第7話 アナザーワールド その1

「さて、後はこれを被って……と。」


俺は顔全体を覆うグレートヘルムを被り、室内に備え付けられた姿見で自分の姿を確認する。


黒一色に染め上げた冒険者の初期鎧。一応下に軽量化を施された鎖帷子を着ているが、外からは分からないはず。


そして、一見バケツかと思うような……と言うかバケツそのもののグレートヘルム。


はっきり言って違和感がものすごい、そして果てしなくダサいのだが仕方がない。


このバケツが俺の唯一の生命線なのだから。


俺は頭の上に表示されるキャラ名が『リョウ』になっているのを確認してから宿屋を後にする。


約束の時間から少し遅れている……早くいかなければ、また面倒なことになるのは間違いない


俺は走って待ち合わせの場所に行くと、そこには人だかりが出来ていた。


「だから、必要ないって言ってるの。私達は待ち合わせしてるんだからっ。」


「けど、さっきから見てるけど、誰も来ないじゃないかよ。いいじゃないか1回ぐらい付き合えよ。」


遠目にもプレイヤー同士が言い争いをしているのがわかる。


大方、女性プレイヤーをパーティに誘って、あわよくば連絡先を聞き出そうとする輩たちだろう。


そうやって女の子が誘えるなら、リアルでやればいいと思うのに。


俺はそう考えながら男に近づいていく。


「だから、はっきり言ってウザいのっ!」


「なぁんだとぉっ!人が下出に……ってなんだテメェはっ。」


「はぁい、ワタクシ、バケツ騎士団のモノデス。バケツのバケツによるバケツの為の騎士団にあなたも入りませんか?今なら、この被ると二度と外せないバケツヘルムをプレゼントしますよ。よかったらどうですか?」


俺はそう言いながらバケツを男に被せようとする。


「クッ、誰がそんなもん……くそっ、おぼえてろよっ!」


「はいはぁい、次に会うまでこのバケツは残しておきますね。」


男は気味の悪いものを見るような視線を残して走り去っていった。


……無事撃退は出来たけど、何か大事なものを失った気がする。


「助けてくれてありがと……ってセンパイでいいんだよね?」


声をかけてきたのは、セミロングのゆるふわウェーブのかかった金髪から可愛い三角耳を覗かせている獣人族の女の子。奈緒のアバターであるヤマネコ族のニャオだ。


俺に礼を言いつつも胡乱気な視線を向けてくる。


「あぁ、『リョウ』だ。遅くなって悪かった。」


「別にいいですけどぉ……なんですか、そのダサいバケツは?」


いきなり人をディスってきたのは、白地に薄いピンクがかった髪色で、クリっとしたハシバミ色の瞳が特徴的な人族女の子……唯のアバター、ゆいゆいだ。


そのゆいゆいもニャオと同じような視線を投げかけてくるが、それ以上にキャラ名が気になって仕方がない。自分で「ゆいゆい」なんて付けないだろ?普通は。


まぁ、ゆいゆいの言いたいことはよくわかるんだけどね、こっちにも事情というものがあるんだよ。


「とりあえず、注目を浴びすぎてるわ。どこかに移動しましょ?」


そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめているのは腰まである長い銀髪に特徴のある尖ったエルフ耳のクレアさん……クレアのアバターだ。


俺達はクレアの言に従い、俺達は街外れにある小さなカフェへと場所を移すことにしたのだった。



「で、なんなの?そのふざけた格好は?」


カフェでそれぞれ注文し、一息ついたところでニャオが改めて訊ねてくる。


「まぁ、色々あるんだよ。」


「その色々、を聞いてるんだけど?」


 クレアが容赦なくツッコんでくる。


「えっとね、みんな。ファッションセンスは人それぞれだから、虐めちゃダメだよ……ぷっ。」


……ゆいゆい、ソレフォローに見せかけたディスりだよなぁ。後で覚えてろよ。


「ほら、初日、俺合流できなかっただろ?トラブルと言うか、バグに巻き込まれてさぁ……。」


俺は、「運営サイドのバグでログインできなかった」という、マキナさんと運営サイドの担当者と取り急ぎ決めた設定をみんなに話す。


先日、俺がリオンになっていることを知ったマキナさんから持ち掛けられた取引内容は「USO内で、普段とは違う格好を紅羽と奈緒にさせ、その姿をスクショに収める事。」だった。恥じらう様子であれば尚良しとの事で、その条件を引き受ける代わりに、マキナさんはリオンの事を黙っているだけでなく、秘密裏に担当と連絡を取ってくれ、原因の解明にあたってくれていた。


ただ、運営サイドが不眠不休で解析しても原因がわからず、また俺のアバターの性別を弄ることも出来なかったという。


サーバーサイドでも変更が出来ないのでは、この後何をやろうとしても無駄という事で、結局俺は『リオン』としてUSOを遊ぶ以外の道は断たれてしまった。


このことには運営サイドもかなり困り果て、また、外部に漏れたら大問題になるとの事で、俺に対しては口止め料を含んでいくつかの優遇措置が取られるようになった。


そのうちの一つが、このバケツヘルム。


スキルの『変装』の上位版である『変身』と、一瞬で装備変更が可能な『瞬間着装クイック・チェンジ』のスキルがあれば、『リョウ』に変身することはなんとかなる。元々『変装キット」を購入してリョウに化けてみんなの前に出ることも考えていた。とはいっても、髪形や顔の造作を変更できるわけでもないので、髪や顔を隠すことが出来るフルフェイス型の頭装備は必須。


結果として両スキルを備えたヘルメットが送られてきたのだ。このヘルメットを装着すれば、一瞬で領に変身できるというわけだ。


グラフィックがバケツなのは……、まぁ運営のネタだろう。


「まぁ、合流に遅れた理由は分かったけど……そのバケツは何ですかぁ?」


「あぁ、これは、落ちてたんだよ。」


「落ちてた……ドロップアイテムっていう事?」


クレアが自信なさそうに聞いてくる。


USOをプレイするにあたり、奈緒が紅羽に詰め込み教育をしたという事は聞いているが、経験がないため今一つ自信がないのだろう。


「いや、どちらかというと宝箱に近いかな?USOでは、動かせる物はみんなアイテム扱いになってるから、どんなものでも手に入れることは出来るってわけ。例えばこのカップも……。」


俺は目のカップをインベトリに出し入れしてみせる。


「まぁ、このまま持ち帰ることは可能だけど、持ち帰る前に泥棒として訴えられるけどね。」


俺は、先程からチラチラとこちらを伺っているウェイトレスさんに見えるようにカップをテーブルの上に置く。


「そんな感じで、宿にあったバケツを手にしてみたら、実は頭装備で、しかも意外と防御力が高かったんだよ。」


「それで被ってみたと?先輩はアホの子ですか?」


「ゆいゆいだって、俺と同じ立場だったら被ってみるだろうがっ。」


自分は違いますよーって顔をしながら言う、ゆいゆいに反撃をする。


「うっ、否定できないのがつらいですぅ。」


「被るんだ……。」


クレアが残念な子を見るような視線を俺とゆいゆいに向ける。


「まぁ、防御力が高いのは分かったけど、街中でぐらい外したら?」


マジにダサいよとニャオが言うが……。


「いや、外せないんだよコレ。外したら死ぬ。」


「マジで?呪いの装備なの?」


ニャオが驚く。


「そんな感じ、しかも解呪不可。」


俺はそう答える。実際は外せなくはないのだが、外した時点で俺は社会的に死ぬことになるだろうし、呪いが掛かってるわけじゃないから解呪のしようもない。だから俺は嘘は言っていない、と心の中で必死に言い訳をする。


「それより、せっかく合流できたんだ。一狩り行こうぜ。」


「そうね、時間ももったいないし。」


クレアの言葉に皆が頷き、飲み物をさっさと飲み干して、近くの草原に向かうのだった。



始まりの街の傍に広がる平原。


攻撃力も防御力も大したことはないが、突進の一撃は中々痛いものがある『ファーラビット』、素早いうえに一刺しが致命傷になる『フェザービー』、力も強く防御力も高いが、攻撃手段は真っすぐに向かってくる突進のみという『ボアボア』といった、初心者向けのモンスターがいる場所である。


「確認するけど、ニャオがショートソード使いの軽戦士、アタッカーを任せていいんだよな?」


「ウン。二刀のソードダンサーを目指してるんだよ。」


「また、ニッチなところを……。」


俺がそう言うと、ニャオがニマァと笑う。


「だって、センパイそういうの好きでしょ。」


その通りなので何も言えない。


ソードダンサー。その機動力と双剣から繰り出される攻撃の手数の多さはUSO随一と言われているトップアタッカークラス。女性専用クラスということもあって、中々なり手がいないある意味レアなクラスだったりする。


そして何より、その装備が無茶苦茶可愛いのだ。エロ可愛いから、ロリ可愛いまでを網羅した装備の数々。


そしてそれを装備する素体が美少女のニャオとくれば、期待しないほうがおかしい。


「で、クレアがヒーラー、と。」


俺は誤魔化すように次へ進む。


「そうね、一応サモナー?ってのを目指してるんだけど、今は回復系の魔法しか使えないわ。」


「まぁ、サモナーになっても回復は重要だからいいんじゃないか?」


俺はクレアにそう伝えておく。


サモナーは、魔獣をテイムして召喚獣として呼び出し、一緒に戦うクラスだ。


呼び出す召喚獣の特性により、タンクでもアタッカーでも、ヒーラーやバッファーまでこなすことが出来る万能クラスの一つだ。


ただ、召喚獣を得るまでは大した活躍ができないことと、得た召喚獣によって強さが決まる……つまり強い召喚獣を得る必要があるのに、その難易度がとても高く、中々使える召喚士になれないことなどから、扱いづらくあまり人気のないクラスになっている。


ただ、召喚獣の回復にも必要であり、回復魔法が使えれば潰しは効くので、クレアの選択は間違ってはいない。


「よし、では行くか。」


「ちょっと待ったぁぁ!」


俺が剣を構えたところでゆいゆいから横槍が入る。


「何だよ?」


「何だ、じゃないですぅ!なんで私は無視なんですかっ!」


「いや、よくわからんし。」


「わからないから聞くのが普通ですよねっ。リョウは愛が足りないと思いますっ。」


「足りないも何も……ってわかったよ。ゆいゆいはどんな戦闘スタイルなんだ?」


愛などない、と言いかけて、ゆいゆいの泣きそうな顔に気づいて、問いかけることにする。


「えー、それ聞く、聞いちゃう?」


一転してニマニマするゆいゆい。


「ウザっ。」


「仕方が無いですねぇ。先輩にだけ教えちゃいますよ。私は魔法剣士です。剣を振るって敵を斬り刻み、魔法ですべてを殲滅する……そんな魔法剣士に私はなりたい。」


「あーハイハイ。なれるといいでちゅね。」


大体魔法剣士というのはピンからキリまであり、ゆいゆいの言うようなあらゆる場面で活躍できるような万能剣士になれるのは、選ばれし一握りの人のみなのだ。


というのもUSOではスキルが物を言う世界であり、スキルを育てないことには話しにならない。


スキルを育てるのは簡単で、ようはそのスキルを使い続ければいい。


例えば剣士系であればひたすら剣を振るってモンスターを倒し続ければ、いつかは剣聖の高みにまで登り詰めることが可能だろう。


魔法にしても、魔法を使い続ければ、いつの日かは大賢者になれるはずだ。


しかし魔法剣士ともなれば、剣のスキル、魔法のスキル、そして魔法剣のスキルを育てる必要があり、単純に考えて他人の3倍はスキルを育てる時間がかかる。


他人が剣や魔法の中級レベルに辿り着いても、魔法剣士を目指すものは初級の始めあたりをうろついている、というのもよく聞く話だ。


時間と根気、そしてそれを支えてくれる仲間がいて初めて目指すことができるクラス、それが魔法剣士なのだ。


と、俺が語ってもゆいゆいは聞く耳を持たない。


「ぶぅ~、魔法剣士はロマン職なんですぅ。そういう先輩は何なんですかっ!」


クッ、今ここで一番聞かれたくないことを……。


「さぁさぁ、白状してくださいよぉ。」


ここぞとばかりに攻めてくるゆいゆい。


「知ってるんですよぉ。先輩は私の同類だってことは。」


「クッ、………そうだよ、魔法剣士だよっ!悪かったなぁ!」


「いえいえ、全然悪くないですよぉ。先輩の言葉は、全てブーメランだって知ってますからぁ。」


ゆいゆいは、嬉しそうにニマニマしながら俺の周りを回っている。


「クッ………。」


「ハイハイ、バカやるのはそこまで。来るよ!」


ニャオの言葉に俺とゆいゆいは戦闘モードに切り替える。


魔法剣士と言っても、魔法がろくに使えない今、盾役をするのはオレたちの役目だ。


だというのに、ゆいゆいの奴は俺を盾にしてチマチマと魔法を打っていた。


……俺だって魔法を使いたいのに。


そんな感じで約1時間ほど、俺達は魔獣狩りを続けたのだった。



「さて、そろそろ帰るか?」


魔獣の攻勢も一息ついたところで、俺はみんなに提案する。


結構狩ったし、素材もアイテムもそれなりに集まった。それに何より少し疲れてきたので、今日のところは戻るべきだと思う。


帰路の道中、ニャオが俺に聞いてくる。


「ねぇ、そんなバケツ被ってて、よくあんなに躱せるね。」


「バケツじゃなくてグレートヘルムな。」


たとえアイテム名が『バケツヘルム』だとしても、これはグレートヘルムなのだ。そこだけは譲れない、とニャオに言う。


「このバケツにはなんか魔力付与されているみたいでな……。」


視界が狭いと言われがちなグレートヘルムだが、……実際に狭いんだけど、このバケツに限っては、まるでヘルメットをつけていないと錯覚するほどに視野が広くなっている。


しかも、音を大きくする機能もついているのか、聴覚も鋭くなっている感じだった。


「へぇ~、凄いんだね。それで見た目がバケツじゃなければねぇ~。」


「ホント、それな。」


俺はニャオの言葉にしみじみと答える。


「ねぇ、あれなんだと思う?」


ニャオと話をしていると、後ろからクレアが声をかけてくる。


クレアの言う方に視線を向けると、遠くの方で土煙が上がっているのが見える。


少しの間眺めていると、その土煙の中に大きな影が見えてくる。


「あれは龍かしら?」


クレアがそのシルエットからある魔獣の種族を口にする。


「多分地竜だな。龍種程じゃないが今の俺たちには厳しい相手なのは確かだ。」


USOのデスペナは決して優しくはない。アイテム、ゴールドのロストは当然として、一定の割合のスキル減少に加え、一定時間のステータスダウン。その間はスキル熟練度も入らない仕様になっている。


つまり、一度デスペナを受けると、制限時間をすぎるまではスキル上げすら出来ないようになっている。しかもリアル時間ではなくプレイ時間ため、ログアウト中に制限時間がすぎるというわけでもないので、それこそ誰かとお茶でもしながら時間を潰す以外出来ることが無くなる。


だからできるだけデスペナは受けない方がいい。


だから俺は仲間に向かって叫ぶ……「逃げろ!」と。


しかし、地竜はそんなオレたちをターゲットロックしたみたいで、スピードを上げて、こちらに向かってくる。


このままではガード圏内に逃げ込む前に追い付かれるのは必至だ。


「俺がここで食い止めるから、お前たちは先にいけっ。」


「イヤです。リョウ先輩ばかり格好つけさせません。」


ゆいゆいが、俺の横に並んで剣を構える。


「私、この戦いが終わったら結婚するんですよ。」


「そうか、じゃああとは任せた。」


盛大にフラグを立てるゆいゆいに、俺はすべてを押し付け、逃げようとするが、ゆいゆいに阻まれる。


「何でですかぁっ!ここは一緒にフラグ立てましょうよっ。」


「イヤだよッ!デスペナキツイんだぞ!」


「知ってますよぉ。だから付き合ってあげようというのにぃ。それをこの男はっ!」


そんな言い合いをしているうちに地竜が迫ってくる。


ゆいゆいは勿論の事、ニャオたちもその場にとどまり逃げようとしない。


「もう、どうなっても知らないからなっ!」


俺は地竜の前に飛び出し仲間を庇う。


そんな俺を地竜は一瞥したあと、その大きな尻尾を思いっきり振るう。


オレはその勢いに耐えきれず、そのまま吹き飛ばされ………意識を失った。




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