっと記憶に残ってる。
それと、いつもとは違う、柔らかくて白いパン。
今のあたしが思いつくかぎりの、贅沢な夕食だ。
ちょうど通りかかった店員に声をかけて、思うままに料理を注文する。
一通り注文を終えると、あたしは肩の力を抜いて改めて周囲を見回した。
店内のテーブルを埋めているのは、ほとんどが冒険者たち。
お酒が入っているのか大声で笑っている戦士風の集団、ものすごい勢いで山盛りの料理を平らげていくグループ、静かで落ち着いた雰囲気の、高価そうな装備で固めたパーティー……
その隙間を、店員が忙しそうに料理を運んでいる。
これだけ多くの人間が、このギルドに出入りしてる。
普段は危険なダンジョンにもぐったり、山賊や魔物と戦ったりしている彼らが、街に戻ってきてこうやって飲んで騒いでる。
彼らも人の役に立って、そうしてお金を稼いでる。
そして彼らをサポートして助けるのが、あたしの仕事なんだ。
そう思っていると、ちょうど店員が最初の料理を運んできた。
よし。
今日はいっぱい食べよう!
お腹いっぱいになるまで贅沢しよう。
いただきます。
口の中で小さくつぶやいて、ウキウキしながらナイフとフォークを手に取ったところで、あたしは後ろから声をかけられた。
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